16話
後日、出来た叩き台を見せることは出来たものの、やはり評価は悪く、サンドバッグレベルで叩かれた。
「やっぱりダメだよな」
「いや別に、全部が全部悪いってわけじゃないだけど、なんか暗いっていうか……」
「少なくても、ロック、ロック騒いでたやつが書くような内容じゃないな」
困ったように濁すキョウの言葉を遮るように、梓がズバリと言ってくる。分かってはいても、やはり来るものは来る。
姫路も似たような感想なのか、難しい顔をして、ノートを見たままだった。
「なんていうか、すごい自罰的な歌詞だね。私は共感できるけど、歌うのは嫌かも」
葵が共感を示してくれたのは意外だった。だが本人としては歌っていて暗い気持ちになるのは、当然のことながら嫌らしい。
「ボーカルの却下が出たということで、この歌詞は無し、だな」
今日の梓はどうにもご機嫌斜めなようで、攻撃的な言葉が次々と飛んでくる。
ふと脳裏に昨日のことがよぎる。
もしかして、昨日姫路と会っていたのと、何か関係があるのだろうか?
そのことを問い詰めたい気持ちが、喉から出そうになるが、寸前のところで我慢する。
聞いたところで、なにかなる話じゃないし、下手したらさらに不機嫌になって、怒り出しかねない。
結局のところ歌詞作りは振り出しに戻ってしまった。
正直なところ昨日の時点で、見せられた物じゃないとは感じていたので、ショックは薄い。だがこれ以上何をどう書けばいいのか分からない。理解していないことを書くのは今の俺には、至難の業だった。
しばらく頭を悩ませていると、同じく難しい顔をしていた姫路が、ふと顔を上げた。その顔は何か思いついたというよりは、苦肉の策といった様子で、こちらを心配し、様子をうかがっているようだった。
「一応さ、アタシも似たような感じで作ったんだけどさ、……どうかな?」
そう言って出してきたコピー用紙を手に取る。そこには、二つほどの詩が書いてあった。詩の内容は失恋と片思いだ。
「これ、あの後書いたの?」
目を通して一番に発言したのは、梓だった。姫路は、疲れた調子で鞄から、どこか見覚えのあるノートを取り出してきた。表紙には下手な筆記体で『LIBRETTO_NOTE』……。
「って、俺のじゃねぇか!?」
唐突な公開処刑に驚くと、姫路が申し訳なさそうに、ニヤつく。
「この中の使えそうなのを探して、訳した。堕天使だの、エデンだの、読解するの大変だったんだからな」
「読み解くなよぉ!」
つまり昨日の夜のは、そういうことだったわけで、一晩で書き上げてきたことへの悔しさ以上に、あのノートの中身を見られたことへの恥ずかしさで、死にそうだ。
ていうか堕天使とか、どういうセンスしてたんだよ俺!
羞恥心を必死に抑えノートを取り返すと、自然と会話は、本題の歌詞へと戻る。
正直ノートと見比べると、面影なんてものは欠片も残っていなかった。どちらも爽やかで、暗くない歌詞の内容で、葵にあっているだろう。
……というか、もうオリジナルの領域じゃないかな? 改変レベルが。
姫路がこちらを伺うような様子で、顔を上げる。その表情はどことなく不安そうだ。
「別に嫌ならいいんだ、勝手にやったことだし。でも、これでも良かったら、使えないかなって。まっ、いらない、か」
なんとなく言いたいことが分かった。要は俺が書くといったのに、それを上回る速さとクオリティで作ったことで、面子潰してゴメンナサイってことか。
そう結論付けると、なんだか無性にイラつきが、胸の内から湧いて出てきた。
別に実際に面子が潰されたから、とかいう小さい理由じゃない。そんな小さいことで悩ませてしまったということに、苛立ちを抑えられなかった。
「なんで出来が良いのに、使わないなんて答えになるんだよ」
片想いの歌詞が書いてある紙を取り、姫路に突きつける。急な行動に目を見開いて驚いているが、気にしない。
「元が俺のノートなら、何割かは俺が作ったってことだろ? だったらこれ使っ
たって大差ないだろ。これをまた修正して、曲に合わせて編集しちまえば、また変わるんだ。そしたら、もう誰が、とかどれが、とか関係ねぇよ」
出来が良いのは嫉妬するが、それと出来た歌詞を使うかは話が別だ。
姫路は納得がいかない顔をしていたが、理解はしてくれたようで渋々といった様子で、浅く頷いた。
………………
…………
……
「にしても、意外だな」
早速、歌詞の修正と仮音源の作成を始める中で、呟いた言葉に姫路が反応する。
意外といわれたことに不満があったのか、眉を大きく寄せてこちらを睨む。といってもいつも無愛想な表情をしているので、さほど威圧的に感じるかといえば、そうでもない。
「別に悪いってことじゃないぞ? ただかなりメジャー寄りで、ポップだなと思ってな」
そこまで言って、さっき梓に言われたことと、大差ない皮肉に気づいて、失言した。と思ったが、姫路はどこか嬉しそうにも見える、楽しげな笑みを浮かべていた。
「それはそうやって作ったからな。日向が歌って似合うようにさ」
まっ、実際は後ろの演奏次第でいくらでも変わるけどな。と姫路は梓を見る。
「………………」
「梓?」
「……なんだ?」
こちらに全く気付いていなかったのだろう。梓は驚いた様に顔を上げ、動揺した態度を取った。
「歌詞だよ。日向に似合ってて違和感ないよなって、どうした? なんか顔色悪いぞ?」
顔を青くした梓は、頭を振ると元の様子を取り繕って、不愛想にそっぽを向いた。横顔しか見えなくなってしまったが、纏う雰囲気は調子の良さそうなものではなかった。
「寝不足なんだよ。今日はもう寝たいから、コレ、持って帰っていいか?」
そう言って大きく欠伸を掻く姿は、どうやら本当に眠そうだった。
別段止める理由もなかったので、了承するとダルそうな足取りで部屋を出て行った。
梓の出て行くのを見つめていると、玲音が首に腕を回して詰ってきた。
「なんで一人で帰らせるんだよ。そこは連れ添うとこなんじゃないのかぁ?」
「いや、寝不足ってだけなら、別に一緒に帰らなくたって平気だろ」
「寝不足ってだけなら、あんなにフラフラと出ていくわけないだろ?」
呆れたように苛立つ玲音はなんだか珍しい。といっても最近は、よく呆れられてるような気がしなくもないけど。
「隠したってことは、少なくとも今は言いたくないってことだろ? だったら無理に近くにいなくたって……?」
ガサリと。音が聞こえて顔を向けると、姫路が帰り支度を終わらせ、出ていこうとしているのが見えた。
俺たちの反応に、不機嫌そうに鼻息を立てると、ジトリとこちらに視線を向けてくる。
「うるさいから帰る」
「いやちょっと、まだ終わって――」
「あとは曲が来てからの微調整で問題ないし。それまでは各々自主練でいいでしょ?」
「いやお前――」
異議を返す暇も待ってもらえず、扉を閉められる。部屋を見渡すと、残された葵やキョウが何とも言えない表情でいた。
玲音だけは何か解っているのか、窓の外をただ見ていた。
「なんだか上手くいかないね……」
そう漏れた葵の言葉が、部屋に響いた。
…………俺だけが、何か解ってないのだろうか?
自分だけが大きな歯車と噛み合っていないような、不安感が胸に湧き上がる。
何が原因なのか解らない。いや、そんなはずない。自分だって関わっているはずだ。
必死に関わっていそうなことを考えるが、思考が空転するだけで、何一つとして浮かぶものは無かった。
翌日、姫路が部室に顔を見せることは無かった。




