4 先見
『第二の東京』には珍しい、袴姿の若者が塔の前に立っていた。
さわ・・・・
風が彼の髪を嬲った。
それはあり得ないことだった。
人口のドームによって覆われたこの街には風などない。
彼の周りにだけ吹く風は何かを伝える。
そして、塔を見つめた彼が意を決して足を踏み出すと、今までのことが嘘だったかのように止んだ。
あるのは、彼が動いた時に共に動いた空気だけだった。
「神様の命により、シュライン、参上いたしました。」
凛とした声が、塔に響き渡った・・・・・・
彼が案内されたのは、儀礼的な謁見の間であった。
だが、そこに『神』が現れることはまず無い。
『神』は今も民のために研究を続けているという。
執務は全て『管理者』と呼ばれる者たちに任せている、という専らの噂だった。
シュラインはこう思っていた。
『神』とは、「神」の名を着せられた、哀れな人物だと。
「君が先見のシュラインかね。」
不意に声がした。
そちらを見れば、ごく普通の男がいた。
少なくともシュラインにはそう見えた。
五十代くらいの普通の親父にしか見えなかった。
ほんの少し、野心の強すぎる感じはするが。
「あなたは神様ではありませんね。管理者のお一人、でしょうか? 私を呼び出したのもあなたですね。」
「さすが有名な先見でいらっしゃる。今まででそう断言したのは、両手の指で足りるほどしかおらんのだよ。ほとんどは早々にお帰りいただいているのだがね。」
にこやかにそう答える男を見て、シュラインは、目が笑ってないんだよ、と心の中でつぶやいた。
彼の一番嫌いなタイプである。
「お目に適ったようで嬉しゅうございます。で、本当のご用件は一体何でしょうか?」
心にも思ってないことを思いっきり言ってやる。
こういうタイプは適当にあしらうか、与したように見せかけるのが一番良いと、今までの経験で学習済みである。
そして、ほとんどの場合、それに気付かないまま上機嫌で帰っていくものだ。
この男も例外ではなかった。
「おお、君のようなすばらしい力を持つ先見は初めてだ。力になってはくれないかね。」
「どなたの力に、でしょうか? 神様でいらっしゃいますか? それとも、あなた様で?」
「もちろん神様だ。まあ、時々は私の力にもなってもらえれば嬉しいが。」
逆だろ、とシュラインは毒づいた。
もちろん心の中で。
「私などでお力になれるのでしょうか? まだ未熟者ですし、何かと至らぬことがあると思いますが。」
「いやいや、君のその先見の力で、少しでも神様の心配を取り除いてもらえればそれでいいのだ。あの方は時々とても不安になるようでね。君の見たものを話して差し上げるだけでいい。どうだね?」
シュラインほんの少し考えた。
この男のような人物は、きっと、もっといるだろう。
そんなところで自分はうまくやっていけるのだろうか。
けれど・・・・・・
「わかりました。お引き受けいたしましょう。」
シュラインは、純粋に神のためを考えて、そう答えた。