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冒険者レイチェル -全ての始まりの章-  作者: Lance
第二幕 「光と闇の戦い」
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第24話 「戦場」

 消灯となり、大部屋から最後の話し声が聴こえ終わった後も、レイチェルはバルバトスの言葉を思い出していた。

 無限の可能性か。こんなちっぽけな自分自身にそんな可能性が秘められているとは思えなかった。しかし、現実は主と仰いでいた神の不興をこうむり、神官という地位、職は剥奪されているも同じことだ。もう神官ではない。いや、我が主、キアロド様の意に沿うように動き、お許しを賜れば再び、仕える神官として許されるかもしれない。

 戦士に魔法使い、商人に職人に船乗り、その他色々な職業があるが、やっぱり神官以外の自分の姿なんて想像できない。

 レイチェルは回想した。

 子供の頃、孤立した自分を救ってくれたのは親友のアネット・ラースクリスだ。そして、高等学校へ進まず、彼女の家が営む神官になるための学校、通称、神学校に進んだ。そこで出会ったのが、獣の神キアロドだった。信仰が盛んな他の英雄神や女神達の脇役に徹し、地味で堅実だが他の神の土台や添え物となることに何ら異論を挟まず慎ましい神であると説明を受けた。レイチェルはそんな飾らない神に感銘を受け、仕えることを決意したのだった。それから神に認められ、聖なる魔術を使えるようになってからは自信に満ち溢れた楽しい時を過ごせるようになった。

 やはり、キアロド様に許しを乞い、再びお仕え出来る様になろう。他の道なんて少なくとも今の自分には思いつかない。

 レイチェルは目を閉じた。そしていつしか眠りの世界へと落ちていった。



 二



 やはり聖なる魔術は使えなかった。

 起床後、次々大部屋の仲間達が出てゆく中で、彼女は主に祈りを捧げ許しを乞うたが、まだ駄目のようだった。

 リルフィスは早くに訓練場に赴き、クラナも朝食に出かけている。レイチェルもまた食事に出かけることにした。今日は午前から演習の予定であった。

 いつも通り赤竜亭で食事を済ませる。演習まで時間はまだ余裕があった。レイチェルは弩を取りにも戻ると、心許ない矢筒の中身を見て不安になった。演習で足りなくなったら、笑いはされないだろうが、呆れられるだろう。しかしどこで矢を補充すれば良いのか分からなかった。

 とりあえず彼女はその足で、傭兵登録した受付の建物へ向かい、そこで倉庫があることを教えてもらった。

 やがて村の南東に大きな建物が三つほど並んでいるのを見つけた。

 側まで来ると倉庫番の男が尋ねてきた。

「見たところ矢の補充か?」

「はい、そうです」

 レイチェルが応じると、倉庫番は矢筒を受け取り、専用の鉄製の矢で満杯にして返してきた。

「死ぬんじゃないぞ、お嬢ちゃん」

「ありがとうございます。では」

 レイチェルは相手の言葉に胸を打たれながら頭を下げる。

 と、その時、村中にけたたましい鐘の音が響き渡った。

「敵襲か」

 倉庫番が表情を引き締めてそう言った。レイチェルは駆け出した。急いで隊列を組んで迎撃に出なければならない。

 村の入り口は開け放たれ、戦士達が外に飛び出しているところであった。

 歩兵に弓兵が入り乱れている滅茶苦茶な陣形を見て、レイチェルは所属する第一弓兵部隊の行方を捜した。

「レイチェル! こっちだ!」

 聞き覚えのある中隊長バルバトス・ノヴァーの声にレイチェルが目を向けると、その指揮の下、第一弓兵部隊は陣形を整えていた。

「私の隣にいろ」

 駆け付けるとバルバトスが言った。

「中隊長、陽が出ているときにわざわざ攻撃を仕掛けてくるなんて、少し怪しいのではないですか?」

 側の弓兵が振り返って言うとバルバトスは頷いた。

「どういうことですか?」

 レイチェルが問うとバルバトスが答えた。

「レイチェル、オークもそうだが、闇の者は夜目が利く。我々の側もドワーフやエルフなら同じだが、こちらは大部分が人間の部隊で構成されている。戦場の見渡せない夜は不利なのだ。ならば、敵は夜襲を狙ってくるのが道理なのだ。これまでも多くは夜襲だった」

 周囲で中隊長、小隊長達の声が響き渡り、陣形が整えられてゆく。気が付けば第一弓兵部隊は頭一つ分突出していた。その脇を歩兵中隊が挟み、弩ではなく弓の部隊がその後ろを固めた。

「情報が入ってきませんね」

 弓兵の一人が言った。

「そうだな。敵も敵で内情を抱えている。そう多くの兵は割けぬと思うが……」

「内情?」

 レイチェルが問うと、バルバトスは頷いた。

「群雄割拠の戦国時代を知っているか? 今でこそ王国の下、一つに統治されているが、かつて我々の側でもそんな時代があったように、闇の勢力は今もまだ互いに領土と尊厳を懸けて互いに戦いを繰り広げているのだ。無論、我々と対峙しているヴァンパイアロードもそうだ。我々だけに夢中になってはいられないというわけだ」

 程なくして鬨の声と地鳴りを木霊させ、敵の軍勢が姿を現した。敵勢は一心不乱にこちらに殺到してきている。レイチェルは幾ばくか緊張を覚えたが、多くの仲間に囲まれているためか、思っていたほど動揺はしなかった。いや、殺戮の繰り広げられる阿鼻叫喚の場所だという実感がないのだ。だが間も無く実感するだろうとは思っていた。

「斉射するぞ! バルバトス隊、構え!」

 バルバトスの声が響く。

 レイチェルは構えた。三段に分かれたうちの最後尾に彼女はいた。

 敵の姿がより鮮明になってくる。予想はしていたがオークの軍勢だった。

「放て!」

 中隊長バルバトスの声のもと、レイチェルも引き金を絞った。

 矢の嵐が敵の前衛に真っ直ぐ飛んでゆき倒してゆく。

 レイチェルは慌てて第二射の準備をした。その間にも戦場は動いていた。後方の弓兵部隊から矢の雨が敵勢へ降り注ぎ、左右を挟んでいた歩兵隊が鬨の声を上げ動き出した。

「いくらオークが強敵とはいえ、少ないな……」

 バルバトスがそう言葉を漏らした。レイチェルには戦場を見渡しても、敵の軍勢が多いのか少ないのかよくはわからなかった。

 人間とオークが激しくぶつかり合ってゆく。怒声が罵声が、悲鳴が、様々な声の中に矢が入り乱れ、いつの間にか後衛となった第一弓兵部隊はその様を見ているだけだった。

 そのうち戦況が動いた。我が方が明らかに押している。そして大きく我が方が動いた。後に残されたのは敵味方の亡骸や負傷兵達だった。死屍累々の有様、至る所にある真っ赤な血の溜まりを見て、レイチェルはようやくここが恐ろしい戦場だと自覚できた。

 伝令が駆け付けてきた。

「敵は退いて行きます! バルバトス隊も村の守備から離れ、追撃に加わるようにとクエルポ大隊長からの命令です!」

 するとバルバトスは言った。

「追うなとクエルポに伝えろ!」

「は?」

 伝令の傭兵が首をかしげる。

「そう伝えろ、行け!」

「あ、は、はい!」

 伝令が駆けて行く。

「バルバトス隊、行くぞ!」

 先を行く味方に遅れて中隊は動いた。

「この先は大陸を分断する大樹海、森しかない! 奴らは小勢だった。小勢でも我が歩兵大隊の相手は務まるだろうが、そうじゃない。これは誘いの手だ」

「どういうことですか?」

 駆けながら、ついレイチェルは尋ねてしまっていた。バルバトスは応じた。

「自らを追い込むことによって兵達を奮戦させ、一見、罠が無いような戦いぶりを見せつける。意気が上がったこちらも敗走した敵兵を止めを刺さんとひたすら追う。しかし、その先の森に敵の兵が伏せているのだ。何と言う名かは忘れたが、戦国時代に我々人間達も使用した計略の一つだ」

「計略?」

「そうだ。闇の勢力は未だに戦国の世だからな、我々とは違い計略に明るいのだろう」

 どれほど前進しただろうか森が見えてきた。

「バルバトス!」

 一人の戦士が駆けてきた。

「ジュベルト・アテジクト!」

 戦士は長弓を背負っていた。

「どうも敵の引き際が妙な気がした。命令に背くが、兵の命を預かってもいる。私達はこのまま隊を進ませていいものだろうか?」

 その時、森の中から一際大きな歓声が木霊した。そのドラゴンの様なオークの重ね合わさった咆哮はレイチェルの度肝を抜き戦慄させた。バルバトスの言う通り敵が待ち伏せていたのだ。

「こうなっては勝ち目はあるまい。もともと敵勢力を上回るほどの兵力では無いのだからな」

 バルバトスはそう言うと、レイチェル達の前で、クエルポ大隊長に退却を進言する伝令を飛ばした。そして中隊を振り返った。

「我々は味方の退却を援護する!」

 バルバトスが言った。

「よし、我々も付き合うぞ!」

 ジュベルトはそう言うと一旦離れ、自らの率いてきた弓兵隊を引き連れてきた。

「ジュベルト、退却しつつ三段構えで行くぞ」

 二つの弓兵隊が並び、三列を作り、森の先へと矢先を向けて静止している。

 程なくして散り散りになりながらこちら側の兵隊達が姿を見せた。森の中からも退却の声がそこら中から聞こえてきた。

 そして続々と兵達が飛び出して来る。バルバトスは、彼らに速やかに村まで逃れる様に指示を出した。

 どれぐらいの兵達が逃れて来ただろうか。緊張の中、ついに今度はオーク達が姿を見せた。

「撃て!」

 バルバトスが叫び、一列目の矢が飛来する。

 だが、オーク達は尚も飛び出してくるため、三段撃ちは後退せぬまま行われた。レイチェルも矢を放った。狙いを定めている余裕は彼女の心に残されては無かった。ひたすら矢を放ち、伏せてハンドルを回し、バルバトスの声と共に身を起こし、引き金を絞った。

「よし、全速後退だ!」

 一旦敵の勢いが弱まると弓兵隊は速やかに下がる。そこで停止を命ぜられ、振り返るとオーク達が殺到してきていた。バルバトスが再び三段構えを指示する。レイチェルも夢中になって矢を放った。しかし、矢筒に回す手にはもう数本の矢の感触しか残ってはいなかった。それでもオークは続々と姿を現す。レイチェルは絶望した。腰には銀のナイフがあるだけだ。

 すると背後から突然鬨の声が上がった。振り返ると、歩兵の大部隊がこちらを目指してきていた。先頭には紫色の外套に身を包んだ者がいる。

「クエルポ!」

 バルバトスが表情を綻ばせた。

 紫色の外套の人物はバルバトスと同じく長身で肩幅が広く首も四肢も太かった。浅黒い肌で髭は無いが威厳ある人物だった。どうやら退却した兵隊を再び集結して駆け付けて来たらしい。レイチェルは偏見でクエルポが無能な人物だと思っていたが、こちらを見捨てずに来てくれた姿からすぐにその偏見を打ち消した。

 クエルポは特大の刃の付いた大斧を担いでいた。

「弓兵どもは退け! 邪魔だ!」

 残念なことにクエルポの声は粗暴なものだった。

 バルバトスが部隊に退くように命じる。それと入れ替わって膨れ上がった歩兵部隊が前進し敵を迎え撃った。

 程なくしてオーク達の追撃は無くなった。

 勝ったのか負けたのか、わからない戦だった。ただ、背中は冷や汗でベタベタになり、自らの心臓の鼓動が早鐘打つその余韻だけを感じていた。夢中になって動かしていた身体の痛みなど、今は、はるか遠くから聴こえる波の音に等しかった。

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