第23話 「道」
新たな所属先、第一弓兵部隊は、村の外で演習中であった。
誰もが弓ではなく弩を持っている。入れ替わり立ち代わり、列の前に進み出て矢を放っていた。列は横並びに三段構えであった。前列が弩を放つ間、後ろの二列は素早く弩を放つ準備をしている。
その光景と機敏さに圧倒され、あの中で自分が上手くやっていけるのか不安に思っていると不意に声を掛けられた。
「レイチェルではないか」
声の主は昨日会ったバルバトス・ノヴァーだった。彼の手には弩が握られていた。その姿がどうにも滑稽に思えた。そして落札した名剣ネセルティーは相手の腰に静かに提げられていた。
「バルバトスさん、弓兵部隊だったのですか?」
レイチェルが思わず驚いて問うと相手は声を上げて笑った。
「そうなんだ。私は弓兵部隊の所属だ。腰に立派な剣は帯びているがな。宝の持ち腐れだと思うだろう?」
そして優し気な微笑みを向けた。
「それでレイチェル、その手に握っている物を見ると、お前はこれからこの第一弓兵中隊に所属するということらしいな」
レイチェルは頷いた。
「そう言われました。でも、私で役に立てるかどうか」
「まぁ、まずは見て行くが良いさ。そうしてから列に加わってもらおう」
「はい」
レイチェルが返事をするとバルバトスは隊列の中へ戻って行った。
「斉射!」
バルバトスの声が聴こえると、今までは互い違いに矢を放っていた列から、一斉に矢が真っ直ぐ飛んで行った。
レイチェルは今の言葉を胸に刻み付け、早くこの新たな部隊に馴染もうと目を見開き耳を澄ませ、命令が飛ぶ度、その言葉を反芻させた。そしてバルバトスがここの中隊長であることに気付いたのだった。
しかし疑問だ。バルバトス・ノヴァーが伊達のために大枚を叩いて名剣を手に入れたとは思えない。本来なら戦士の隊に所属していてもおかしくはない。そんなことを考えていると、後列にいたバルバトスが振り返った。
「よし、レイチェル入ってみろ。矢はあるな?」
レイチェルは後列の片端に飛び込んだ。隣では知らない男の傭兵が懸命に弩のハンドルを回している。レイチェルも慌ててそれに倣った。そして最前列が散り、自分達の後ろになる。レイチェルはどうにか弩の弦を最大限に広げ鉄の矢を番えることができた。
そして前列がバルバトスの声の下、矢を放ち、左右に散って後ろに回って行く。ついにレイチェルは最前列に出た。
「構え!」
バルバトスの声がし、レイチェルは弩を構えた。
「撃て!」
そして引き金を絞った。矢が飛んでゆく。それに見惚れていると、後方から押された。
壮年の男の傭兵が言った。
「おい邪魔だぞ!」
「すみません!」
レイチェルは慌てて後列へと駆けて行った。
演習は夕暮れまで行われていた。途中、矢を回収しながら休息も挟んだ。
「皆、ご苦労だったな! 明日は戦士隊が演習をするため、我々は休みとする!」
すると傭兵達が歓喜した。
「まぁ、ゆっくり過ごすも良し、訓練場に籠るのも良し、好きに過ごしてくれ。では解散!」
バルバトスが告げると傭兵達は引き上げ始めた。降ろされた跳ね橋の上を行くその背を見送っているとバルバトスが声を掛けてきた。
「レイチェル、こんな感じが第一弓兵部隊の演習内容だ。きつかったか?」
「はい……」
レイチェルは正直に頷いた。数え切れないほどハンドルを回したせいで腕が痛かった。それに列が進むのが思いのほか早かったため、焦って全力でハンドルを回していた。そして出番が済めば最後尾まで素早く走って戻る。腕もそうだが、身体中疲労困憊であった。
「だが、一生懸命馴染もうと努力していたな。その姿勢は素晴らしいぞ。さあ、部屋へ引き上げて風呂に入って大いに夕食を詰め込んでくるが良い」
「はい。では失礼します」
レイチェルはバルバトスにそう言うと、棒のように成り果てた足に鞭を打って宿舎へ引き上げ始めた。
二
大部屋へ戻ると、リルフィスとクラナがいた。二人はこちらへ向かって手を振った。
「今日は随分疲れてるみたいね。弩なんて持って何かあったの?」
クラナが尋ねて来たので、レイチェルは配属が変わったことを伝えた。聖なる魔術が使えなくなったことだけはまだリルフィスにも黙っていた。
「この前の戦で当然傭兵も減ったからね、臨時に神官側から補充されるのも分からなくもないけど、大変ね」
クラナが言った。
「でも、バルバトスさんの隊ですから少しは安心できます」
レイチェルが言うとクラナが応じた。
「バルバトスね。彼が戦士隊にいないわけはね、大隊長のクエルポがその腕を妬んで左遷したからって話よ」
ふと、その目が大部屋の入り口の方へ向けられ、彼女は手を振った。戦士風の男が一人立っていた。
「じゃあね、二人とも。お姉さんはお迎えが来たからちょっと出てくるから」
クラナは男と共に消えて行った。
「今のクラナちゃんの彼氏さんだよ。セロさんって言うんだよ。でも弓はへたっぴちゃんなんだよ」
リルフィスが言った。
「そうなんだ」
レイチェルは特に興味もなく応じた。随分疲労していると感じた。早くお風呂に入ってトマトジュースが飲みたい。彼女はとにかく泥の様に眠りたかった。
三
翌朝、レイチェルはどう過ごそうか悩んでいた。
バルバトスの声がよみがえる。ゆっくり過ごすも良し、訓練場に籠るのも良し。か。
大部屋には他に人はいなかった。みんな、演習や自主的に訓練に出ているのかもしれない。レイチェルもまた弩を担ぎ上げて、弓道場へと足を進めた。
治安維持の巡回の傭兵達とすれ違い、弓道場へ到着する。建物は屋根が無く広かった。
道場は混んでいた。昨日の演習で見知った顔も幾つか見受けられた。
列は二十ほどあったが、ある一つだけ凄い行列だった。そこに壮年の傭兵達が破顔して話していた。
「いやぁ、萌えるよな」
「ああ、やっぱりリルフィスちゃんは良いな。俺達のアイドルだよ」
レイチェルは空き気味の隣の列に並んで、傭兵達の会話に耳を傾けた。どうやらリルフィスに対して決してよこしまな感情を抱いてるわけではないとうことが分かり、彼女は安堵した。もしも違っていたのなら、できる限りリルフィスに付き添ってやらなけれなばらない。しかしその必要もないわけだ。
列が進むごとに前の様子が明らかになっていた。
隣の列では教官のリルフィスのもと、壮年の傭兵が締まりのない顔で弩を構えていた。
「もぉ、おじちゃん! もっと狙って撃たなきゃだめだよぉ!」
リルフィスが注意すると傭兵は締まりのない顔を更に緩めて頷いた。
「いやぁ、すまんすまん。次は狙って撃つからさ」
傭兵はそう言って両方の頬を膨らまし立腹するハーフエルフの少女に向かって言った。
「やれやれ……」
レイチェルの列の教官が呆れ顔で首を横に振った。
その後、レイチェルは意図的にリルフィスを避けた列に並んで、午前中を訓練で終わらせた。リルフィスの列を避けたのは、自分を目にすることで、教官であるリルフィスの気を削ぐわせない様に気を遣ったためだ。ちなみにレイチェルは担当の教官から、ハンドルを回すのが遅すぎるのと狙いも良くないという厳しい指摘を受けた。だが努力は認めるという嬉しい言葉も貰った。午後も練習するべきだろうが、腕が限界で午前中で音を上げることになった。
赤竜亭で食事をした。聖なる魔術が使えないことが脳裏を過ぎり、食があまり進まなかった。トマトジュースを呷っても駄目だった。
そのまま店を出て散策に出る。足は自然と町の北側へと向かっていた。自分でも薄々気付いていたのだ。墓地に向かえば、あの人がいるのではないだろうかと。
そしてその背を見つけた。
人気のない広大な墓地の中で佇む大きな身体がある。近付いて行くと相手が言った。
「レイチェルか?」
「あ、はい」
レイチェルが答えると、バルバトスが振り返った。
「こんなところで再び出会えるとは奇遇だな」
相手が言った。
「どなたかのお知り合いのお墓ですか?」
レイチェルが問うとバルバトスが応じた。
「私の部下だった男の墓だ。他にもたくさんの部下がこの墓地には眠っている。私が守れなかった、いや、守りたかった者達でいっぱいだ」
バルバトスは言葉を続けた。
「お前も死ぬなよ。いや、できれば前線部隊には来て欲しくはなかった」
レイチェルは思い切って打ち明けた。
「私、実は聖なる魔術を使えなくなって、それで前線に配属されたんです」
「そうだったか」
バルバトスは驚くこともなく言った。
「そのような神官達も何人かは見てきた。決して察してはいけない大いなる神秘の影に気付いたのだ」
「私は何に気付いてしまったのでしょうか?」
「それは昨日のオークが話してくれた。光と闇の神々達の思惑に、そうは自覚せぬともお前は気付いてしまったのだろう」
レイチェルは捕虜となったオークの話を思い出そうとしたが、バルバトスが肩に手を置いた。
「焦るな、それに決して無理に思い出す必要はない。神々にとって使い勝手の悪い駒は、その御心のまま良いように処罰されるだろう。それにお前が神々の許しを得て再び神に仕える道を歩みたいのなら尚更だ。しかし、生き方は一つではない。神々に立て付けとは言わんが、神々との関わりを避け、真に自分だけの道を見つけられるのならばそれも良いだろう」
「神々との関わりを避ける道ですか?」
「そうだ。これと言って具体的には言えんが、そんな道も必ずあるのだ」
墓石の群を見渡しバルバトスは言った。
「私は神々の道具になるのは真っ平だが、戦士になってしまった。こうして前線に身を置き、神々の駒として弓を持ち、剣を振るって闇の勢力と凌ぎ合っている。情けない話だが、私には他の道が見付けられなかったのだ」
バルバトスは目をこちらに向けた。
「レイチェル、お前は何に興味がある? 何をしてみたい? 心を打たれたのは何か?」
そう言われレイチェルは思わず考え込んだ。しかし、今は何も思い浮かばなかった。するとバルバトスは言った。
「誰しも生には無限の可能性を秘めているものだ」
「無限の可能性ですか?」
レイチェルは尋ね返した。
「そうだ。しかし大概は型にはまった生き方をしてしまう。無難に、平和に、あるいは欲を満たすため、生活のためにやむなく」
バルバトスは話を続けた。
「しかし、魂の中に道は幾つも隠されているのだ。ある日、お前が心から歩んでみたいと思える道と出会える時が来るだろう。その道に神の入る余地はないかもしれない」
「お前が心から満足できる道を見つけられるよう、私は願う、いや、期待するとしようか」
バルバトスはそう言うと力強い笑みを浮かべて去って行った。レイチェルはその大きな背を見送りぼんやりと考えていた。
「無限の可能性か……。私にあるのかな」
彼女はそう呟いていた。




