表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冒険者レイチェル -全ての始まりの章-  作者: Lance
第一幕 「漆黒の戦士」
56/118

第23話 「戦士の魂」 (前編)

 夜空には厚い雲が掛かり、細々と降る雨が、石畳と彼の身に纏う鎧を濡らしていた。

 クレシェイドは宿の建物の二階を振り返った。灯りは消えている。今頃、仲間達はとても深い眠りについているだろう。彼が手を下した訳ではないが、そうなるように事が進むよう願っていたのは事実であった。

 四人の仲間達は、魔術師が紅茶に盛った薬によって眠らされている。目覚めるのは早くて二日は掛かるということだ。罪悪感と、後ろめたさがあるが、そうしなければならなかった。彼らをバルケルに、マゾルクの目の触れる場所に連れて行くわけにはいかない。

 ヴァルクライムが二頭の馬を引いてやって来た。

「待たせたな友よ」

 渡された手綱を受け取り、クレシェイドは馬に跨った。魔術師も同じようにし馬上の人となった。

「すまない、汚い事をさせてしまった」

「気にするな。私がお前さんと同じ立場でもそうしたはずだ」

 クレシェイドが謝罪を述べると魔術師はそう応じ言った。

「では行こうか。これが今生の別れにならぬよう、せいぜい気を引き締めるとしよう」

 クレシェイドは頷き、馬腹を蹴った。

 二騎の馬影は、夜の街道を疾風の如く駆け抜けた。馬が潰れると、近くの村で新たな馬を買い求めた。そうして駆けに駆け、二日目の正午過ぎに東方領の首都バルケルへ到着したのだった。



 晴天の陽光が、賑やかな港町を照らし出している。

 その平和な様を見て、クレシェイドは訝しんだ。マゾルクがまだ事を起こしていないということだろうか。彼はかつて自分の村を滅ぼした屍術師の姿を思い浮かべていた。生きている人という人が、次々と呑まれるようにして瞬く間に死んでいったのだ。

「さて、平和そのもののようだな」

 ヴァルクライムが言った。

「奴は神出鬼没だ。おそらく、俺達の到着も既に知っているだろう」

 クレシェイドは周囲に目を走らせつつ答えた。

「ひとまず街中を歩くとするか。何か事が起きるやもしれん」

 魔術師の提案に従うしかなかった。マゾルクの力は、今こうして何の変哲のない日常を送っている者達全てを一瞬にして死に至らしめるのだ。事が起きた時、それは地獄を見る事を意味するだろう。

 二人は昼の港町を出歩いた。混雑する表通りを行き、港まで出た。帆を張った大きな船や、漁船が並んでいた。マゾルクならば一瞬でこれらを沈めてしまうだろうか。何も起きず、彼らは表通りへ戻ろうとした。

 踵を返すと、そこには鎧の戦士が三人、音も無く居並び、こちらを凝視していた。上から下まで覆うその形はそれぞれだが、全員が、クレシェイドと同じ黒塗りの甲冑姿であった。各々が、腰に背に、剣に斧に槍と、通常のものよりも一際大きな武器を帯びていた。

 マゾルクの手の者かと彼は腰の太刀に手を掛けた。

「落ち着いて、争う気は無いのよ」

 女の声がそう言った。それは三人の中心に居た一番小柄な鎧の者であった。相手は両手を広げて戦意の無い事を訴えた。

「お前達は奴の手先か?」

 クレシェイドは語気を荒げて問い質した。すると、クレシェイドよりも大柄な戦士が言った。

「それはとんでもないことじゃ」

 心外だと言わんばかりの言葉にクレシェイドは驚愕した。俺は奴とだけ言った。それなのに、こいつらはその相手を分かっているかのように答えた。

「俺達は奴に抗い討とうとする者達、鎧戦士同盟だ」

 最後のもう一人が年若い声でそう言った。

「奴と言うと、そちらは我々が追う者の名を知っているようだな」

 ヴァルクライムが問うと、甲冑の女が頷いた。腰には大きな鞘に収まった剣の柄が見える。

「ええ。真紅の屍術師マゾルク、でしょう?」

 クレシェイドは驚いた。女は話しを進めた。

「あなたがどんな目に遭ったかは察しがつくわ。私達も同じだもの。故郷の人々を皆殺しにされ、自分は生ける屍に姿を変えられた。私は鎧戦士同盟のセーガよ」

「ワシはアルフェイオス」

「俺はキリー」

 背に分厚い刃に斧を背負った大柄な男が述べ、もう一人の槍を携えた男も続いて名乗った。

 クレシェイドは逡巡し、己も名乗ることとした。

「俺はクレシェイド」

「それってもしかして本当は愛用していた武器の名前から取っていたりするのかしら?」

 セーガが尋ねたのでクラッドのクレシェイドは頷くと、相手はクスクスと笑った。

「奇遇ね、私達もそうなのよ。皆、本当の名前を隠して何百年と、その名で生きてきたのね」

 そしてセーガは話した。

「あいつは、北にある火山にいるわ」

「何故、居場所を知っている?」

 クレシェイドが驚き尋ねると、大柄な戦士アルフェイオスが答えた。

「奴直々に言ってきたのだよ。そして最後の一人の戦士がこのバルケルへ向かっている事も告げたのだ」

「その最後の一人ってのがアンタのようだな、クレシェイド」

 キリーが言った。

「私達の身体を元に戻すために、マゾルクを倒すの」

 セーガが強い口調で訴え、クレシェイドはまた驚き、尋ねた。

「ではやはり、奴を倒せば俺達の身体が元に戻るのだな?」

 しかし、セーガは歯切れ悪く応じた。

「それはわからないわね。でも、そうする以外にもう望みは無いもの。あなただって、色々試したのでしょう?」

 クレシェイドは頷いた。すると三人の鎧戦士も頷き返した。キリーが言った。

「そういうことだ。ところで、隣の魔術師風の方はどなたで?」

「私はヴァロウ・クライム。クレシェイドとは冒険者として共に行動している魔術師だ。彼が追っているマゾルクを討つためにこの力を貸すつもりでここまでついてきたのだ。是非とも御同道させてくれ」

「そりゃ、心強い。よろしく頼むぜ、クライム殿よ」

「こちらこそ」

 キリーが手を差し出し、ヴァルクライムと握手を交わした。それが終わるのを待ってアルフェイオスが言った。

「さて、ではどうするか。役者も揃った事だし、決戦へ向かうか否か、セーガよ如何する?」

 落ち着いた声音は少々しわがれた老人の声のようであった。アルフェイオスに問われ、セーガは頷き、一同を見渡した。

「行きましょう。うかうかしていると、あいつは暇つぶしにこの町を襲いかねないわよ」

 全員が彼女に頷き返した。



 二



 クレシェイドと、ヴァルクライム、そして鎧戦士同盟の三人は、バルケルの北にある火山を目指し寂れた細い道を進んでいた。

 魔術師を除いて疲れを知らぬ者達が揃ったため、その足取りは早く、明朝、日の出の時刻には火山麓の荒れ野への入り口に到達する事ができた。ここで一行は、ヴァルクライムを休ませるためとういう名目で小休止した。だが、実際は気持ちを整えるためであった。それと互いの連携を確認するためもある。

「クレシェイド、気になっておったのだが、その背負っているのは棺か?」

 アルフェイオスが尋ねた。クレシェイドは道中、この老人が、二百年前の今では亡国となった国に仕えた将軍である事を知ったのだった。老将は言った。隠遁生活を決め込もうとした時に、マゾルクの襲撃に遭ったのだと。家族に、居を構えていた町の領民達全てを失ったそうだ。

「鞘の代わりだ」

 老将の問いにクレシェイドは応じた。するとキリーが言った。

「鞘だって? 俺はてっきり、アンタの気概を現しているのだと思ってたぜ。マゾルクの奴をそいつに叩きこんでやるんだってな」

「鞘なら、入っているのは剣かしら?」

 対面する岩に腰かけながらセーガが尋ねた。

「友よ、皆に披露してはどうだ? 互いの手の内を事前に知っておいた方が、戦いの幅も広がると言うものだ」

 魔術師の勧めに、クレシェイドは箱を地面に置き、その紐を解き、蓋を開けた。

 四方と底を銀色の眩いミスリルの板に囲まれながら、ギラ・キュロスは炎のような闇の衣を燻らせていた。

 クレシェイドがその柄を握り、取り出すと、妖剣は目覚めたかのように、激しく黒く燃え盛ってみせた。ヴァルクライムが鎧戦士同盟の三人に説明した。

「妖剣ギラ・キュロスだ。そうだな、吸い取りの剣といったところか。今は闇の力を吸い、闇の剣となっているが、それを中和し、まっさらな状態にすれば、また新たな異種の力を吸い取り、増幅する事が可能なはずだ」

「こりゃ、確かに大したもんだ。しかし、アンタらはこれを切り札にしたいようだが、そいつはどうかな。おっさん頼むわ」

 キリーが言うと、老将アルフェイオスが立ち上がり、手近に埋まっていた大岩を両手で持ち上げた。凄まじい怪力であった。

「悪いが、当てにできない切り札には用は無いんでね。力を試させてもらうぜ」

 キリーが言い、アルフェイオスが岩を投げようとする。クレシェイドも身構えた。

「そうだな、キリーの言うことに一理ある。クレシェイド、ゆくぞ!」

 岩が宙に舞い上がった。クレシェイドは剣を振るった。甲冑の中に潜む無数の闇の精霊達が呼応し、明滅するのを感じた。

 次の瞬間、妖剣は黒の様な紫色の軌跡を残し、岩を微塵に粉砕していた。

「す、すごい」

「何と!」

「こいつは、すげぇ。勿体ぶるのも分かる気がするぜ」

 鎧戦士同盟の三人が息を呑むようにして言った。

 クレシェイドは力が吸われる前に、箱の中に剣を収めた。ヴァルクライムが再び説明した。

「こいつは、持ち主の力も吸い取ってしまうのだ。今は闇の剣故、他の皆も闇の力が原動力であろう?」

「ええ、そうね」

 セーガが頷き言った。

「良い切り札だわ。私達が見付けた術もこれなら役に立ちそうね」

「術とは?」

 クレシェイドが尋ねると、アルフェイオスが応じた。

「古代の魔術だが、三方に立ち敵の動きを封じるものだ。トロル、キマイラ、サイクロプスなど凶暴なもの達で試したが、どうにか会得することができた。しかしそこにお主の剣が来た。我々で動きを封じ、お主の剣で止めを刺す」

「まさに役者が揃ったわけだ」

 キリーが言った。

 それから、一行は殆ど喋らずいた。束の間の静寂であった。皆が思い思いに考えに耽っているようだ。

 ヴァルクライムが干し肉を食べていると、剛槍とも言うべき凄まじい長槍の刃を磨きながらキリーが言った。

「元に戻ったら、たらふく肉を食べてぇな。この百年の間にも、少しずつ調理の方も素材と一緒に文化が進んだはずだ。どんなになったか、早く味わいたくて仕方がない。食欲は無い筈だったんだが、急に何でだろうな」

「ギラ・キュロスのおかげじゃろうな。必勝の気持ちがそうさせたのだ。ワシも奴めに挑んだのは二回だが、今回ばかりは勝てそうな気がしてきたところじゃ」

 アルフェイオスが言った。

 そして一行は出立した。岩と砂利だけの火山の斜面を歩んで行った。

 やがて、分厚い羽音が聞こえ始めたかと思うと、上空に大きな影が舞い降りた。

 それは黒い皮膚をしたドラゴンの亜種、飛竜ワイバーンであった。

「思わぬ馳走と思うておる様じゃの」

 アルフェイオスが背中から、斧を取り出した。それはクレシェイドが今まで見たどんな斧よりも分厚く大きいものであった。

 老将が斧を頭上で旋回させる。その重々しい空気の唸り声を聞くや、何と飛竜は恐れをなしたかのように空高く舞い上がり去っていったのだった。

 一同の驚く視線を一手に集め、老将は感慨深げに言った。

「これは古のドワーフが造ったとされる、その名も竜の唸りというものじゃ。無駄な戦いを避けたい時にこうして空気を揺らして見せれば、飛竜もトロルも戦意を無くして去って行く。例外は蛮族オーガーじゃな。奴らの戦いと殺戮ばかりの闘争本能には聞く耳持たずじゃった」

 そうして歩き続け、ついに山頂へと到達したのであった。



 三



 山頂の荒野からは、至る所から白い蒸気が吹き上がっていた。

 まるでマグマを思わせる様な、真紅の外套を羽織った屍術師は、悠然とした態度で、一行を出迎えた。

「マゾルク!」

 キリーが怒声と共にその名を呼ぶと、相手は小さく笑い声を漏らした。

「お揃いですね。セーガ、アルフェイオス、キリー、クレシェイド。それと、あなたは? クレシェイドと居た、いつかの魔術師に似ているようですが」

「私はヴァルクライム。お前の言っている彼はグレン・クライムだ。私の伯父だった」

 ヴァルクライムが言うと、宿敵は再びクスクスと笑い声を上げた。

「何がおかしい!」

 キリーが再び大喝すると、相手は顔を上げた。道化の様な仮面がこちらを見た。

「こうしても見るとなかなか壮観だと思いまして」

 その途端、キリーが敵目掛けて疾駆した。

「手を貸すぞ!」

 老将アルフェイオスが続き、クレシェイドも行こうとしたが、セーガに肩を掴まれた。

「あなたは、そのギラ・キュロスをぶつけることだけを考えて。私達は掻き回しながら術を発動させるから!」

 彼女もまた駆けて行った。

「セーガの言う通りだ。友よ、お前さんの分は私が戦おう。後は、その感に任せる」

 魔術師も歩んで行く。クレシェイドは背負っていた箱を置き、その紐を解いて、仲間達の様子を見守った。

 キリーと、セーガが率先して、息もつかせぬ攻撃を繰り出しているが、真紅の屍術師は嘲笑うようにして身軽に避け続けている。そして着地の隙にアルフェイオスの斧が横合いから割り込むが、それすらも間一髪で、あるいは狙い澄ましていたかのようしてよけるのだ。戦場には、その宿敵の女のような笑い声と刀槍の唸りが木霊した。と、急にその姿が消え、屍術師は残像を残して後方に佇立した。

 鎧戦士同盟の三人が同時に集った時、真紅の屍術師が唄う様にして、魔術の旋律を詠んだ。

 大地が鳴動する。すると、鎧戦士同盟目掛けて、前方から大小の土塊を巻き上げ無数の火柱が噴き上がり、襲いかかって来た。あの炎を受ければ、身に纏った甲冑とて蕩けてしまうだろう。思わず絶望するクレシェイドの目の前で、ヴァルクライムが力強く術を詠む声が上がり、鎧戦士同盟の三人の周囲を緑色の光りの壁が覆った。

 火柱は光りの壁に次々激突するや、互いにぶつかり合い、重なり合い、大きな炎の波となって、来た道を引き返して行った。

 これでマゾルクが死ぬとは思えなかった。

 鎧戦士同盟の三人が動いた。マゾルクを中心にして三方に立った。彼らが術の旋律を読む声が聞こえた。

 炎が消え失せ、再びマゾルクの姿が現れた時だった。

 鎧戦士同盟の三人の前から大地を突き破り進ん行く黄色の光りが見えた。その三つの光りが、マゾルクに絡みついた。

「クレシェイド!」

 キリーが叫んだ。

「行け、友よ!」

 こちらを一瞥すると、ヴァルクライムは再び術を詠んだ。途端に、身体が身軽になった。クレシェイドはギラ・キュロスを握り締め全力で駆けた。そして目前の敵に向かって、全身全霊の力を振り絞り、強大な闇の炎が立ち昇る剣を振り下ろした。

 剣が魔術の壁を破壊する。だが、刃は敵が突き出した拳によって遮られた。拳と触れ合う刃先から凄まじい勢いで煙が吹き上がった。

「惜しい」

 マゾルクが言った。そして大地を一踏みすると、三方から伸びていた魔術の光りが千切れ飛んだ。

「そんな!?」

 鎧戦士同盟から異口同音に驚愕に満ちた絶望の声が上がった。

 クレシェイドは慌てて妖剣を振るった。しかし、マゾルクは片腕を振るいそれと打ち合った。その間にもギラ・キュロスからは煙が吹き上がり続けた。そしてその黒い炎が小さくなってゆく。

 クレシェイドは渾身の一撃を見舞ったが、相手はそれを両手で挟んで受け止めた。

 刃からはまたも凄まじい蒸気が吹き上がり、クレシェイドはようやく気付いた。この宿敵が腕に纏っているのはおそらくは……。

「そう、気付きましたね。聖なる力なのです。あなたは素晴らしいほどの切り札を見付けてきたようですが、私の方が上手でしたね」

 クレシェイドは怒鳴った。

「俺の全身全霊をくれてやる!」

 彼は敵を憎悪した。一瞬で滅んだ村を思い、石となったハーフエルフの少女のことも思った。全身が鳴動する。力という力が駆け廻った。

 途端にマゾルクの両腕を白い聖なる浄化の光りが包み始めた。

「挑むのなら、これにてあなたは終わりですね。お疲れさまでした、血煙りクラッド」

 マゾルクの腕が白い光りによって輝いた。クレシェイドの手の中で、妖剣ギラ・キュロスは太い煙を上げるや、全ての力を剥ぎ取られ、ただの妖剣へと戻った。

「まだだ!」

 大きく動揺したが、ギラ・キュロスを捨てるや、クレシェイドは素早くミノスの大太刀を抜刀しそのまま斬り付けた。太刀はマゾルクの両腕を切り落とした。そして素早く振り被って敵を一刀の下に切り裂くはずだった。その両手を掴んだのは、切り落としたはずの敵の両腕であった。

 宙に浮き、主を失いながらも、それは煌々と浄化の光りに満ち満ちていた。クレシェイドの鎧の内側で、闇の精霊達が悲鳴を上げ、次々と破裂していった。彼は意識の揺らぎを感じた。全身から力と言う力が抜け始め、鎧の方々から煙が噴き上がった。

 目の前でマゾルクは先を失った腕を突き出した。次の瞬間、そこからは聖なる白い光りが放射され、クレシェイドの全身に降りかかった。

 クレシェイドは一瞬にして、意識を失った。



 四



 クレシェイドが倒れた。

 ここにきて、敵は聖なる力を操る者だと言う事が判ったのだった。

 ヴァルクライムは飛び出したい衝動を堪えた。クレシェイドは本当に死んでしまったのかもしれない。しかし、まだこちらは負けたわけではない。戦いは続いているのだ。

「クレシェイド!」

 キリーが叫び呼んだ。一同に動揺が走っていた。それもそのはずだ、絶対の確信を得ていた古の魔術が破れたこともあるが、鎧戦士同盟の三人もまた、甲冑の内側に秘めた闇の力を糧としているからだ。それが敵は天敵ともいうべき対局の力を持っている。それに屍術師が聖なる力を持つ者であることも驚くべきことであった。

「落ち着いて! まだ私達は戦える!」

 セーガがこちらの動揺を鎮静すべく声を上げた。アルフェイオスと、キリーが彼女を振り返った。

 その目が驚愕に見開かれた。

 何と、彼女の背にはいつの間にか腕を取り戻したマゾルクの姿があったからだ。

「セーガ。いえ、旋風のカタリナ、終わりですね」

「セーガ!」

 マゾルクが聖なる光りに包まれた手を突き出すや、アルフェイオスが横合いからセーガに体当たりした。アルフェイオスは大斧「竜の唸り」を振るったが、マゾルクは片腕で受け止めた。そのままアルフェイオスは競り合ったが、大斧に亀裂が入りついに吹き飛んだ。

「何と!?」

 驚きを上げるアルフェイオスの胸に、マゾルクは浄化の光りの宿った腕を触れた。

 アルフェイオスが苦痛に絶叫した。全身から煙が吹き上がり、そして鎧が破裂した。四散したそれは鉄ではなく灰の吹雪となり、後に残ったのはそれだけだった。

「おっさん!? 馬鹿な!」

 キリーが絶望の叫びを上げた。

 ヴァルクライムは思った。この戦に勝ち目はない。彼の目の前でキリーが憤怒の乱撃を繰り広げていた。マゾルクは輝く腕でそれを軽々捌いて見せた。

 それを見て次元の違いを感じ取った。

 ならばどうするか。彼は立ち上がるセーガを見、動かないクレシェイドを見た。そして攻撃を繰り出し続けるキリーを見た。彼は決断を下さねばならなかった。

 セーガが咆哮を上げて、剣を引っ提げ、マゾルクに向かって行った。キリーの槍を掴むや、マゾルクは片手でぐにゃりと圧し折った。

「さらば、瞬刃の煌めき、ギリアム」

「な!?」

 それがキリーの残した最後の言葉だった。マゾルクの片手がまるで労うかのようにその肩に置かれた時、彼の鎧はアルフェイオス同様、煙を上げ弾け飛び、灰塵と化していた。

「キリー!」

 セーガが斬りかかった。だが、マゾルクは避け様に、その腕を掴んだ。

「い、いや!」

 セーガが声を上げるや、魔術師は屍術師の背に向かって魔術の鞭を作り、叩き付けた。

 空気を裂く音がし、マゾルクの胴衣に裂け目ができて、赤い血が飛び散った。

 そしてセーガが地面に崩れ落ちた。彼女が生きているかはわからない。煙は上がっているが、しかし、弾け飛んでは無い。

 これで二人になった。彼はキリーに申し訳なく思ったが、一度も詠んだ事のない旋律を詠み始めた。掲げる杖に全身から大きな力が集結するのが分かる。そして彼は、それをセーガに向けた。するとセーガの身体を黄色の魔術の光りが包み込み、彼女の姿は消えた。

 よし、奇跡よ、今一度!

 彼はクレシェイドの方に手を向けた。するとセーガの時と同じように黄色の光りが包み込み、その身体は消え去った。ヴァルクライムは疲労感に押しつぶされそうになりながらも、腕をギラ・キュロスに向けた。妖剣もまた光りに包まれて消えた。

 そこで彼はついに膝から倒れた。

 意識が混濁し始めていた。この非常時に身体は眠れと訴える。

 彼はクレシェイドを思い、置いてきた四人の仲間のことを思った。

 もはや起こせぬ首の見下ろす先に、真紅の屍術師の足が映った。

「あれほど高位の術を秘めているとは思いませんでしたね」

 感嘆する女の様な声が言った。

「私はここで全てを決するつもりです。なので、あなたには石になって頂きましょうか。その方が、クレシェイドのためにもなるでしょう。彼は生きています。セーガもね」

 身体を青い光りが包むのを見た。そこで全てが閉ざされた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ