真っ赤な弾丸
「シキ。今日のアタシは気分が良いから、特別にアタシの昔話でも聞かしてやるよ」
前置きもなく、『クリスティーン・スカーレット』は急にそんなことを言い出す。
その場に居た。というより、居合わせていた彼女の弟子、シキ、もとい『四季織一瀬』は、
「……はい?」
と、惚けたように返した。
何を言い出すんだこの女。今作業中なのに言いだしているんだと、一瀬は少々うんざりそうに思った。
「はい?じゃねぇよ。聞こえなかったか?リピートアフターミー?」
一瀬の返し方に何か燗に触ったようで、わずかにドスを利かせて言い放つ。
利かせたところで一瀬はビビらない。もう慣れた。
「いや、聞こえた。全然聞こえた。ただ、何故今その話を聞かなきゃならん?それって俺に何の得があると思ってるのか?」
「うるせぇ黙れ。弟子は黙って師匠の話を聞いてろ」
ここで弟子の扱いをするか、面倒だな。
しかしそう嫌がってはみるものの、確かに一瀬にとっては気になる話だ。
彼がクリスと出会ったのは、丁度十七年前。それ以前の話を杳として知れない事実。
母親として、プロプレイヤーとして自分を育てた彼女の昔話は、全く持って聞いた事が無かった。
こんな規格外に、破格的に最強な彼女の過去。聞かずは永遠の謎か。
「……わかったよ。聞いてやるから話をしてくれ」
「おぅ、聞け聞け、ていうか耳をかっぽじってよーく聞けよこら」
後半はなんだか敵対心を持って言っている気がする。そこらへんは流しつつ、一瀬は傾聴の姿勢で、彼女の波乱万丈な、文字通りぶっ飛んだ人生をその耳で聞くことになった。
*****
二十二年前、丁度クリスが二十歳になった頃、アメリカ陸軍に入隊した。
彼女自身が志願したわけではないし、その頃は大学に通っていたが、米軍の長官が彼女の強力な能力を高く評価し、長官から直々にスカウトを受け、クリスはそれに応じた。元より大学の成績は芳しくないので、彼女としては棚から牡丹餅な話だった(無論父親からこっぴどく叱られた。大学を勝手に中退したのだ、無理もない)。
訓練や実戦でさえ、彼女は自重という配慮を一切考えず、己の実力をフルに扱ったことで、米軍は強固な軍隊であると認識されると同時に、米軍内で彼女を飼える部隊が無いと嘆いていた。
入隊から一年、彼女は半ば厄介払いされる形で、ある特殊部隊に配属されることとなる。
その部隊の名は『クルセイダーズ』、主に紛争地域のほか、テロリストの排除、諜報等も兼ねた米軍では有名な『人外部隊』。
隊長の『カルロス・ブラック』を始め、特殊部隊に所属する隊員は全て、札付きで折り紙つきの手練れだらけだ。最早彼らだけで米軍を名乗るだけでも、米軍の底知れない強さに恐れおののくかもしれない。
入隊一年目で、そのような部隊に所属出来た彼女は、新人ではあるものの米軍関係者はなるほどと得心が行った。
クリスが『クルセイダーズ』に入ったことで、更に彼女の活躍は増していく、集団行動が苦手であった彼女は、自由奔放な方針によって、他人の事情や言い訳も一切手を抜かず、『もうやめてくれ』と言うまで、その力をフルに扱っていった。
そして、『クルセイダーズ』入隊から、四年後のある日、
*****
「任務だ」
休日に、しかも急に電話が来て、クリスは嫌そうに、隊長の声を聞く、
「休日で悪いが、『クルセイダーズ』総出で臨まなきゃならん。お前も来い」
「……マジかよ」
チーム全員で臨む任務というのは、中々もって前例が少ない、だからこそクリスは、危機感というものを抱いた。
今現在、下着姿でベッドに寝ていたのだが、隊長の電話を切った後、すぐに服を着替えて、米軍基地に急行した。
既に基地には、『クルセイダーズ』の面々が集合していた。
「……遅いわよ、クリス。あんたが最後」
うんざりげに喋るのは、薄緑の目に、金色の短髪、クリスと同じ背丈にして、軍隊服を纏うその背中には、足まで長い日本刀を差し、両腰には背中の日本刀よりも半分程短い日本刀を携えた女、『アリス・エバーグリーン』
彼女はクリスが『クルセイダーズ』に入隊した当時から、教育係という役割でクリスに接した人物で、
クリスから見れば隊員の中で特に親密な人間である。
「まぁ、仕方無いですよアリスさん。クリスさん今日は休日だったようですし、どうせ呆けた顔で寝てたんでしょう」
そこでフォローするように毒を吐いたのは、少し黒みがかった赤い長髪、半袖へそ出しで半ズボンという特殊な軍隊服を着用し、顔立ちこそアジア人の面影を残した若い女、『エイダ・ヴァイオレット』。
エイダはクリスが入る前こそ、この特殊部隊じゃ一番新米であり、クリスが入隊した事でエイダには初めての後輩が出来てとても嬉しく思っていたが、
規格外の強さと、自分本位で自分勝手なクリスの行動に、エイダは先輩面をするのを諦め、見た感じクリスの後輩のような扱いを受けている。年齢こそ同じなはずなのだが、どこでその差が出てしまったのか。
「休日なら、わたしも同じだよ。今日は出かけるはずだったのに……」
水を差すように、文句を呟いたのは、