17話
姫路が部室に来なくなってから四日が経ち、梓の初稿が出来上がった。
最初こそ慌てていた俺や葵だが、一番最近の付き合いが深い玲音の問題ない、という言葉を信じ、曲が完成するまで待つこととなった。
そして今日、梓の完成の言葉を聞いた俺は玲音に連れられ、高校から三駅ほど離れた、新都に出てきていた。
すでに時間は十九になり、辺りは仕事帰りの社会人でいっぱいになっていた。
道路のように作られた、ビルと駅の連絡通路では駆け出しのミュージシャン達が、手売りをしながら、競い合うように演奏をしている。
「こんなところに何の用があるんだよ」
「なんとなくだよ」
玲音の不安な言葉に、肩を落としそうになる。こんな混み込みした場所で、姫路を見つけられるのか? と思っていたがどうやら勘だよりのようだ。
自分にも出来ることをしたいと思い、玲音に話しかけようとすると、唐突に玲音が団体で固まっていた路上ミュージシャンに声をかけた。
「サクマさーん」
「ん? レオ、久しぶりだな!」
演奏が終わったのだろう。撤収の準備をしていた内の赤髪の男が顔を上げる。
どうやら知り合いのようで、名前を呼び合ってハイタッチをする。そういえば姫路は、路上でやってたことがあるとか言ってたっけ。もしかして玲音自身もそうなのだろうか?
そんなことを考えていると、話が進んでいたようで、こちらに話が飛んできた。
「さっきから気になってたんだけど、そいつが新しいパートナー?」
「正確には、『セツナ』のですね」
あたらしい名詞が出てきて、誰だか解らないでいると、気付いた玲音に補足がされる。
「雪菜の事だよ。通り名みたいなもん。ちなみに俺はレオ」
「そのまんまだな」
なるほどと思っていると、サクマと呼ばれた男も、なるほどといった様子で、こちらを頷きながら見てきた。
「なるほど最悪だな」
「さ、サクマさん?」
いきなりの発言に、どう対応していいか解らず驚いていると、真剣な様子でこちらを見てくる。その表情は、どこか見下しが入っているようだった。
「いやセツナから、昔聞いたことあったんだよ。それが彼とは限らないかもしれないけど。でも何となく確信した」
そう言って玲音の表情を見ると、「やっぱりな」と一人呟いた。俺も玲音の表情を確かめると、どうにも心当たりがあるのかバツの悪そうな顔をしている。
サクマは自分なりの納得がいったからだろうか、一息ついて興味の失せた様子だ。
……アーティストというのは、誰も彼もこうサバサバとしたのがデフォルトというルールでもあるのだろうか?
「まっ、細かいところは、俺が入り込むような話じゃないしな。セツナならこの時間、中央のどっかでヤッてるはずだぜ」
「中央って! 激戦区じゃないですか……。またわざわざそんな人の集まるところで」
「どっかの野郎のせいで、相当溜まってるみたいだからな。正直久々に見た時は、切れ味のいいナイフみたいだったぜ」
なぜ俺は初対面の男に、こうズケズケと言われなければならないんだろうか?
玲音は頭痛を抑えるような体制で天を仰ぐ。どうやらバンドのこと、というより姫路の対応事態に、頭を悩ませて言う様子だった。
「なんでこう、俺の周りはめんどくさいやつがホイホイと……。取り合えずありがとうございます」
「また今度一緒にヤろうぜ。……あと、お前」
「早乙女です」
教えてもらった場所へ向かおうとすると、サクマが俺を呼び止めてきた。名前などどうでもよさそうに、「あぁそう」とだけ流す。
「お前、好きな女とかいんの?」
「はぁ?」
質問事態来ると思っていなかったし、内容もなぜ今それなのか意味も分からず、素っ頓狂な声が漏れてしまう。
困惑していると、サクマと玲音の前後から早くしろと急かされた。
正直好きなやつと言われても、解らない。大体解っていたら、まずこんな面倒なことにはなっていなかったはずだ。
「正直よく解んないけど……大切にしたい奴ならいます」
すると答えに満足しなかったのだろう。渋い顔をしてサクマは苛立たし気に腕を組んだ。
「その年でそれとか、ちょっとキモいな。まぁ何にしろ、そういう奴が居るんなら、さっさと周りに言っちまえよ。その方が楽だぞ、周りが」
中々に腹の立つ物言いだが、正論のようにも聞こえる。だからだろうか、何も返さずにその場を去るのが、なんだかとっても負けたような気になり声を上げずにはいられなかった。
「言ったからって、どうにかなることなんてあるかよ。それで、もし悪い方向に事がいったらどうすんだよ。何も知らねぇ他人が、口挟んでくるんじゃねぇよ」
「ある一面に関しては、お前より知っていると思うけど、確かに他人が人様の事情に口出すのは、野暮以外のなにものでもなかったな。ライブ公演そろそろ終わりだろうから、早く行った方がいいぞ」
そういってまた一人納得した様子のサクマは、一人ブツブツと作業に戻っていった。
とりあえず、今は姫路の方だろう。俺と玲音はその場を後にした。
しばらく歩くと駅前の広場に辿り着いた。広場ということもあって、人通りが多いからだろうか、演奏している人数も先ほどより多く感じる。それこそ一つの演奏の場から、別のミュージシャンの表情が見えるほどに。
「中央なら、一番居そうなのは時計塔の所だろうな」
そう言って玲音が指さしたのは、大きな螺旋状のモニュメントだった。下に『命の時計』と題名が彫られているが、時計の要素がどこにもない。
姫路が居ないかと辺りを見回すと、周りより若干多い人だかりが目に入った。
玲音もそれが目に入ったのだろう。人だかりを指さして、嬉しそうに笑った。
「あそこだ。やっぱ地力が違ぇな」
「ウソだろ?」
その周りに居る人間じゃないかと、周りを見回してみるが、どの人も違う。
人だかりに近づき、演奏者が見える位置に行くと、そこには確かに姫路が居た。
オーディエンスが多くいることも、別段気にした様子はなく。いたって自然体といった感じだ。
しばらくして演奏が終わり、それが最後の曲目だったのだろう。挨拶を軽くすると、曲を聞いていた通行人がバラバラと減っていく。
そして撤収に入った姫路に、俺たちは近づいてく。
姫路の方も気づいていたのだろう、こちらを一瞥してまた作業を続けた。
「なんか用?」
「曲、出来た」
その一言に動きが一瞬止まるが、すぐにいつもの調子に戻り手を動かす。
「探すのが手間だった。せめて今度から一言くれ」
姫路は返事を返さず、作業を続ける。俺たち二人も片づけを手伝った。
路上ということもあって、道具も少なく片付け自体はすぐに終わった。荷物を持ち着いていこうとすると姫路が急に立ち止まった。
「別にいいんだけど、何でついてくんの?」
「……なんでだろ。なんとなく、かな? 流れ的に?」
すると姫路は大きくため息を吐いて、また歩き出すどうやら着いて行っても良いということなのだろう。




