15話
「まずテーマからいこうか」
葵は何がいい? と促す。歌う本人がいるのだから、やりたいテーマを聞くのが一番だろう。
葵はしばらく頭を悩ませると、捻りだすようにして、口を開く。
「やっぱり、恋愛系かなぁ。明るい感じのやつ」
「会いたくて、会いたいけど、会えなくて的な?」
なんとなく予想していたのと、同じ範囲内で少し安心するが、つまりは一人で悩んでた時と、さほどの変更はないということだ。
最近よくテレビで聞くような歌詞を適当に言うと、葵は首を横に振って否定する。
「そういうのじゃなくて、もっと初恋的なやつ。恋人同士のじゃなくて、それ未満の」
「何とも乙女チックな……。でもさっきのよりは、出来そうだ」
何せ恋愛経験のない人間に、こんなものを書けっていう話が無理だったんだが、片思いぐらいだったら、なんとかいけそうだ。
その後も葵といろいろ話し、イメージを煮詰めていき、気付けばもう十八時ということで、俺たちは解散することになった。
……
…………
………………
「まぁイメージが固まったからと言って、歌詞ができるかという話は別なんだけどネ!」
結局家に帰り、そのまま二階の部屋で作業を再開するが、どうにも捗らない。
もう家自体になんかの呪いがかかっているんじゃないか? ってくらいに気は散るし、パソコンを開けばネットも開く。
テレビやラジオを付けたら、そっちにばかり頭がいって、最終的には正座で、放送が終わるまで待っている自分がいる。
こりゃもう家では無理だなと、寝転がると窓の外に意識がいった。
「梓ん家でも行ってやれば集中できるかなぁ」
場所を変えれば、集中できるかもしれない。
ぼうっと、そんなことを考えていると、不意に誰かが会話しているのが聞こえる。
気になって、窓から覗く。どうやら梓の家からのようだ。
玄関前を見ると、梓と姫路が何か会話をしていた。会話をしているのは聞こえるが、少し距離があるせいかぼやけて聞き取れない。
そうこうしているうちに、会話は終わり、姫路がその場を去っていく。
梓も姫路も、いつものごとく不愛想な様子で、何事もなく会話のできる二人に感心する。タイプが近いと、そういうものなのだろう。
しかし、なぜあの二人がこんな時間に、特に姫路は早めに切り上がったはずだ。
俺は表の状況に、頭をモヤリとさせる。
時刻はすでに八時。この時間に梓の家に行っても、迷惑だろう。
「片想いか……」
窓の奥に建つ梓宅を、壁越しに見つめる。
小学校の時、初めて彼女の演奏を目にしたクリスマスの夜。
あの日、キョウ達と一緒にクリスマス会をやるはずだったのに、梓の演奏会で中止になって、仕方なく何人かで見に行った日。
舞台に立つ梓の姿に、俺は魅了され、いつか舞台に立ちたいと親にせがんで音楽を始めた。今考えれば、初恋と言えなくもない想いだが、もしそうなら今持っているこの気持ちも、初恋の想いを引き摺っている。ということなんだろうか?
「なんか、よく解んねぇな」
恋とか、好きとか考えたこともなかった。
ただ前に向かって走りたくって、天才って言われてる梓に目に物見せたかった。それだけの話で、今だって梓を誘うのは、そんな天才が燻っているのを見たくなかったからだ。
普通の高校二年なんてのは、玲音みたいに恋の一つや二つ、しているのだろうか?
もしそうなら、キョウや梓だって……、他のメンバーだってしているかもしれない。そう考えると、可能性の話だというのに、胸の中に気持ち悪さが渦巻いた。
「なんだか女々しいこと考えてるな、俺」
今は歌詞を作ることに専念しなければ。
俺は暗い気持ちを振り払うように、体を動かすと、再び机に向かいノートにペンを走らす。完成とはいかなかったが、一応歌詞の体裁を保つことが出来たらそれは、とてもじゃないが、人に見せられるような出来ではなかった。




