第15話 「戦い」
雪が降り始め、相変わらず深く積もってはいたが、レイチェルとリルフィスはコロイオスの町を出立した。
次の町レンギルまでの高速馬車というものが戻ってきたからだ。それをいち早く知らせてくれたのは魔法少女のシルキーだった。
馬車は向かい合わせの六人掛けだった。四頭の屈強そうな黒い馬が引いている。座席は先着順で満員だった。高速馬車に乗れなかった人々が恨めし気に、あるいは悲しげに去ってゆく中、コロイオスの魔法少女が残って二人を見送っていた。
「元気でね、レイチェル、リルフィス! 私も運命の人と会うことが出来たら冒険に出るから、その時またどこかで会おうね!」
魔法少女は持ち前の明るい笑顔で手を振った。
「シルキーさんも、お元気で!」
「またどこかで会おうねシルキーちゃん!」
かくして馬車はコロイオスの町を発ったのだった。
二
馬車は深く積もった雪の上をぐんぐん進んでいた。居合わせた乗客の会話から漏れ聞いたところ、御者が精霊魔術師で、馬の蹄鉄と、その身体に纏わせた薄い金属の板に火の精霊が宿り、雪を瞬時に溶かし進んでいるということだった。
どのぐらい馬車に揺られていただろうか。馬車は一つの村を通過した。何事も起きずに進むかと思われたが、その背後から声を上げて追ってくる者がガラスの窓越しに見えた。
「待てー! その馬車止まれ!」
野盗かと馬車内は騒然としたが、迫ってくるのはたった一騎であった。声は尚も停止を呼びかける。間も無く馬車が止まった。
一騎の馬が追いつき、馬車の脇を通り過ぎて御者席の方へ行った。馬上の主が全身真っ黒であることぐらいしかレイチェルには分からなかった。
「一体何事か?」
御者の声が聞こえた。
「この先にオーガー族の目撃情報がある」
「オーガーだって!?」
御者は驚きの声を上げていた。オーガーとは破壊と殺戮に狂った凶暴な蛮族のことであった。レイチェルは一度だけその姿を見たことがある。地下洞窟で盗賊デレンゴと行動を共にした時であった。レイチェルは不意にデレンゴのことを思い出し、懐かしさに震えたのであった。
「四、五十匹はいるらしい」
「そんなに!?」
御者が再び驚きの声を上げた。
「馬車で突っ切るのは無理だろう」
追ってきた男の声が言った。
「さっきの村の自警団は出動しなかったのか?」
「自警団ってもただの人間だ。根っからの戦士じゃねぇよ」
「それは困ったな。このままじゃ高速馬車の名折れだ」
「だから俺を雇え」
追ってきた男がそう言った。
その時、どこからかギャアギャア騒ぎ出す雄叫びのような声が馬車の中まで聞こえてきた。馬車内では居合わせた者達が表情を青ざめさせていた。見たところ商人か、一般人のようで護身用に簡素な剣を帯びている者もいたが、その顔色から察するにまともに戦えそうも無かった。
「そらそら待ち切れずにやって来たぞ。どうする俺を雇って奴らを掃討するか? 格安にしとくぜ」
追ってきた男が言うと、御者は悩んだように喉を唸らせると、どうやら承諾したようだ。
そして追ってきた男の顔がガラスの窓越しにこちらを覗き込んだ。
髭面に黒い鉄兜を被っていた。レイチェルは相手に見覚えがあった。武闘大会の初戦でライラを破り、優勝した男だった。確か名前は……。
「オザード!」
商人風の男が興奮気味に声を上げて言葉を続けた。
「アンタ、黒剣のオザードだ!」
相手は頷いた。
「すぐ終わらせる。慌てず騒がずそこで待ってな!」
オザードはそう言うと行く手の方へと消えていった。
「あの戦士そんなに有名なのか?」
客の中年の男が問うと商人風の男は顔をしかめて頷き歯切れ悪く言った。
「いや、なんというか、まぁまぁってところだ。だが最近行われた武闘大会では優勝している。たぶん彼に任せておけば大丈夫だろう」
喧騒の声が聴こえた。と、言っても蛮族達の雄叫びと断末魔と思わせる声だけだった。
レイチェルは御者席の背を向ける形で座っていたので、後ろの窓ガラス越しに後方の様子を見ることができていた。脇の茂みから幾つもの影が飛び出してくるのを彼女は見たのだった。
蛮族オーガーがたてがみを振り乱し得物を振り上げこちらに迫ってきている。その様子に気付いた客が声を上げると、馬車内は恐慌状態に陥った。
「御者! 早く馬車を出せ!」
「無理だ前もオーガーどもで埋め尽くされている!」
「この上は自分の身は自分で守るしかなさそうだ」
護身のためと思われる帯びている剣の柄に手を掛け、中年の男が外へ飛び出した。その男が悠然とした姿で迫る蛮族どもを待ち構えている姿が目に入ると、レイチェルもジッとしてはいられなかった。自分だって武器を持っている。戦える。弩を構え、慌ててそのハンドルを最大限まで回すと彼女も外に飛び出た。
背後を振り返る。馬上で大剣を振り回しながら蛮族ども殲滅する黒衣の戦士の姿が見えた。一瞬だがその姿があのクレシェイドに重なった。しかし、すぐに我に返ると先に飛び出した男の隣に並んだ。リルフィスも後に続いて弓矢を構えていた。
回り込んだ蛮族は十ほどであった。大地を踏み鳴らし凶暴な雄叫びを上げて迫ってきている。
「レイチェルちゃん、やるよ」
リルフィスがそう言い、レイチェルも弩に鉄の矢を番えて身構えた。
「今だよ!」
飛距離を見極めてリルフィスがそう言った。
リルフィスの矢が次々飛んでゆき蛮族に突き刺さる。レイチェルも十字の照準器を敵に合わせて引き金を引いた。しかし矢が突き刺さっても敵は倒れなかった。距離が縮まってきている。接近戦ではこちらが不利だ。レイチェルは懸命にハンドルを回し慌てて照準を合わせて引き金を引き続けた。ようやく二体が倒れた。リルフィスの弓が更にもう一体を斃す。
「く、来るぞ。我らに神の祝福があらんことを!」
中年の男が言った。そして三人とオーガーとはついにぶつかり合った。
殺戮に血走った両目をレイチェルは見た。途端に斧が顔を横切る。寸前で彼女は避けた。オーガーには力ではかなわないとして、彼女は最初から鈍器を置いてきたままだった。腰に銀のナイフはあるが、それも蛮族の力の前では役に立たないだろうとして意識していなかった。中年の男と短剣に持ち替えたリルフィスが敵を引きつけている間に、自分も身をかわしつつだが、弩のハンドルを巻いていた。
そして最大限に巻き上がった弦に、鉄の矢を番えて、近距離で蛮族の顔目掛けて引き金を振り絞った。顔を狙ったつもりが胸に当たった。しかしその身に着けている皮を重ねた簡素な鎧ごと身体を貫き敵は絶命した。
「よし、俺とエルフのお嬢ちゃんが敵を引き付ける。アンタはその間に弩を準備して放ってくれ。止めを刺せるのはアンタの弩以外にない!」
力では不利と悟った中年の男がそう言った。
「わかりました!」
レイチェルは必死に返事をし、ハンドルを巻く。敵が迫ると巻くのを中断し攻撃を避けることに専念する。凶刃が暴風を巻き上げて顔を身体を掠めてゆく。再装填し、レイチェルは眼前に迫った一体に向かって矢を放った。しかし、忙しさに照準が逸れた。それは腹を貫いたが、蛮族は意に返さず斧を振り下ろした。予想外の反撃にレイチェルは反応できず呆然と自分目掛けて振り下ろされる刃を見詰めているしかなかった。
その時、馬の嘶きと共に黒い影が乱舞し、蛮族の身体を脳天から切り下げた。
「貸しにしとくぜ、嬢ちゃん!」
黒い鎧に黒い外套を羽織った馬上の戦士が上から見下ろした。
「あ、ありがとうございます!」
レイチェルは我に返って素早く礼を述べた。黒衣の戦士は黒に塗られた大剣を振り上げた。剣先から血が滴り落ちている。
「そらそら、後はこの俺の仕事だ!」
オザードは馬でオーガーの中へ突進すると、縦横無尽に蛮族を切り裂いていった。その中を一体のオーガーがヨロヨロと潜り抜けてきた。見れば深手を負い、もはや戦えるとは思えなかった。しかし、それでも残った方の腕で剣を振り上げ、レイチェルを殺そうとしている。その雑な軌道をレイチェルは予測し悠々とかわしてから、相手に向かって訴えかけた。
「もう決着はついてます! これ以上は無益です。どうかお逃げなさい!」
いつぞやのホブゴブリンのことをレイチェルは思い出していた。今度こそ説得したかった。
オーガーはエメラルド色の血走った眼を静かにレイチェルに向けていた。
その足が迷う様に一歩二歩と後ずさった。
後はこのまま森へ帰ってくれれば……。レイチェルはそう祈った。
だが次の瞬間、オーガーは雄叫びを上げてレイチェルに襲い掛かってきた。
しかしその頭を後ろから黒塗りの大剣が切り裂いた。分断された頭と身体が鮮血と共に地面に転がった。
「よりによってこいつらを説得しようってか」
呆れたように馬上の黒い戦士は言った。
「覚えておけ、神官さん。オーガーは破壊と殺しが好きな狂った連中で、それしか考えないのさ。第一俺らの言葉だって通じない。そんなどうしようもない連中に情けをかければ、次に死ぬのはテメェ自身だぞ」
だが、あの一瞬、オーガーは後退しようとした。それは言葉が分からなくとも意思が通じたのでは無いだろうか。言い返そうとして、レイチェルは口を噤んだ。理解してもらうなんて無理だ。
「レイチェルちゃん、戻ろう?」
心配そうにこちらを覗き込むリルフィスの顔を見て、レイチェルは頷いた。
何故理解し合えないのだろうか。憎しみが憎しみを呼んでいる。それが積み重なっている。それをどこかで断てば、諦めずにこちらから譲歩してみれば、お互い少しでも歩み寄ることはできるのではないだろうか。
街道に横たわる蛮族の死体の数々に目を向け、心が締め付けられた。もしかすれば、戦いの最初に彼らに訴え掛け、その胸の内を知ることが出来れば、こんな悲劇は起きなかったのではないだろうか。オザードを責めているわけではない。自分だってそうするがままに弓に矢を番えそれを撃ったのだから……。しかし脳裏にこのオーガー達と手に手を取り合っている友好的な姿を思い浮かべると涙が溢れ出てくるのだった。




