10 シュラインの先見
機械だけがある広い部屋に、ルーカスの笑い声が響いた。
「そうかそうか、そうやって会ったか! 紹介する手間が省けたな。」
「笑い事じゃないわ、お父様。私たち、この人がどういう人か、詳しく聞いてないもの。」
「ははっ、テルラには敵わないな。シュライン、君も自己紹介をしなかったのかい?」
楽しそうに笑うルーカスに、シュラインは答えた。
「お二人の名前をお聞きしまして、ルーカス様が私をお呼びになった理由がわかりましたので。やはり、ルーカス様の前で身分を明かした方がよろしいかと思った次第です。」
「それは賢明だな。」
「は?」
不意にルーカスの顔が険しくなる。
先程までの笑みは既になく、急に年老いたようだ。
「シュライン、こちらへ。君の自己紹介を娘たちにしてくれ。」
怪訝に思いながらも、シュラインは前に出て話し始めた。
「私は先見のシュラインと申します。ルーカス様のお側に寄らせていただけることとなりました。この先もお会いする機会が多いかと存じます。その時は、どうぞよろしくお願い致します。」
空気が冷たくなった。
刺すような冷たい瞳がこちらを見ている。
シュラインは微かな風を感じた。
それは何かを伝えようとしている。
「お父様、私、気分が悪いので失礼しますわ。行こう、アクワ。」
テルラはアクワにそう促すと、ドアに向かった。
妹の言葉に従い、アクワがそっと立ち上がった時、ルーカスの口が開いた。
「待ちなさい。」
二人の動きが止まる。
「まだ話は終わっていないよ。人の話は最後まで聞きなさい。」
しばらくの沈黙の後、テルラは再びルーカスの方を向いた。
それを見てから、アクワはまた楽な姿勢を取る。
二人の行動は、親に言われて仕方なしにそうしたのが見て取れるものだった。
シュラインは何が起こったのかもわからず、どうすることもできないので、そのまま二人を見つめ、そして、ルーカスを見つめた。
「先見をしてくれないか、シュライン?」
突然、ルーカスが言い出した。
「え、あ、はい。えーっと、何を見ましょう?」
「そうだね、私の娘を・・・」
「やめて!!」
テルラが遮った。
きつくルーカスを睨み、アクワの前で庇うように立っている。
「何度やれば気が済むの? 何度アクワを傷つければ気が済むのよ。今まで全部、結果は同じだったでしょう? 変わるわけないじゃない! どうして放っておいてくれないの? いい加減にしてよ!」
そんな娘の姿を見て、ルーカスはひとつ溜息をついた。
それは深く、長かった。
そして、言葉を続けた。
「決めつけていては何も変わらない。未来というものは何通りもある。今諦めてしまったら、そのまま確定してしまうんだぞ。少しの可能性にでも賭けているんだよ、私は。」
シュラインはどうすべきか迷った。
恐らく今まで、変わることのない残酷な未来を告げられてきたのだろう。
『先見』だと知った瞬間の、あの冷たい目はそこからきていたのだ。
自分の見る未来はどのようなものか。
果たして、見てしまって良いものなのだろうか。
「シュライン、さぁ、始めてくれ。」
「・・・・・・・はい・・・・」
シュラインは心を決めた。
嫌な気はしない。
風が告げてくれた。
それは、決して嫌なものではなかった。
ルーカスと同じように賭けてみることにしたのだ。
心を落ち着けて神経を集中する。
あらゆる音を排除して、すべての感覚を一点に集める。
閉じた瞳に、映像が結ばれる。
尚も心を落ち着ける。
そしてーー。
「心配はいりません。アクワ様は幸せになられます。相手はわかりませんが、ご結婚なさいます。それに・・・・? 待ってください、これは・・・・外です。塔の外です。あぁ、アクワ様は身籠っておいでです・・・・。何年先かはわかりませんが、確かに成長なさっています。何も心配はいりません。アクワ様は、
幸せになられるでしょう。」
見えたものだけを伝えると、シュラインは目を開いた。
不思議だった。
これまでしてきた先見の中で、一番鮮明で、一番不鮮明であった。
結婚する相手が映らない。
これだけ鮮明な映像なら、映るはずであるのに。
「いまのは、本当かね? 本当にアクワは結婚を? しかも、塔を出て暮らすというのかい?」
いつの間にか立ち上がっていたルーカスの頬は紅潮している。
目を見開き、シュラインをただ見つめている。
テルラもアクワも、同じようにシュラインを見つめていた。
「アクワ様は、塔の外で幸せにおなりになるでしょう。これは、ほぼ確定された未来だと思います。ただ・・・・」
「何だね?」
「 あ、いえ、たいしたことではないのですが、お相手が映らないのがちょっと・・・・・。」
「そのようなこと構うものか。相手が先にわかっては楽しみも半減する。アクワが幸せになるのさえわかれば、それだけで構わない。」
ルーカスは安心したようで、ゆっくり腰を下ろした。
その右手は彼の顔を覆っていた。
「約束できるのね? 今言ったこと、嘘じゃないって。」
テルラは何ともいえない顔をしていた。
シュラインの先見を聞いて嬉しかったが、今までの記憶が素直になることを拒んでいた。
「絶対とは言い切れません。先程ルーカス様が仰ったように、未来とはいくつもあるものです。いくつもの可能性の集合体が未来です。その中で、一番手にする確率の高い『可能性』を垣間見ること、それが先見の力なのですよ。」
「では、心がけ次第で、未来が変わることも決まることもある、というわけですね?」
じっと聞いていたアクワが問いかけた。
それにシュラインは答えた。
「そういう場合もあります。でも、大半は環境の変化でしょう。それは出来事であったり人物であったり、その時によって『鍵』は違います。」
風がそよいだ。
だが、シュラインは風が伝える意味はわからなかった。
そして、同じ風をルーカスとアクワが感じていたことにも気付かなかった。
その後、ルーカスは娘たちを下がらせた。
それは二人がまだ、気持ちをすぐには落ち着かせられなかったためでもあるが、何よりもルーカスの中で新たな疑問が浮かんだからであった。




