13話
バンドが完全結成をし、本格始動してから一週間。
ライブまで、残り一か月。
「あぁぁああぁぁ、何にも思いつかねぇ」
――の一日目も終わりを告げようかという頃。
気合を入れるために新しく買ったノートは、まだ誰も踏み込んでいない雪原のように綺麗な状態で、俺のごちゃごちゃとした纏まりのない脳内と反比例していた。
「いやいや、まだ一週間…………」
……もう一週間だよ。
いや、別にずっとサボっていたわけじゃない。
毎日頭悩ませて、いろんな曲や小説を読んでネタがないか探っていたし、ただネタが拾えなかっただけで……。
それに、他の曲の練習は思ったよりも捗り、今では手元の確認は、最初の半分ほどになっている。いやだからこそ、余計に完成すらしていないオリジナルの曲が遅れていることが、浮き彫りになっているのだ。
「明日、姫路たちになんて言おう」
もはや状況は惨敗状態一歩手前。進捗を正直に言えば、確実に怒鳴られるだろう。
時計を見ればもう十二を過ぎている。
「少し、三時間だけ……」
頭がボッーとしていては、浮かぶものも浮かばない。
ベッドに体を投げて目を閉じると、ピッタリと磁石でくっ付いたような感覚になった。寝ているんだかよくわからない。音が聞こえているような気がしても、もうどうでもよかった
……
…………
………………
「もう何回目なんだろうね。この展開」
翌日の放課後になり、結局一文字も進むことのなかったノートを、姫路に見せることになり、ここ数週間で馴染んできた構図が出来上がっていた。
「いやいや、まだ三回目」
「仏の顔は三度までなんだけど?」
「あれって三度までは大丈夫って意味じゃないのかぁ」
少し間抜けな頭脳をさらしたせいか、姫路が呆れたように溜息を吐く。
「梓、アンタちゃんと見張ってなかったの?」
「見張ってたからって、どうにかなるものでもないだろ」
さもありなんといった様子で、どうでもよさげに呟くと、姫路が梓とキョウを引っ張り、耳打ちをし始めた。
梓は面倒臭そうな表情をしながらも、耳打ちに頷きを返す。キョウも真剣な表情で返しているあたり、バンドの今後にとって、それなりに大事なことのようだ。姫路は梓から何かを受け取ると、気合いの入った表情でこちらに向いた。
「あたしも手伝うから、歌詞作りさっさと終わらして、演奏を始めるよ」
怒らずに協力をしてくれるという言葉に、俺は目を見開く。
なんか反応は違えど、こんな展開少し前にもあったような。
そんな様子を不愉快に思ったのだろう姫路は、顔をしかめていた
「なんだよ」
「いや別に、もっと怒るかと思ってた」
正直隠していても仕方ないので、ありのまま話すと、姫路のしかめっ面は眉間のしわをさらに深め、濃いものとなった。
「怒ってる。でも、怒っているからって、それを出しても何にもならないし。だったら前に進んだほうが建設的」
強めの語気で返す返事は、何所へともなく吐いているように感じた。
その様子に、あまり健康的ではないと思ってしまうが、それを口に出すと事が荒れそうなので、飲み込むように我慢する。
一時的な沈黙。
別に話すことなんて何でもあった。歌詞作りの事とか、他の曲の納得のいってないところだとか、世間話的なものだって、それなりに……。
ただそれを自分から話し始めるのは、なんだか憚られるような気がして、何を話しても不機嫌に怒られるような気がしてしょうがなく、沈黙するしかなかった。
空間の会話がなくなり、作業の物音だけが響く。
会話がない状態が続くにつれて、空気が重く固まっていくような気がして、キョロキョロしてしまう。
ふと、帰りの準備をする姫路が視界に入る。
時間はまだ四時にも届かないほどで、帰るにはまだまだ早い。
「……なんか、用事か?」
姫路に怒鳴られなそうな話題を道蹴ることができ、ひとまず口に出来たことに安心するが、姫路は不機嫌の塊といった様子で、視線を向けた。
「別に、ちょっと寄るとこができたから、先帰る」
細かいことを聞くなといった様子の姫路は、手早く荷物を担ぐと足早に部室を出て行った。
やはり、怒りが我慢できなくなったのだろうか。これ以上我慢させて爆発させないためにも、一刻も早く歌詞を完成させなくては……。
「すまん。俺も早めに切り上げていいか? 早く歌詞完成させないとだし、他の曲はもうほぼほぼ覚えたし」
キョウと梓は仕方ないと肩をすくめ、手を払う。そんな様子に日向、葵が控えめに前に出た。
「私もいっしょに行っちゃ、ダメかな?」
「えっ? いや……いいのか?」
手伝いの申し出を断る理由はないが、本当にいいのだろうか?
葵はもちろん。といった様子で、やる気を見せる。
「だって、自分で歌う歌だもん。私だけ待ってるなんて悪いよ」
「なら、近くの喫茶店でいいかな? 落ち着けるとこだし、行こうと思ってたんだけど」
「うん! 私は手伝うだけだから、あなたのやりやすいところでいいよ」
やはりやるからには気持のいいものにしたいし、成功させたいのだろう。実際、俺自身もやはりやるからには、それなりの形あるものにしたい。一通り曲を流弾いくと俺と葵は、帰り支度をはじめ、バイト先の喫茶店へ向かった。




