12話
「じゃあ、今日からボーカルとして入ります。日向葵です」
「イェーイ」
その後、音楽室に戻ってきた俺たちは、日向さんを連れ、これからの最終確認を行っていた。
「じゃあ、最初から会長もグルだったんですね」
やはりというべきか、バンド結成の顛末を説明すると、日向さんは肩を落として呆れていた。
まぁ発端から何から、突っ込みどころしかないので、呆れるのも仕方のないだろう。
一通り談笑すると、「さて」と姫路がホワイトボードの半分ほどに、役割と曲目を書き始める。
「面倒事を増やす天才だよなぁ、全く」
苛立たしげにホワイトボードに文字を書いていく姫路に、三人が同情をしながら、こちらに視線を向ける。どうやらみんな、思いは同じのようだ。
日向さんだけは、状況がはっきりと呑み込めていないようで、あははっ、と曖昧に笑って見せる。
メンバー
・ボーカル:日向葵
・リード:姫路雪菜
・リズム:早乙女影冶
・ベース:片桐梓
・ドラム:水月鏡花
・雑用:玲音
曲目
・ブルーティアーズ
・翼をください
・オリジナル
「どうすんだよ、これ。流石に俺、手伝えないぞ」
「大丈夫だって……、多分」
「お前なぁ……」
呆れる玲音に、楽観的な返事をする俺。普段とは逆の立場に、不謹慎ながらも笑いそうになる。
姫路はそんなやり取りを見て、疲れたようにため息を吐くと、普段の調子に態度を戻して、曲目を見た。
「まぁ今のところ、これ以外に目立った問題もないって考えれば、マシかもね」
伸びをしながら言う様子には、余裕のようなものを感じられた。
一通りストレッチをして気持ちが切り替わったのだろう。姫路は「……で」と
言葉を続けてこちらに体を向けた。
「肝心の新曲はどこにあるの?」
「……………………ない」
「……」
分かっていたとでも言いたいのだろうが、それでも吐かざるをえない。と言わんばかりに、深いため息を静かに吐く。
なんだかそんなに大きく態度を取られると、自分が原因といえども頭に来る。
「間に合わせれば問題ないだろ。頑張ればなんとかなるって」
「そうだよっ。だからさっと取り掛かんの。まぁ今の言葉に、安心できる要素も、頑張れる要素もないけどね」
不満をグータらと漏らしつつも、もう腹は決まってるようで、ホワイトボードの余った部分に線を引き始める。
「まず皆がいる時は練習として。問題は……」
オリジナルの文字をコツコツと叩き、ふむ、とメンバーを見て考え始める。いや、どうやら答えの大筋自体は出ているようで、玲音と梓を見比べていた
「早乙女は作詞。作曲は……梓は出来る?」
梓に作曲……。出来ないことはないのだろう。ただ彼女がやるかは別だ。
自分に来るとは思っていなかったのだろう。少し、いつもより目を開いて、動きが止まる。しばらくして考えが動き始めたのだろう。こちらに視線を動かし、じっと見始めた。
「私が……?」
梓は何度か言葉を口にしようとしては、止めてを繰り返しをする。
やっていいのか? と言っている気がした。自分程度の人間が、出来るのだろうか、と。
もちろん、無理強いは好きじゃないし、出来ないと言われても姫路の中に、はもう一人候補はいるのだろう。
でも、もしやってくれるのなら、それは……。
「別に、無理はしなくていいと思うぞ。……出来ないなら、出来ないで――」
うれしい。とは言葉にできなかった。もしそれで流れを作ってしまえば、どちらにしても、いい結果は出来ないと、思ったから。
梓はまた少し考え込むと、今度はまっすぐ前を向いた。
「やるよ。私」
どこからとなく安堵の雰囲気が流れる。
どうやら緊張していたようで、姫路からもよしの声が漏れる。
日向さんも、場の空気が緩んだことを察したのだろう。にこやかな様子で、こちらを向くと、両手を前で握り笑いかける。
「私も、何か手伝えるようなことがあったら、ガンバるから。これから一緒にガンバろう」
「ああ、これからよろしく日向さん」
これから始まるんだ。と思っていると急に日向さんが、眉間にしわを寄せ始めた。
「えっと……」
今の瞬間に、何か気に障るようなことでもあったのかと、ドキッとするが何も思い当たるようなことがない。というか、まだ何もしていないのに、何かもない。
「あのね……。みんなに一ついいかな?」
日向さんの声に、メンバー全員で注目する。
皆に見られた日向さんは、少し恥ずかしそうにモジモジとしながら話し始める。
「あの、私も仲間になれたって、お願いがあるんだけど……」
お願いの言葉に、みんなして一斉に思い当たるところを考え始める。
「その……メンバーのみんなに、名前で、呼んでもらえないかなって」
「「え?」」
その程度の事? と、全員して呆気にとられ、間抜けな声を上げてしまう。
そんな様子に日向さんは、頬を膨らます。
「え……って、だ、だってみんな名前なのに、私だけ『日向さん』って」
「私とか苗字呼びじゃないか」
姫路がたしめるように言うが、余計に引っかかったのか唇を尖らせる。
「でも気安いもん」
拗ねたように呟いた言葉に、何を思っているのか、少し納得がいった。
日向さんだけ、元からの仲間じゃないんだよな。
会話があまりなかったとしても、お互いに何かしら、共通のコミュニティにいた者同士が集まっていた。だが日向さんだけは、弥生さんからの繋がりで、本人同士の繋がりじゃない。
もう出来たグループに余所者が入るのは、確かに心細いだろう。
「分かった。これからよろしく、葵……さん」
呼んでみて、なんだか気恥ずかしくなり、後付けでさん付けをする。日向さんにも照れが伝わったのか、ほんの少し頬を紅潮させて誤魔化すように笑った。




