3話
以後、月金に投稿していこうと思います。
夕食の準備ができ、みんなでしばらく鍋を楽しんでいると、キョウが椀に具を入れながら話を促すように聞いてきた。
「さっき梓から聞いたよ。よくやろうと思ったな。文化祭十月末なのに」
「まぁな……おい梓、豆腐ばっか食うな」
「お前だって野菜ばかりじゃないか、……一月半もあれば形に出来る」
実際ある程度嗜んでいる人間からしてみれば、一か月半もあれば文化祭で発表する程度でなら何とかなる、というのは理解できなくはないだろう。
だが問題は今そこではなかった。
「若いうちからコラーゲンも取らないとぉ、髪とか肌ボロボロになっちゃうわよぅ」
「そうだよ、バランスよく食べないと体に良くない」
「肉を入れるな。団子は嫌いなんだ。まぁメンバーさえ集まれば、問題ないからな」
「まぁな、選べる人も限られてるしな」
最高の軽音バンドを作るためには人数がいる。詰まる所問題はそこしかなかった。この時期に飛び入りで参加を求めても、ほとんどの奴は自分のバンドを持っているだろう。
だからといって中途半端なやつを連れてくれば、梓に抑え他が限界まで頑張るといった形になり、思い描いていた全力最高のバンドからは遠くなってしまう。
ある程度お互いの人柄が解っていて、なおかつ昔から音楽をやっている、などという都合のいい人材なんていうのがそうゴロゴロ居るはずがなかった。
梓とキョウの方に視線をよこすと、仕方ないといった様子で肩をすくめ、諦めたようにため息をついた。
「なんで、そこで僕を見るの」
「それは、この二人ときたら幼馴染を誘わないのは嘘でしょ?」
お互いに気心が知れていて、音楽を幼少から嗜んでいる人間。
どちらの条件も満たしているキョウが誘われないわけがない。薄々参加は免れないことを感じていたキョウが呆れたように再度溜息をつくと、弥生さんが諦めなさい、と薄く笑い俺の方を見た。
「でも姉さんは誘わないからな?」
「私だって幼馴染なのにねぇ……雪ちゃんは?」
弥生さんはそんなことは百も承知といった様子で、薄く笑みを浮かべると影冶が考えてもいないような人間の名が挙げた。
俺は最初誰のことを上げているのか、皆目見当もつかなかったが、身の回りで雪の文字がつく人間が一人しかいないことに気づいた。
しかしやはりなぜ弥生と姫路が、あだ名で呼び合うような関係なのかまでは、推理が及ばなかった。
「なんで、そこで姫路?」
迂闊だっただろうか? と考えたが発言してしまった事は撤回できない。弥生さんは正気を疑うかのような眼差しを向け、それでも深く突っ込もうとはしなかった。
「いや、中一までウチにいたじゃない」
「あー、そうだっけ?」
……なるほど、どうやら完璧に迂闊な発言だったようだ。俺ははぐらかしの言葉を探したが、一つも出ることはなく話を進めることに思考を移した。
姫路雪菜――人並み以上には演奏ができ、意外と付き合いが長いらしい少女。そこだけ見れば誘わない理由がない。むしろ絶対に声をかけるはずの相手だが、今回は彼女に関しては当事者である限り……、少なくとも昨日の今日で、お願いしますというのは無理な話である事は明確だった。
「姫路は……無理かなぁ。今回限りは玲音に愛想つかしたみたいだし」
「そういえば同じバンドだったわね……。城崎君も、いい加減懲りないわよねぇ」
玲音の女がらみの事故は、けっこう日常茶飯事で少なくとも一度や二度ではない。ただそれでもバンド内――自分のテリトリーでは一切問題を起こしてはいなかったから、お咎めをくらわなかったのだろう。
悪癖と切ってしまえばそれで終わりだが、そのよく行ってしまえば人当たりの良さや、交友関係の広さに、何度か助けられている身としては、何とかしてやりたかった。
「まぁ、アイツには色々助けてもらっているから、フォローくらいはしてやりたいけど」
「女絡みならフォローしようがないだろ。最悪切るんだな」
梓が豆腐を丸飲みにする。
……確かにその選択はあった。むしろ一番の原因は玲音なのだから、彼を抜けば一番楽なのは事実だし、確実であった。正直検討はするべきだろう。
「……まぁ、そこは上手くやってみるよ。最悪姫路への土下座も辞さない」
「姫路さんにはそこまでするのに、僕は一声もなく参加済みなんだな」
「いやそこはお前。信頼してるというかお前はいるのが当然で、いない方が不自然だし」
「参加前提なのが納得いかないよなぁ……で、何やるの?」
ピシリと、空気が凍った気がした。いや確かにバンドをやるに際して、曲について聞いてくることは、ある程度想定してはいた。だがメンバーの集まっていないこのタイミングで聞かれるのは、とても気まずいものがあった。
「……決まってない」
「やっぱり玲音と二人でフォークソングやっていろ」
梓が興味なさげに言い捨てた。何とかしてこの二人を引き留めなければ。
「でもやることがないのも事実なんだよ。ジャズみたいなのは受けないだろうし」
「なんで演奏形態の話になっているんだよ」
「いや、バンド曲にしても歌が……」
歌える奴がいないのだ。別に音痴だとかではないのだが、俺とキョウに関しては梓についていくために演奏に集中するのが精一杯だし、梓に関しては歌うのが好きではない。
三人はお互いの顔を見合って、溜息を吐く。お互いに実力も知っているし性質もわかっている。故にお互いが無理強いをすることが出来ないでいた。
無理強いが出来ない、だがこれといっていい代案もない。三人の間にしばらく重たい空気が流れていると、それに見かねたのか弥生さんは、どこかしたり顔で助け舟を出した。
「それなら、好条件の娘知ってるわよ」
「……入れないからな?」
明確な拒否を行う。元より受験を控えた三年生の弥生さんを、メンバーに入れるのは考えていなかったし、そうでなくても弥生を入れるには色々と個人的な問題もあった
本人もそのことに気づいているのか、頬を膨らませ「違うわよ」と不服そうな声を出し話しを続けた。
「ミス富田の日向さん。声も綺麗だし良いと思うけど」
日向葵――《笑顔が素敵な学園のアイドル》《片桐弥生に次ぐ次期ミスコン一位》教師生徒共に評価が高く、人気のある少女。
同じクラスなこともあり何回か顔は見たことはあるが……確かに、梓のようなクール系とはまた違う正統派な可愛さがあり、屈託のない彼女の笑顔は惹きつけられるものがあるだろう。
それだけの人気を感じることの出来る、彼女の力を借りることが出来れば学校中の人間のほとんどが集まることは目に見えていた。それに彼女は大体のことは受け入れられる出家の心の広さがある。だがしかし…… 。
「いや無理でしょ。まず話した事もないし」
基本的に接点のない男子生徒からバンドの誘いを受けても、相手も戸惑うだけだろう。それに受けも悪い。
渋った表情をしていると、弥生さんは心配いらないとサムズアップし得意げな顔をした。
「あの娘生徒会入ってるの。もし誘いたいなら、フォローしてあげてもいいのよ?」
弥生さんの表情に少しの不安を感じつつも、他に案が思いつかなかった俺は、取り敢えず弥生さんに任せ明日の授業に備えることにした。