1 双児の女神
「待って!お待ちください・・・!・・・・テルラ様・・・・!」
慌ただしく教育係のエナマが廊下を行く。
その先には、延々と続く廊下があるのみ。
またやられた、とエナマは思った。
いつものことだ。
勉強の時間になると、女神テルラはどこかに逃げてしまい、結局は見つからないまま一日が過ぎてしまう。
しかも、父である神はそれを容認している。
「まったくもうっ!」
怒りもあらわにそう言い捨てると、そのままエナマは大股でまっすぐ廊下を歩いて行った。
エナマが行ってしばらくすると、さっきまで彼女がいたすぐ横の扉が開き、髪が長く、透けるように肌の白い娘が顔を出した。
そして、誰もいなくなったのを確かめると、部屋の中に向かって言った。
「行ってしまったわ。もう大丈夫だと思うけど。」
「ありがとう。いつも助かるわ。エナマってば、勉強勉強ってうるさいんだもん。」
白いベッドと小さなテーブル、緑を基調にしたその部屋に、髪が長い目の大きな色白の娘がいた。
色白と言っても、先の娘のような病的なものではなく、ピンク色の頬は血色の良さを物語る。
彼女はベッドの脇の小さな椅子に腰掛けて、不満を口にした。
「仕方がないわ。お父様の後を継がなくてはならないんですもの。私がもっと丈夫なら、テルラにそんな思いさせないで済んだのだけど。」
「アクワが悪いんじゃないわ。私、勉強するの好きよ。ただ、もうとっくに分かってることをまたやらなくてはならないのが嫌なの。つまらないもの。エナマが教えてくれるのは、全部、昔お父様が教えてくれたものばかりなのよ。」
先の娘がアクワ、後の娘がテルラである。
二人は、先の大戦で人々の命を救い、『第二の東京』を作った『神』の娘であり、『女神』と呼ばれる者たちである。
アクワが双児の姉で、テルラはその妹。
その性格はまさに静と動。月と太陽。
「では、お父様にもそう言わなくては駄目よ。そうすれば、もっと難しいことを教えてくださる先生に変えてもらえるでしょう?」
アクワはそう言ったが、テルラにはこれ以上覚えたいことが何もなかった。
必要なことはもう全部頭の中にある。
知りたいと願うのはただ一つ、母の所在だけだった。
それも父に尋ねればいいことであって、他人に問うものではない。
「先生自体がいらないの。一人でも勉強はできるもの。違う?アクワ。」
テルラがそう答えると、アクワはちょっと眉を下げ、軽く微笑んだ。
「困った子ね。そうもいかないでしょう?お父様の立場も考えなさい。周りから言われるのは、お父様よ。」
「管理者たちね? このくらいのわがまま、許して欲しいわ。私たちには、自由なんてないんだから。きっと、ずっと、ここに閉じ込められたままなんだから・・・・」
二人は、それからしばらく視線を合わさなかった。
分かっていた事だけれど、口に出してしまったら、何かとても自分が情けなく感じられて、落ち着くまで床をそして窓を見ていた。
どのくらいの時間が経ったのだろう。
テルラがボソッとつぶやいた。
「昔、お父様に聞いたお話、覚えてる・・・・?」
「・・・・ええ」
「きっと、助けてくれるわよね、王子様・・・」
「ええ、きっと。だからこそ、この髪を伸ばしているのでしょう?」
いつの間にか、窓の外は偽りの夜になっていた。