26 決断
いつものように変わることのない、作られた月星が空を飾る。
偽りの月光が淡い影を浮き出す部屋で、シュラインは耳を澄ませていた。
塔の一室で、あるはずのない風を探す。
自分が何故ここにいるのか、答えが知りたかったのだ。
ルーカスに呼び出され、何時間もこの部屋で待つ状態が続いている。
何かがあったのは確かだ。
流石にシュラインでも、自分の事は何一つ分からない。
ただ待つ事だけが、彼にできる事だった。
その頃、アクワの部屋にテルラが訪れていた。
「珍しいわね、こんな時間にわざわざ来るなんて。どうしたの?」
アクワはテルラを部屋の中に招きながら、そう言った。
テルラは、外に声が漏れないようにしっかりとドアを閉めると、アクワの方を向いて真剣な顔で口を開いた。
「アクワ、私に隠してることあるわよね。」
「何・・・言ってるの? 何にもないわよ?」
アクワは、少し俯きながら答えた。
「もう分かってるのよ。隠さなくていいの。お父様も知ってるわ。」
アクワは弾かれたように顔を上げた。
いつもよりも増して肌が白い。
驚きと、そして、少し困ったような顔をしていた。
そんな彼女にテルラは伝える。
「塔の外へ逃げて、アクワ。」
それは、二人の願い。
いつかきっと、自分たちを救う王子様が現れるようにと、髪に願掛けをした。
そして、その願いは現実のものとなったのだ。
ーーーーひとりだけは。
「シュラインと一緒に幸せになって。それが、私とお父様の願いよ。」
「そんなこと・・・できないわ! あなたを置いていけない。テルラを犠牲にしてまで、幸せになんてなりたくない!」
アクワの目に涙が滲む。
いつでも負い目を感じていた。
自分はいつも、大変なことばかり妹に押し付けて生きてきた。
この体がもう少し強ければ、もう少し丈夫ならば、テルラの負っていたもの全てを自分が引き受けたのに!
「犠牲じゃないよ。アクワは、生きる為に外へ行くの。私を踏みつけて行くんじゃない。私の願いを叶える為に出て行くのよ。」
「駄目・・・・駄目よ。テルラは分かってないんだわ。ただいればいいという訳ではないのよ? お母様のことだって・・・。」
「知ってる。お母様は私が助けるわ。心配しないで。」
「分かってないわ! お母様を助けるという事は、自分の命を投げ出すのと一緒なのよ!」
アクワが叫ぶ。
テルラにとってアクワが大事な様に、アクワとってもテルラは大事なのだ。
シュラインを愛していても、テルラを捨てていくことはできない。
テルラは自分の半身なのだから。
「お願いだから、無理を言わないで・・・・。ここから出てしまったら、もう、会えなくなるのよ。」
テルラは目を閉じて、小さく深呼吸をすると明るく答えた。
「いつでも会えるわ。私たちは、お母様のお腹の中にいた頃から一緒だったのよ? 同じ血が流れてるの。私はアクワで、アクワは私。これからだって、いつでも一緒よ。例え体は離れていても、心は離れないわ。」
テルラは、アクワの肩に手を置いて、そっと語りかけた。
それは、心を溶かすように優しく、ゆっくりとした囁きだった。
「ねぇ、アクワ。シュラインの先見を覚えてる? アクワは塔の外で幸せになるんだよね? 彼が好きなら、信じなくちゃ駄目だよ。一緒にいたいんでしょう?」
アクワは、もう自分ではどうにもならない所に来ているのだと悟った。
自分がシュラインに恋をしたと分かった時から、運命の輪は回り始めてしまったのだと。
そして、涙の流れる目を軽く閉じて、覚悟を決めた。
「ごめんなさい。結局、あなたに気を遣わせてしまったわね。」
「きっと初めから決まっていたことなのよ。アクワは新しい流れを生むって。・・急ごう。ずっとシュラインを待たせてるの。」
テルラはアクワの手を取ると、様子を窺いながら部屋の外へと進んだ。




