8話
短い話をどこで区切るか、悩んだうえこのような事態となりました。
六限目の授業の最中、俺はどう日向さんを誘おうかと考えていた。
ふと前のほうを見れば、日向さんが机に向かって板書を写している。後ろのほうで梓が暇そうに欠伸を掻いては、窓の外をぼんやりと眺めていた。
……いや授業受けろよ。
「片桐さ~ん、もう少し授業にちゃんと参加してほしいのだけど」
教師である園田先生も気づいたのか、遠慮がちながらも注意する。園田先生はこのクラスの担任ということもあってか、前から梓にいろいろと気にかけてくれている先生の一人だ。
梓は眠たそうな顔に手を押し付けると、眠気が飛んだのか椅子に腰を掛けなおした。
「……すみません」
「うん、じゃあ六七頁の五行目から読んでもらおうかな」
梓はペラペラと教科書をめくると、音読をした。内容は奇しくも少年がクラブ 活動に勧誘する話で、俺は自分の現状と重ねて、軽く眉を顰めた。
梓の声は女性にしては少し低いが、凛と一本通った声は教室内に良く通り、なんてことのない英文も、なんだか賢そうな内容に聞こえる。
整った容姿も相まって、気品よく見える梓の姿に、普段からもう少しそういった態度が維持できないものかと、小さくため息を吐き時間を確認する。
授業終了まで十分、最後が担任ということもあり何もなければ、このまま下校ということになるだろう。
放課後になったらまず、日向さんに答えを聞きに行ったほうがいいのだが、このままでは断られる可能性しかない。どうにか興味を引く取っ掛かりのようなものがあればいいんだが。
ペンをユラユラとさせて頭を捻っていると、チャイムが鳴り響き、そのままホームルームに流れ込んだ。
園田先生が一通りの連絡事項を告げ、終礼を済ませると足早に荷物を片付け、日向さんの席に向かった。
「日向さん。ちょっと時間いいかな?」
日向さんは、僕の声に顔を上げると何の話がしたいか内容を察したのか、少し気まずそうに笑った。
「うん……ここじゃなんだから、場所変えてもいいかな」
梓たちをチラリと見ると目が合う、まだ諦めていなかったのか? と呆れたような態度だった。
ついてきて。と席を立つ日向さんに、俺は頷きながら後を追いかける。
日向さんの人気は中々のようで、直接面と向かって呼び出すというパターンは珍しかったのだろう。すれ違う生徒のほとんどが、相手である俺が何者か確認するように二度見、三度見をした。
しばらく後をついていくと、屋上に続く踊り場についた。
屋上は常時解放されているが、どうやら貯水機のメンテナンスのようで、鍵がかけられていた。
日向さんは、残念そうにため息を吐くと「ここでいっか」とつぶやき振り向いた。
「え……っと、話って、文化祭のことだよね?」
「あっ、そう。あの時は保留になったから、一応答えを、ね」
…………気まずい。
最初から拒否されるのが、目に見えてる消化試合だからと思っていた。
だが、どうにも早く言ってくれという気持ちと、わざわざ断りの言葉を聞きたくないという気持ちが、打つかって何とも言えない。
日向さんが言葉を出そうと、口を開いた瞬間。どうにも我慢できなくなった俺は、日向さんを遮るように、言葉を重ねた。
「あの、さっ! もしよければなんだけど……、放課後付き合ってもらえないです、か?」