第8話 「さようならライラ」
それは例えどんな形であってもレイチェルにとっては唐突なことであっただろう。そう彼女自身も感じていた。
サンダーが帰還し、数日ぶりに一行が揃ったとき、その翌日の朝食の席でライラが言ったのだ。このパーティーから抜け、バルケルへ仕官したいと。
レイチェルは驚いたし、複雑な心境であった。ライラとも他の皆ともずっと一緒に居られるものだとばかり思っていたことに気付いた。一瞬、ライラが自分達を裏切った。いや、自分の心を裏切った。そんな思いが脳裏を過ぎり、胸の内で慌ててかぶりを振った。出会いがあれば、別れもある。
そして聞くところによると、バルケルの領主の娘、レイムから度々に渡る仕官の誘いを受けていたのだという。レイチェルはレイムを恨みそうになった。彼女は第三者のくせにズカズカと、自分達パーティーの中に踏み入り、そして言葉巧みに、ライラを連れ去り、パーティーの不滅の絆にヒビを入れたのだ。しかし、面白くない自分と違い、他の仲間達は、祝いの言葉を述べていった。
「仕官の誘いには結局断りを入れてしまったから本当のところはどうなるのかはわからん」
ライラはそう言った。
「もし上手くいかなかったらまたここに戻ってくれば良いよ」
「そうだよ、そうだよ、ライラちゃん!」
サンダーがそう言いリルフィスが同調した。
「ありがとう二人とも」
ライラが応じた。
結局、自分だけがライラの門出の祝福を口にしなかった。
そんなバツの悪い思いを抱えながら、一行はグスコムを出立する。次の町はセーファで、その次がディーレイだ。自分達は北を目指し、東へ行くライラとはディーレイでお別れだ。
道中、レイチェルは何て自分は矮小な心の持ち主なのだろうと己を責め立てていた。だが、一行はいつものままだ。最後だからといって、もう互いに名残を惜しむ様子も見られなかった。
そうしてようやくセーファへと着いた。
一晩町で過ごした。翌朝、恒例となった鍛錬もこなした。ライラはいつも通りに接してきたが、レイチェルは心がもやもやしていた。何故、ライラが別れを切り出した時に、自分だけ祝いの言葉を述べられなかったのか。それをずっと後悔していた。
朝食を済ませ、一行は冒険者ギルドへと赴いた。ギルドにはまばらに冒険者の姿があり、依頼の掲載されている掲示板を眺めていた。
荷物の配達、落し物探し、怪物退治、目的の物を採取してくる探索の依頼などがあった。
しかし、それぞれ近場だったり討伐対象が低級の扱いされる魔物だったりするためか、労力の割に報酬の方が六人で分割するにはあまりにも安かった。
「今回は無いわね」
ティアイエルが言った。
今日はそこで自由行動となった。
レイチェルは弩の腕を磨くためにリルフィスと共に武具屋へ向かった。
武具屋の裏で、レイチェルはひたすら的を射た。矢を撃ち、ハンドルを巻いて弦を絞って再び矢を番えて引き金を引く。
だが、今日はいつも以上に調子が悪かった。矢は的から大きく外れていた。
息を荒げていると、リルフィスが言った。
「レイチェルちゃん、ちゃんと狙って撃たなきゃダメだよ」
隣でリルフィスの矢は藁で編まれた的の中心を射抜いていた。
「そうだね。ごめんね、リルフィスちゃん」
「レイチェルちゃん、今日は調子が悪いの? それとも何か考え事してるのかな?」
ハーフエルフの少女が心配するように尋ねてきた。
レイチェルは、躊躇していた。悩んでいるのはライラのことだ。自分だけ彼女の新たな出発を喜んであげられなかった。
「ううん、何でもないよ。ごめんね」
結局彼女はそう答えたのであった。
二
一行はセーファを旅立った。
道中、レイチェルはライラの背を見ながら、やはり門出の祝福の言葉を掛けられなかったことを悔やんでいた。
しかし、現実は非情なもので、彼女がくよくよしている間に、もうディーレイの町に着いてしまった。
この町の思い出といえば、クレシェイドとヴァルクライムに置いて行かれたことだろう。眠り薬を盛られて数日寝込んでしまった。そのことも今となっては良い思い出だった。二人はこちらを気遣ってそうしたのだから。
クレシェイドの姿が脳裏を過ぎる。レイチェルは胸の内で訴えた。クレシェイドさん、私、ライラさんがいなくなるのが寂しいです。
「ライラ姉ちゃんはいつバルケルに行くの?」
「最後に皆の役に立ってから出立するつもりだ」
サンダーが尋ね、ライラはそう答えた。
そうしてギルドへ向かった。
他の冒険者はいなかった。依頼の掲示板にも何も貼り出されていなかった。
「あんたら、少し遅かったみたいだね。今日は完売だよ。もうちょい早く来てれば、仕事にありつけたんだがな」
痩せぎすで、口髭の濃いギルドの主がそう言った。
「仕方がないわね」
ティアイエルが言った。レイチェルは後ろでライラが酷く落胆している姿を見た。先ほどの言葉通り、最後に皆で仕事がしたかったのだろう。
翌日、町の門の前で一行はライラを見送ることになった。
ついにこの日が来てしまったとレイチェルは思った。
ライラの隣にはティアイエルとサンダーがいる。二人はライラをバルケルまで送り届けることとなった。最初はティアイエル一人だったが、ヴァルクライムがサンダーに同行するように勧めたのだ。ティアイエルは優秀な精霊使いだが、確かに帰りに彼女一人だけではレイチェルも不安であった。
「世話になったな」
ライラが皆を振り返って言った。
「いいえ、こちらこそライラさんにはお世話になりました」
レイチェルはそう答えた。心の底からそう言ったつもりだが、言いたいことはこれだけじゃなはずだ。しかし、今更切り出したところで手遅れなのではないだろうか。
「グッドラックだよ、ライラちゃん。リール、ライラちゃんのこと応援してるよ! けど、もしも何かあったらいつでもここに戻ってきて良いんだよ!」
「レイチェル、リルフィス。ありがとう」
ライラはヴァルクライムを見た。
「ヴァルクライム、皆のこと頼んだぞ」
「任せておけ。お前の幸運を祈るぞライラ」
ライラは頷いた。
「ではな、皆」
ライラは街道を振り返った。
「そりじゃあ、行ってくるね」
サンダーが言い、三人は歩んで行った。
その背がどんどん小さくなってゆく。
レイチェルは焦った。自分はライラにまだ伝えたいことがあるんだ。このままだと一生後悔する。焦り苛み、そして決めた。
彼女は旅立った三人の後を追い掛けた。
「ライラさん!」
恥などない。レイチェルは大声でその名を呼んだ。
前を行く三人の足が止まり、こちらを振り返った。
「姉ちゃんどうしたの?」
サンダーが少々驚いたようにそう尋ねたが、レイチェルは真っ直ぐライラを見て言った。
「ライラさん、バルケルに行っても頑張って下さい!」
「レイチェル……」
ライラは彼女の名を呼ぶと手を広げて抱き付いてきた。
「ありがとうレイチェル。忘れもしない、私はお前の優しさに救われたのだ。あの優しい温もりを今もまだ私は覚えているぞ」
ライラはそう言うと、体を離した。
「ずっと元気でいるんだぞレイチェル」
「はい。ライラさんもお元気で」
レイチェルがそう答えると、ライラは微笑んで頷いた。そしてレイチェルは改めて旅立つ三人の背を見送ったのだった。




