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冒険者レイチェル -全ての始まりの章-  作者: Lance
第二幕 「光と闇の戦い」
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第25話 「集結」 (後編)

「人間の服なんか着やがって生意気な!」

「敵の忍びかもしれんぞ!」

 傭兵達が声を上げこちらを取り囲む。レイチェルはどうすれば良いのかわからなかったが、ゴブリンの前に出て両腕を広げて仁王立ちした。

「違うんです! このゴブリンさんは違うんです!」

 レイチェルがそう声を上げるが、傭兵達の殺気は増すばかりだった。

 サンダーとリルフィスもレイチェルに続いてガガンビを庇おうとする姿勢を見せた。

「そうか、お前達が手引きしたんだな!?」

 傭兵の一人がそう決めつけ、ついに剣が鞘から、槍の覆いが取られようとしたときだった。

「ヴァルクライムと、ガガンビとはお前達のことか!?」

 この高慢で冷徹な響きを放つ声は、聞き覚えがあった。

 その場にいた全員が声の主を振り返る。

 レイチェルは初めて近くでその人物を見ることができた。軍服を着てその上に薄手の黒い外套を羽織っている。生真面目そうな顔をした若い男だったが、その髪型が印象的だった。金髪が絵筆のように膨らみ突き立っているのだ。

「いかにも、ヴァルクライムと、こちらがガガンビだ」

 ヴァルクライムが答えると、絵筆頭は頷き言った。

「ならば、お前達の配属先を言い渡す! ヴァルクライムは村内防衛部隊に、ガガンビもまた同じ配属とする! 以上だ!」

 そうして去って行く絵筆頭の背に傭兵達が困惑気味に呼び掛けた。

「ちょっと待ってくれ! こいつはゴブリンだぞ!?」

 周りの傭兵も同調する。絵筆頭は振り返って言った。

「そのゴブリンは傭兵に志願した。つまり我々と、お前達と共に戦い死ぬ覚悟があるという証だ。使える駒は全て国のために使う。それが私の方針だ」

 絵筆頭は去って行った。

 傭兵達が剣の柄から、槍の覆いから手を放した。

「ちっ、ゴブリン程度が」

「命拾いしたなゴブリン。だが、戦場ではせいぜい背後に気を付けるんだな。普段の勢いで間違えて斬っちまうかもしれねぇぜ」

 各々捨て台詞を残して傭兵達は去って行った。

 レイチェル達は構えを解いた。と、言っても身構えていたのはレイチェルと、サンダー、リルフィスだけだった。

「ベーだ!」

 リルフィスが傭兵達に向かって舌を出してそう言った。

「でもさ、これが俺達の新しいパーティーなんだね」

 サンダーが言い、レイチェルは顔触れを見渡す。自分にティアイエル、サンダー、ヴァルクライム、リルフィス、そしてガガンビ。新パーティーの結成だ。

 その日の夜は赤竜亭で大いに盛り上がった。客の傭兵は不機嫌そうにゴブリンを見たが、赤竜亭の主は違った。

「我々人間のために力を貸してくれるとは何とも感激する話です。今日はこっそり隠していた七面鳥をガガンビ殿にために奮発しましょう」

 馴染みのウェイトレスも最初はガガンビに恐々、興味津々の様子だったが、レイチェル達と共に飲み食いする姿を見て普段通り快活に振る舞う様になった。

 ガガンビは、運ばれてくる食事という食事に首を傾げ、教えを乞い、そして「美味い」と言うのだった。

「この肉は他の味がする」

 ガガンビが言うとヴァルクライムが答えた。

「それは塩の味と香辛料の風味だろうな」

 ガガンビは首を傾げた。するとヴァルクライムがゴブリン語と思われる言葉で話した。

 ホブゴブリンは感心したように喉を唸らせたのだった。レイチェルはその様子を見て微笑ましく感じた。それと同時に今もゴブリンが人間の敵として仇名す存在であることに危機感を覚えた。誰かがお互いの仲を取り付けたい。そのためにはゴブリンの言葉を学ばねばならない。そしてゴブリンの気質を知ることも重要だと感じた。彼女は心を決めて切り出した。

「ガガンビさん、私にゴブリン語を教えて頂けないでしょうか?」

 その言葉を受け、ゴブリンは首を傾げた。するとヴァルクライムがゴブリン語で言うと、ガガンビは頷いた。そしてゴブリン語で何やら言った。ヴァルクライムが訳した。

「良いそうだ。だが、それとは逆に自分にも人間の言葉を教えて欲しいと彼は言っている」

 レイチェルは感激した。

「それは勿論ですよ。私でできるところまでお教えいたします」

 すると他にも声が上がった。

「俺も教わりたいな」

「リールにも教えて!」

 サンダーとリルフィスが言い、レイチェルは嬉しくなった。そして仲間の面々を見渡す中で、一人だけこちらに別段興味を向けずに食事を進めている仲間がいた。ティアイエルだ。

「ティアイエルさんもどうですか?」

「アタシはパス。ゴブリン語なら知ってるから」

「だったらガガンビさんと一緒に私達にも教えて下さい」

「無駄だと思うわよ」

 有翼人の少女は冷たくそう言った。

「言葉が通じたところでお互いが分かり合えるなんて思えないわ。人とゴブリンは敵同士。その関係が覆りはしないわ」

「でも、こうしてガガンビさんとは仲良くなれました」

 レイチェルはおずおずと言い返すと、ティアイエルは言った。

「そいつは特別よ。そうでしょう、ヴァルクライム?」

「確かにガガンビと私は一騎討ちをした」

 魔術師が応じる。

「そしてアンタが勝った。そいつはただ打ち負かされて従属してるに過ぎないわ。極めて特殊な例よ」

 そうして席を立った。

「人間と魔物の間に和解なんて成立しない。話し合う前に殺されるのが落ちよ。馬鹿を見るだけだわ」

 ティアイエルはそう言い立ち上がった。

「先に帰るわ」

 彼女は去って行った。その背を見送る。きっとティアイエルはまだガガンビを仲間として認めていないのだろう。レイチェルは悲しくなった。ティアイエルをどうにか説得できる方法を探さなければならない。そうしなければ、真のパーティーとは言えないだろう。



 二



 翌日からレイチェルは、時間が合えばガガンビに、そうじゃなければヴァルクライムにゴブリン語を教わった。人とゴブリンの双方の通訳としてヴァルクライムはいつも同伴したが、サンダーと、リルフィスは時間が合うときじゃなければ参加できなかった。

 場所は赤竜亭を借りている。主はすっかりゴブリンのことを気に入ったようで自分達がいつまで居座っても笑顔でいてくれた。

 またレイチェルもガガンビに人間の言葉を教えた。違う種族の者に自分達の言葉を教えるのは難しかった。橋渡し役をしてくれているヴァルクライムがいなければもっともっと時間が掛かっただろう。

 そうして部屋の違うティアイエルも夕方は食事をレイチェル達と共にした。ティアイエルはゴブリンの居ることに何ら文句は言わなかったが、話し掛けたりもしなかった。両者の間を上手く取り持つことができればとレイチェルは思った。

 そうしてヴァルクライムが居ない日、夕食を馴染みの赤竜亭で済ませ、レイチェル達は外に出た。外は暗くて寒かったが、そこら中で酒を手にして酔っぱらっている傭兵達の姿が多く見受けられた。

 レイチェルは嫌な予感がした。酔っ払いがガガンビにちょっかいをかけてくるかもしれない。早く去った方が良いが、そういうわけならガガンビ一人だけを部屋まで行かせるわけにもいかなかった。いつもなら同室のヴァルクライムがいるが、今日はそうではない。酔っ払い達を刺激しない様に行くべきだと考えていると、運悪く軒下に座り込んで語り合っていた三人の酔っ払いがこちらの姿を目敏く見つけて歩んできた。

 レイチェルは身構えた。

 酔っ払いは言った。

「見ろよ、あいつ羽が生えてる。鳥みてぇじゃねぇか」

 ちょっかいをかけられたのはゴブリンでなく、有翼人の少女の方であった。対して面白くなかったが酔った傭兵達は同調し、笑い声を上げた。

 その内の一人がティアイエルに向かって手を突き出した。

 ティアイエルは、彼女には珍しく悲鳴を上げて後ずさった。傭兵の手の中には大きな芋虫が這いずっていた。

「鳥なら好物だろう? 食って見せてくれよ。御馳走するぜ」

 傭兵が尚も芋虫を突き付けると、ティアイエルは尻餅をついて後ずさった。その目には嫌悪と恐れが入り乱れているようだった。

 傭兵達が笑い声を上げた。

 ティアイエルは虫が苦手なのだ。レイチェルはそれを思い出した。そして嫌がらせをする傭兵に腹を立てたが、彼女よりも早く反応した者がいた。傭兵の手を打ち払い、ゴブリンは言った。

「俺の仲間に手を出すな」

 ゴブリンは人の言葉でそう言った。

「何だと、この魔物が」

 酔っ払い達が怒り出す。

「俺の仲間を侮辱する奴は殺す」

 ガガンビが言うと、彼は腰に提げている鞘から剣を抜き放った。

 傭兵達が後ずさる。

「野郎、上等じゃねぇか。俺らが討伐してやるよ!」

 酔った勢いのためか傭兵達も武器を抜き放った。

 不味い状況だ。三対一というのもあるが、村内で手入れ以外では剣は抜いてはいけないのだ。おまけに争い事も御法度だ。こんなところを治安警備兵にでも見つかったら、ガガンビは罰を受けるだろう。その罰のせいでせっかく友好的だった心が閉鎖的になってしまうかもしれない。

「ガガンビ、剣をしまって!」

 サンダーが慌てて宥めたが、傭兵達が斬りかかってきた。

 ガガンビは全てを剣で受け止め弾き飛ばした。

「野郎! ぶっ殺してやる!」

 完全に頭に血が上った傭兵達は再び斬りかかってきた。

「死ね!」

 ガガンビが言い剣を身構えた。

 その時だった。鋭い笛の音が響き渡り、治安警備兵が駆け付けて来た。

「お前達何をやっている! 村内では剣を抜き身で持ち歩くのも、争い事も禁じられているはずだ! 全員逮捕する!」

 治安警備兵が笛を吹くと増援がやってきた。辺りはすっかり賑やかになり、見物人も現れた。

「剣を渡せ!」

 治安警備兵が言った。

 だが、ガガンビには言葉が通じていないようだった。レイチェルが必死に動作で剣をしまう様に訴えたが駄目だった。

「そのゴブリンがケンカを吹っかけてきたんだ!」

 酔っ払いの傭兵が言った。

「嘘つくな! お前達がティアイエルの姉ちゃんに手出ししてきたんだろうが!」

 サンダーが怒りの声を上げる。

「そうだもん! リールしっかり見てたもん!」

 リルフィスも頬を膨らませて抗議した。

「双方とも剣をしまえ!」

 治安警備兵がもう一度言ったとき、ティアイエルが起き上がり、ゴブリンの肩に手を置いた。そしてゴブリン語でおそらくは促した。ガガンビは頷いて剣の柄を警備兵に差し出した。

「よし」

 そう言うと警備兵は剣を受け取り、縄でガガンビの両手首を縛った。

「おいおい、元は同じ冒険者仲間だろう、俺達は見逃してくれよ?」

 酔いの冷めた傭兵達が言うと、治安警備兵は応じた。

「違反者一人を逮捕すると一人当たり銀貨が五枚入ってくる。悪いが譲れんな」

 そうして傭兵達も同じように手首を縛られる。

「彼はどういう罰を受けるの?」

 ティアイエルが警備兵に尋ねた。

「三日間、営倉に入ることになる」

「それだけなのね?」

 ティアイエルが問うと警備兵は頷いた。

 するとティアイエルはゴブリン語でガガンビに何か言い、レイチェルの予想だと安心させているのだと思うが、そう言った。

 ガガンビは頷いた。そして傭兵達と共に引き立てられていったのだった。

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