29 脱出
「分かりました。きっと、アクワ様を幸せにします。」
シュラインの言葉を聞いて、ルーカスは満足そうに恋人たちを見つめた。
テルラも、話が纏まり安心していた。
そんな姿を見て、同じ様に気を抜きかかった瞳は、自身を叱咤し、事態を冷静に分析する。
「そうと決まれば急いだ方がいい。『管理者たち』もすぐには動かんだろうが、急ぐに越したことはない。」
ルーカスはアクワをそっと抱きしめる。
アクワもそれに応えて、もう会うことはない父の温もりを忘れないように、ルーカスを強く抱きしめる。
その目からは涙が溢れ、零れ、ルーカスの胸元を濡らす。
ルーカスはアクワを腕から離すと、低い声でただ一言だけ言った。
「元気で。」
そして、アクワも一言告げて、新しい未来に一歩踏み出す。
「お父様も・・・・お元気で・・・・・。」
「アクワ、早く!」
テルラが白布を手にアクワを待つ。
アクワは、ルーカスの側からすっと離れ、テルラの元へと進んだ。
その頭から白布を被せ、テルラは姉の髪と服を隠すように整えた。
「気を付けてね。後の事は私に任せて。」
「テルラ・・・・。」
「大丈夫よ。心配しないで。」
テルラはにっこり笑うと、シュラインの方を向いた。
「アクワをお願い。」
「はい。」
その間、瞳は床に手を這わせ、静かに隠し通路の扉を開いた。
暗い扉の中には、長い階段が見える。
「さあ、ここから行きなさい。」
瞳の言葉に従い、まず、シュラインが階段に足を降ろし、アクワを促す。
シュラインの元へ行こうとして、アクワは途中で振り返った。
「いってきます。」
そこで訪問者を知らせるブザーが響いた。
廊下からはかなりの人の気配がする。
「気付かれたか。」
ルーカスはそれでも冷静に、
いつも自分がいるコンピューターに囲まれた場所へと戻って行く。
「早く!」
半ばテルラに押される様に、アクワはシュラインの胸に飛び込んだ。
そして、まだ二人が先へと進む前に、その扉はまた元の床へと戻った。
それをきちんと見届けたかどうか、ほとんど同時に、ルーカスの部屋のドアは開かれた。
『管理者たち』全員が部屋へと雪崩れ込んで来る。
皆一様に、険しい顔をしている。
「ルーカス様。何をなさっておいででしたか?!」
その声に、ルーカスは平然と答える。
「見ての通り、いつもの研究だが?」
『管理者たち』は、ほんの少しの変化も逃さないように、部屋の中を見回す。
誰もが、テルラと瞳の存在にすぐ気付いた。
「アクワ様を逃がしましたね、ルーカス様!!」
叫んだのはクラウデオの甥のジュッバだった。
彼は、他の『管理者たち』以上に、ルーカスたちに厳しかった。
クラウデオの影響だけではないだろう厳しさだった。
「急いで追っ手をかけなければ。貴重な『女神』だ。逃がす訳にはいかない。」
「我々も追わなくてはならんな。急ぐぞ。」
『管理者たち』は慌て、気持ちは一つに固まる。
大切な『女神』を見つけ出し、連れ戻す。
市民の為、そして、何より自分たちの為に。
アクワを追おうと部屋を出ようとする彼らに、澄んだ声が響いた。




