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6話

「それで曲は何やるわけよ? まさか一曲で退場なんてわけじゃないんでしょ」


 第三音楽室に着き残暑をしのぐことに成功すると、開口一番に姫路は椅子にまたがり、背もたれで頬杖をついて今後のことを問いただした。

 本番まで一カ月半を切った今、メンバーがようやっと集まったこのバンドは、新たな問題にぶつかっていた。


「それは、既存の曲のカバーしかないだろ」


 期限まで時間がない今、全くの新しいオリジナルを二、三曲やるなんてことは出来ないことだ。


「じゃあ少女時代とかは? 人気あっていいと思うけど」

「え、あれ人気なの? 世代じゃないと思うけど? 歌詞は良いと思うけど」


 キョウの提案に何処かちぐはぐな問いを返す姫路は、お互いに何処か噛み合って無いのは解ってるんだが、何があってないのか解らないようだ。というか男に女子的知識で負けるってどうなんだよ姫路さん。


「多分キョウが言ってるのは曲名じゃなくて、ユニット名の方だぞ」


 そう呟くように言ってやると、お互い合点がいったのかなるほどと手を叩いた。


「ってあれ、アイドルユニットじゃない、バンドでやるには不向き」

「そっか……なんか良いアイディアないかな」


 そう二人で頭をひねっていると、しばらく暑さで沈黙していた梓が、生き返ったかのようにのっそりと起き上がった。

 汗でペタリと白い肌についた黒髪が妙に艶めかしく、つい肌色の部分に視線が寄ってしまうのを、変態のレッテルを張られないよう理性で押さえつける。


「四弦奏とかダメなの?」


 梓の言葉に俺たちは目を見開いた。ヴァイオリンを事実上挫折した彼女が文化祭という公式的ではないとはいえ、舞台上で四弦奏をやろうと提案したのだ。

 対する姫路は極めてそんなことはどうでもよさそうに、……しかし提案としては慎重に吟味していた。


「たしかにこのメンバーなら、無理にバンドにしなくても……、でも軽音部として出る以上どうなのよって気もするし……でもインパクトや宣伝的な意味ではバツグン……」


 ぐぬぬと、姫路が頭を悩ませる。

 このままでは折角結成したバンドが、無意味になってしまう。

 上手いこと現状だけでも維持できる方法として、閃いたことを口にした。


「カノンロックみたいに、クラシック曲をバンドでやるのはどうだ? それで正式に曲が決まればそっちにシフトするって方向でさ」


 俺の提案に一同首をかしげ、心配そうな表情を浮かべる。

 なにしろ文化祭まで一か月半、そんな悠長なことは言っていられない。本来なら演奏練習を始めていてもいい頃合いだ。

 そんな中、姫路だけがとても険しい表情で睨みつけてきた。


「そんな時間、あると思ってるの?」


 相方が原因でバンドが解散し、即席とはいえ技術レベルがそれなりに高いバンドグループに誘われて入れば、曲がふわふわと決まらない。

 言い方が厳しいものになるのも、雪菜側から考えてみれば当たり前のことであった。


「無い。でも、もう一人だけ加えたい奴がいるんだ」

「日向さんなら無理。アンタもわかってるんでしょ」


 事実上の参加拒否。心のどこかでは確実にそれはわかっていた。


「それでも、一週間待つって言ったんだ。日向さんはちゃんと返事を返さないでいるような人じゃないと思う。俺の我がままだってのはわかってる……、でも少しだけ待ってくれないか?」


 お互いに真剣な表情で見つめ合う。姫路からしてみれば、そんなものは付き合う必要のないものだった。

 しばし険しい沈黙が流れていると、それを破らぬようにそっとキョウが、視線の端で動いた。


「僕は一週間だけなら、待ってあげてもいいと思うよ。今日だけじゃきっと曲も決まらないだろうし、曲が決まる間なら、いいと思う」


 梓ちゃんもいいよね。と付け足してキョウが聞くと、梓はこともなさげに一瞥すると、ピアノイス椅子に座り、ゆっくりと演奏を始めた。

 面倒事は任せるということなのだろう。

 姫路は苛立たしげに荷物をまとめると、扉を荒々しく開け放った。


「どこ行くんだよ」

「帰る。……一週間だけだぞ。それを過ぎたらこっちで全部決めるから」


 勢いよく扉を閉め、ドア越しにカツカツと足音だけが聞こえてきた。

 一刻も早く日向さんを迎え入れるための方法を見つけようと、部屋の方に振り返ると梓が少し不満そうな表情で、こちらを見てきた。


「好き勝手やらせてくれるって約束、忘れるなよ」

「わかってる。ちゃんと全部、上手く収めて見せるさ」


 梓の思う存分好きに演奏させる。

 そのためにも現在の状況を終わらせ、バンドとして活動を始めなければならない。

 自分のせいで未だ下りない肩の荷に大きくため息を吐き、俺は肩を落とした。

 今後まず一番に消化しないといけないのは、日向さんの勧誘だろう。

 現状は不参加よりの保留。残りの六日間でどうにか、こちらに気持ちを傾かせなければならない。

 噂によれば今年に入ってから振った男子の数は二桁台に乗り、現在では学年の三割の男子が告白し、全員玉砕している難攻不落の学園アイドル。

 色恋の話ではないが、男子生徒が誘うという点では難易度的にはほとんど変わらないだろう。


「まずは、どうお近づきになるかだな」


 まずは自分が無害であることを知らせたうえで、相手のことをよく知る。

そして付け入るスキを見つけるのが定石だろう。

 長くアピールは出来ない、決めるなら一発。

 確実に日向を振り向かせるための準備を備えるため、頬に気合を叩きこんだ。

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