23話
梓が来なくなってから一週間が過ぎ、文化祭当日まで秒読みに入り、学校中が浮ついていた。
姫路も最近、めっきり元気な様子がなく、どこか上の空といった様子で、全員がそれに引っ張られていた。
「今日も来なかったね」
ドラムの手入れをしていた鏡花が、ふと窓の方を見た。外はあいにくの曇り空だったが、遠くの住宅街の方は、隙間から夕日がさしていた。
「どうすんだよ影冶。このまま行くのか?」
玲音の問いには、もう答えは出かかっていた。
音を合わせるのにも、これ以上梓が動くのを待つのは限界がある。
きっと梓の方から動いてくれることはないだろう。
それでも何も返せないでいると、姫路がおもむろに席を立ち、鞄を背負った。
「行こう」
「行こうって……」
「梓の所、皆で行くんだよ」
そう言って、部室を出る姫路に、俺たちはただ、慌ててついていくしか出来なかった。
「ほら、さっさと用意して」
「いや、いきなりでついていけないって」
梓の家に着くなり、ギターを取り出して演奏の準備を始める姫路に、俺は戸惑いを隠せなかった。するとその様子に痺れが切れたように、姫路は目を吊り上げて睨んだ。
「梓に聞かせるんだよ。今出来る全部、ぶつけてやる」
「……! うんッ!!」
姫路に返すように首を頷かせた葵が、玲音たちの方に駆けて、玲音のベースのセットを手伝っていく。まるでこのときを待っていたような動きの良さに、俺だけが戸惑っているようだ。
「オイ、影冶! 早く準備しろよ」
「お、おう」
玲音の声に、いまいち歯切れのよくない返事を咄嗟に返してしまうと、呆れたように息をつき、近づいて思い切り蹴りを入れてきた。加減のない一撃に腿が痛むが、それだけ起こっているということの裏返しでもあり少し驚く。
「~~。この状況見てまだ解ってないのかよ。もう俺たちは待ちくたびれたんだよ。いつまでも、ウジウジしやがって」
「俺が!?」
俺からしてみれば、皆の方が諦めて落ちてたように見えてたのに……。俺の方がそう見えてたのか?
「そうだよ。来ない相手の事なんか、さっさと切っちまえばいいのに、いつまでもハッキリしないままで居やがって。言いたいことがあるなら、面と向かってさっさと言っちまえばいいんだよ。伝えたいこと全部、そんなタイミング今しかないだろ?」
「伝えたいこと、全部……」
「早乙女! 早くしろよ!」
玲音の言葉に自分の想いを考えてみようとすると、姫路の怒鳴り声が聞こえた。声に反応して、演奏できる状態にすると、全員で目配せをした。
§ § §
時計を見れば、もう夕方の六時を指していた。
まだ暑さは残るものの、外は陽が完全に落ちてしまっている。
「また、行けなかった」
バンドに顔を見せなくなってから、もう何日が過ぎただろう。三日から先はむなしくなって、数えるのをやめた。
「ま、もう行っても、って話だけどな」
何日も間が空いたんだ。きっと城崎あたりが私の代わりをやっているはず。アイツなら腕もいいし、きっと私よりも要領よく出来てるだろう。
「もう何もかも投げ出したいよ……」
影冶が作った歌詞を見た。
恥ずかしくて目も当てられないような物だったけど、全力な必死さが伝わってきた。
――恋の歌だった。
その後の、雪菜の歌詞も……。
雪菜と二人で話す前から、なんとなく影冶への想いは知っていた。
影冶は私の家に来ると、音楽にずっとのめり込んでいたから、気付かなかったようだけど、雪菜はずっとアイツの事を見て、追っかけてた。
でも、中学になって教室辞めてから、全く会わなくなって、だからもう一緒になることなんてないと思っていた。
「でも丁度よかったのかもな」
先日、母さんから来た電話。
姉さんの海外留学の、おまけに舞い込んできた話。
かつて逃げた場所から降ってきた、舞い戻るための大きなチャンス。
それは中学生の頃の私が、耐え切れ無かったものなのに、この一か月、皆と演奏が出来て……。
本当に、本当に――
「楽しかったんだ」
それにこの間、雪菜に呼び出された時の宣戦布告。
あの時、私は雪菜の目を見ることが出来なかった。
うらやましい、と思った。まるで影冶が私の物だったみたいに、ずっとそばにあって手を出さなかっただけのように言える彼女が……。
影冶が姉さんと付き合っていた時があった。その時、すら私の近くにあったと思ってる雪菜が、まっすぐ私に影冶が欲しいといえる姿がうらやましかった。
その時の会話が頭をよぎった。
正直こんな誰も読んでない物を書き続けるモチベーションなんてものは、とっくに尽きてますがケジメとして書ききる所存であります。




