15 聖なる巫女
長い階段を上がった先は広い境内だった。
木々が生い茂り、まるで別の空間のように思える。
空気も違う。
何よりも心が落ち着いた。
テルラは姉を心配しながらも、この不思議な空間で過ごせることがとても楽しく感じられた。
いつもと違う。
自由に歩き回れる。
それも、造られたものではなく、土の上を樹々に囲まれて。
アクワを休ませ、別室に通されたテルラ達は、そこでやっとシュラインの母親と話をすることができた。
「着いた早々お騒がせして申し訳ありませんでした。聖なる巫女殿。」
「その呼び名は好きではありませんわ。わたくしは自分の思うがままに、自分の神を信じているだけですもの。気付いたらわたくしだけしか残っていなかっただけです。」
シュラインは気が気ではなかった。
母は自分以上に神の存在を否定していた。
神は姿を現さず、心の内で感ずるもの。
それが口癖だった。
ルーカスの機嫌を損ねなければいいが、と彼は思っていた。
「私もあまり良い呼び名とは思いませんがね。ですが、巫女殿。あなたの名前を私は知らない。」
「あら。そうですね、それではあの呼び名しか出ませんわね。」
シュラインの母は、軽く笑うとこう続けた。
「わたくしは、プレア=フォレスタと申します。シュラインの母でございます。」
「嘘ぉ・・・・」
思わずテルラがつぶやいた。
目の前にいる若い女が母親などと到底思えない。
それほどに若く見えるのだ。
「嘘をついてどうなりましょう、姫様。」
「姫って・・・・私?」
「えぇ。わたくし、目の前のこの方が神とは思いませんけれど、統率者としては尊敬しておりますの。息子もお仕えしておりますし。わたくしにとっては、この国の王ですわ。ですから、その娘であるあなたは姫様です。」
テルラは少し驚いたようで、刹那、言葉が出なかったが、すぐに零れんばかりの笑顔を振りまいた。
「それって、私たちのこと、普通の人だと思ってくれてるってことよね? 嬉しいわ。そう呼ばれた方がずっと嬉しい。」
プレア=フォレスタは微笑むと、テルラにこう勧めた。
「外をご覧になっていらしたら如何ですか。ルーカス様方とのお話、少し長くなりましょうから。シュライン、案内して差し上げて。」
思ったより平気そうな母の様子を見届けて、シュラインは立ち上がった。
テルラもすっと立ち上がり、
「いってきます。」
と一言告げてから部屋を出た。
残されたのは終始無言だった瞳と、ルーカス、そしてプレア=フォレストだった。
「どこから話してもらおうかな、祀ちゃん?」
ルーカスが意地悪そうな笑みを浮かべて言った。
しばしの沈黙の後、プレア=フォレスタはつぶやいた。
「なんだ、分かってたの。相変わらずね、聖くん。」
瞬きをひとつしただけで、彼女の顔は少女に戻っていた。




