第28話 「ヴァンパイアの城」
援軍に現れた正規兵達が村内の宿泊施設を優先的に使うことになり、傭兵達は外で天幕を張り、その中で毛布を被って夜を明かすということになったが、この冷遇にレイチェルも傭兵達も誰も文句を言うことは無かった。
援軍はまさに神が現れたかのように、窮地に陥った傭兵達には思えたのだ。援軍が運んできた兵糧で、お腹も潤ってきている。それに傭兵達は本業は冒険者だ。冷えはするが土の上に寝ることは慣れていた。無論、敷物は敷いてある。
「レイチェル!」
呆然と雪原を眺めていると、そう声を上げて勢いよく抱き締めてくれたのは紛れもなくライラだった。
「ライラさん!? どうしてここに!?」
レイチェルは驚き尋ねた。するとライラは答えた。
「バルケルの兵の指揮官として派遣されたのだ。エルド殿と共にな」
「エルド様もいらっしゃるのですか?」
「ああ。今は傭兵大隊長のバルバトス殿と話に行っているが」
「ライラ副司令、将軍から集まるように言付かって参りました!」
兵士が目の前に現れ、片膝をつくとそう述べた。
「わかった、すぐ行く。それではな、レイチェル」
ライラは村の中へと消えて行った。そしてレイチェルは少しだけ寂しさを覚えた。もうライラは冒険者じゃなくて軍人なんだと、そう実感したのだった。
懐かしい顔ぶれは他にも幾つかあった。遠目だが、サグデンの兵達に指示を飛ばす、ドワーフのアディー・バルトンの姿があった。そして冒険者のアディオス・ルガーもここに来ていた。両方とも他の誰かと話し込んでいたので声は掛けられなかった。
それから翌日になってようやく全体の様子が呑み込めるようになった。
中央から来た将軍が総司令となり、アビオンの軍勢以外の全軍を率いてヴァンパイアロードの城を攻めるというのだ。その数十二万。確かにリゴ村の宿泊施設に入れず、傭兵達と並んで天幕で過ごす兵士達の姿も星の数ほどあった。予想を超えるほどの大軍であることに、王国側の本気の思いを窺い知ることができた。
ヴァンパイアロードは人間の敵だ。仲良くすることなんてできはしない。しかし、そのために数え切れ無いほどの命が失われるだろう。それ以上、レイチェルは考えるのを止めた。神の御心に土足で踏み入るような真似は慎まなければならない。たださえ、神のお怒りを受けているのだから――。
武器の支給があり、レイチェルは聖水とトネリコの木でできた槍を貰った。神聖魔術が使えない今、ヴァンパイアや、アンデットに通じる武器はこれしかない。
そして進軍が開始された。バルケルの軍を先頭にし、他の領主の軍勢が続いている。中軍には王国から来た総司令の将軍が、そして後詰めから少し距離を置いて、最後尾には傭兵、いや冒険者達が並んだ。主な戦は兵士達が行い、冒険者達は内部へ突入し、ヴァンパイアロードの首を取るのだ。
以前、少数に組を作るよう言われていたが、そのため気心の知れた同士が隣り合っている。レイチェルの周りにもティアイエル、サンダー、ヴァルクライム、リルフィス、ガガンビがいた。
光と闇を隔てる樹海に踏み入ってからすぐに敵と戦闘が行われた。敵は埋伏していたが、それをこちらが看破し、軍勢を打ち破った。敵勢はそれでも伏せていたが、勢いに乗ったこちら側は破竹の勢いで進撃していった。
そうして三日後、ついにヴァンパイアの牙城へと到達したのであった。
二
屋根に城壁に軍旗がはためくのが見える。ヴァンパイアの城は大きかった。だがその軍勢は前回の戦での痛手からか、思っていたよりも小規模に展開していた。かといって、オークは人間の兵よりも強靭で、ダークエルフの弓兵は重い長弓をほぼ正確に放つ腕前を持っている。敵が少数と言えどもこれで五分五分なのかもしれない。
今は午後の日差しが戦場を照らしている。闇の者達が本来寝静まっている時間帯だ。それに視界こそ利くが陽光はあまり得意でないと漏れ出る噂で耳にした。
将軍が兵を展開する。
「ヴァンパイアが出てくる前に敵を掃討する! 攻撃を開始せよ!」
その声を合図に矢が飛び交う。鬨の声が木霊する。地鳴りがし、騎兵が突貫する。土煙の中を歩兵がその後に続く。大隊長バルバトスに率いられた冒険者の軍勢、およそ四千も後に続いたが、大きく戦場を迂回した。
伝令が来て伝えた。
「城門が開かれております。速やかに突入せよと将軍の御命令です!」
信じられないことだった。自らの城に敵兵を呼び込もうなどと、ヴァンパイアロードは捨て鉢にでもなっているのだろうか。
「誘っているのだな。しかし、行くしかあるまい。そのための我ら冒険者なのだ」
大隊長バルバトスはそう言うと、冒険者達を振り返った。
「我らはこれより敵の城に突入する! ヴァンパイアについての知識は、皆がよく知っているだろう。そのヴァンパイア達が待ち構えているはずだ! 各々、その歯牙に掛からぬよう幸運を祈る! では行くぞ!」
冒険者達が声を上げる。そして駆けた。分厚い石の城壁に沿って駆けてゆく。そして冒険者達は開け放たれた門を潜った。
中は静まり返っていた。それもそのはず、晴天だからだ。陽光はヴァンパイアにとって死を意味する。
不意に背後でひとりでに両開きの扉が閉じられた。やはり罠だった。と、見る見るうちに空に黒雲が現れた。
「強烈な闇の力を感じる。皆、魔法力で身を包め」
そう声を上げたのはヴァルクライムだった。
ヴァルクライムはまずは魔術でレイチェルの身を保護した。それを見倣って他の魔術師達も冒険者達に保護の魔術をかける。
バルバトスは抜かりなく、ここで普通の武器を帯びている者には神官の聖なる魔術で浄化の白い光りを付加させた。レイチェルは背負っている矢筒に持参してきた聖水を流し込み、漬け込んだ。これでヴァンパイアにもアンデットにも通用するはずだ。
準備は整った。
そうして黒雲が完全に空を閉ざした時、周囲は黒い紫色の幕で閉ざされてしまったのであった。
「神官、聖なる魔術で道を開いてくれ」
バルバトスの声が言い、どこかで神官が神聖魔術の旋律を口にするのが聴こえた。すると、白い光が幾つも走り、正面の暗黒色の霧を晴らしたのだった。
「良し、皆ついてこい!」
バルバトスが言い先頭で駆けて行く。静まった闇の城下町に冒険者の軍勢の足跡だけが響いていた。そうしてその足が止まった。
城の入り口に幾重にも待ち受ける影があった。
「血の晩餐の会場へ、ようこそ」
敵方の中から一人の人物が進み出て来た。鎧は着ていない。いや、通常の剣で傷をつけられないヴァンパイアの身体には鎧は不要なのだ。誰もが黒い燕尾服を着ているだけだった。
「まさか、本当に飛び込んでくるとは思わなかった」
赤い目を光らせ、口の端からは牙が覗いている。間違いなくヴァンパイアだった。
「我々の目的はヴァンパイアロードの首一つだ。雑魚に用はない」
バルバトスが冷たい声で返答すると、相手は笑い声を上げた。
「雑魚かどうかさっそく試してみると良いでしょう」
相手の爪が伸びた。左右に並んでいるヴァンパイア達も同様に爪を伸ばした。
すると今まで気配の無かった町の左右後方に闇の中から無数の赤い目が輝くのを見付けた。
そしてヴァンパイア達が一斉に躍り掛かってきた。




