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冒険者レイチェル -全ての始まりの章-  作者: Lance
第一幕 「漆黒の戦士」
51/118

第18話 「姉と弟」

 壊れ果てたグスコムの町を後にし、レイチェル達は、街道を東へ進み竜の行方を追った。

 程なく道を進んでゆくと、行き交う人々は、浅黒い肌の東方の人々が目立つようになった。

 グスコムから先は、サグデン伯爵ではなく、違う領主が治めている。どのような領主なのかを、ヴァルクライムが、レイチェルとサンダー、それにライラに話して聞かせてくれた。

「ソウ・カン領の主は、その名の通りソウ・カンと言う男だ。通称は、乱撃のソウ・カンという。武芸に秀で、領内に蔓延る盗賊団や海賊団を、自ら先頭に立って幾度となく撃退している武人でもある。その他にも色々と怪物退治の逸話も絶えない方だ」

「ふーん、んでもそんな人だったら、竜も自分で退治しようとするんじゃない?」

 サンダーが尋ねた。

「有り得るな。ソウ・カン伯爵がいるのは、東の果ての港町バルケルだが、噂を耳にすれば、馬を飛ばして駆けつけてくるだろう」

 ふと、ライラが驚いたように軽く目を見開いた。

「バルケルがまだあったとは。私の時代からその地名は存在していたのだ」

 一行は足を進めて行った。そうして日暮れ近くに小さな村へと足を踏み入れたのだった。

 


 既に夜の帳が織り始めていたので、一行は村の居酒屋も兼ねる宿へと入っていた。

 村の者も飲みに来ているのだろう、一階の広い食堂は東方の人々で満員であり、賑わいをみせていた。

 食事を終え、店内に点在する蝋燭に、どことなく眠気を誘われるようになった頃、宿の扉を開ける者があった。それは、鎧を身につけ兜を被った影であった。

「怪我人がいるのですが、医者はいますか?」

 男かと思ったが、よく通る凛とした声音は間違いなく女のものであった。

 談笑が止み、店内の視線が女に注がれた。いや、女と言うよりも少女と言うべき雰囲気を纏っている。だが、腰にはしっかりとした長剣を帯びていた。

「医者はこの村にはいない。何があったんだ?」

 カウンターの向こうからずんぐりした店主が応じた。

「ここへ来る途中、ダイアウルフの襲撃に遭ったのです。それで供の者が、脚に酷い噛み傷を負ってしまい……」

「とりあえず、運んで来い。座敷を開けてやるから、誰か手を貸してやってくれ」

 村の男と思われる者が四人、少女の後に続いて外へと出て行った。

 そして程なくして、二人がかりで肩に腕を抱えられる様にして、甲冑を見に纏った男が運ばれてきた。

 店内の灯りが男の左脚が、鎧を剥ぎ取られ、ズタズタに裂けたその様子を露にした。今も流れる血で傷口一帯は真っ赤に照っていた。

 レイチェルは神官の治癒の魔術なら役に立てると思い、席を立とうとした。ライラも後に従ったが、ヴァルクライムが止めた。

「いや、待て。傷口が複雑すぎる。治癒魔術の前に、その傷口を整えてやらねばならん」

 そうして魔術師は、座敷に横たわる男のもとへと向かっていった。

 彼が近付くと、怪我人の様子を見ようとしていた人だかりは、すんなりと道を開けた。

「店主、針と糸はあるか。それと酒だ」

 ヴァルクライムは、怪我人の男を見下ろすとそう言った。

「あなたは?」

 鎧の少女は訝しげに魔術師に尋ねた。

「私の名はヴァル・クライムという。荒療治になるが、まずは傷口を縫わねばならん。その役を任せて頂こうか」

「それは、忝い。よろしくお願い致します」

 鎧の少女は頭を下げた。

 レイチェルの見ている前で、ヴァルクライムは事に取り掛かった。

 まずは固く捩じった布を男に噛ませ、傷口に酒を降り注いだ。怪我人の男は軽く悲鳴のような声を上げ、レイチェルはその痛ましい声に思わず身をすくめた。

 ヴァルクライムの治療は手際良く済まされた。

「さて、レイチェルの嬢ちゃんか、それともライラか、仕上げを頼もうか」

「私が行こう」

 顔を見合わせるとライラがそう言ったので、レイチェルは素直に頷いた。

 ライラが癒しの神聖魔術を施すと、鎧の少女が礼を述べた。

「危うき所を真に忝い。僅かばかりですが、これは治療の手間賃です」

「いや、そのようなものは無用だ」

 ライラが応じた。相手は食い下がったが、ライラが「神官」であることを伝え、頑なに拒むと、ようやく手を引っ込めた。レイチェルはそのやり取りを眺めながら、大人の共を引き連れているこの少女は何者だろうかと考えていた。身に纏っている立派な青塗りの鎧も含めると、どこか格式の高い家柄の娘なのだろうか。ついでに、主従は揃って東方人では無かった。旅人だろうか。彼女が推論を巡らせていると、突然、従者が咳き込んだ。

 ヴァルクライムがすかさず相手の額に手を当てると言った。

「熱があるな。噛み傷についたダイアウルフの唾液のせいだろう。奴らの口の中は極めて不衛生だからな。二、三日は高熱が続くかもしれない」

「そうですか。ならば、ここで宿を取るとしましょう。色々とお手間を取らせました。改めて礼を申します」

 少女がそう言ったので、レイチェル達は自分達の席に引き上げた。

 レイチェルは気になっていたので、料理を食べる傍ら、主従の様子を眺めていた。

 従者の男は、店の主に肩を借りながら階段を上って行く。その後を鎧の少女が続いたが、彼女は俯き、何やら深刻そうな表情をしている思えた。

 程なくするとその少女は階段を下りて来た。その顔が真っ直ぐこちらを見た。そして相手は歩み寄って来たのだった。

「先程は忝のうございました」

 冒険者達に向かって彼女はそう言うと、話し始めた。

「失礼ですが、お見受けしたところあなた方は冒険者の方のようですが」

「うん、そうだけど」

 サンダーが応じた。

 すると相手の少女は一呼吸置いて言った。

「私はレイムと申します。実は、ここから四日程北に向かったところの霧の台地に向かうつもりでした。しかし、従者があのようなことになっては、いささか心もとなく思い、あなた方に御同行願えればと思って参ったのですが」

 レイチェル達は顔を見合わせると、相手は言葉を続けた。

「実は霧の台地に実ると言われるホウジュウの根と呼ばれる薬の材料が、大至急必要なのです」

「報酬はどれぐらい出せるのよ?」

 ティアイエルが尋ねた。

「ええ、これで見合いますか?」

 青い鎧の少女レイムは、卓の上に一掴み硬貨を置くと、合計で四度、同じようにした。

 卓の上は金と銀の硬貨で溢れていた。

 周囲の客達の目がこちらに向けられた。

 なかなか高い金額であり、レイチェルの前でサンダーも舌を巻いていた。レイチェルも驚いたが、何故それほどの額を提示するのかが気になった。いや、理由は簡単だ。大至急、薬の材料がいると相手は告げた。薬を心待ちにしている病人がいるのだろう。レイムという少女にとって大切な誰かが……。

 そう思うと、レイチェルは神官として無償で、善意だけで相手に手を貸してあげたかった。しかし、自分達は冒険者なのだ。だから、そのやり方に従うべきだ。だからこそ、彼女にとって尊敬できるティアイエルも、真っ先に報酬の事を口にしたのだろう。

「そうだな、これならば申し分ない。ティアの嬢ちゃんだってそうだろう?」

 ヴァルクライムが問うと、有翼人の少女は頷いた。魔術師は言葉を続けた。

「だが、レイム殿、報酬はその半分でいい。何故ならば、あなたに同行するのは我々の内の四人になるからだ」

 レイチェルは耳を疑い、魔術師へ目を向けた。

「俺とヴァルクライムは竜を追う」

 今まで黙していたクレシェイドが持ち前の深い音色のような声でそう言った。

「デルザンドを野放しにはできない。俺達がその足取りを追おう」

「そういうことなのだ。良いかな、ティアの嬢ちゃん?」

 魔術師が問うと、有翼人の少女は冷静に目を閉じ、そして目を開くと頷いた。

「よし、決まりだ。そういうわけで、レイム殿、我ら二人は用事を果たさねばならぬ故、この四人があなたに同行することになる」

 依頼主のレイムは値踏みするように、その冷静な双眸でレイチェル達をまじまじと見たが、ふと、その視線がライラに止まった。

「あなたは、その武器をお使いになるのですか?」

 レイムが、ライラに尋ね、その足元に置かれている長柄の得物を見て言った。

「そのとおりだ」

 ライラが答えると、相手は頷いた。

「いいでしょう。できれば、今宵の内に出たいところですが、少し私も休息を取らねばなりません。明朝、日の出の時刻と共に出立しましょう」

「ええ、わかったわ」

 ティアイエルが頷くと、レイムは「では」と述べ、階段を上がって行った。

 依頼人が去ると、さっそくサンダーが言った。

「でも、残念だな。俺ももう一度竜を見たかったぜ。もしも、見つけたら倒しちゃうんでしょう?」

「戦いは挑むさ。無論、勝つつもりでな」

 クレシェイドが頷いて答えた。

「まあ、兄ちゃん達なら大丈夫だと思うけど」

「それよりも、サンダー、皆を頼む。男はお前一人なんだ。俺とヴァルクライムの分も、しっかりな」

「任せてよ」

 少年は胸を叩いて得意げに言った。クレシェイドが有翼人の少女の方を見た。

「ティアイエル……」

「わかってるわよ。アンタ達も気を付けなさいよね。別に心配してるわけじゃないけど!」

「ああ、心得た」

 クレシェイドが応じ、ヴァルクライムも頷いた。



 二



 翌朝、クレシェイドとヴァルクライムに見送られ、レイチェル達は、依頼人のレイムと共に村を出発した。

 彼女らは北へ向かうが、そこに街道は無いため、出くわした草藪と森の中を横切って行った。

 依頼人のレイムも含めて、レイチェル達は、宿の主から保存の効く食料を売ってもらった。レイムの話しでは霧の台地まで四日ということなので、大目に見て往復分と含めて十日分の食料をそれぞれ背負っていた。

 依頼人のレイムは、レイチェルよりも僅かばかり年上のようで、ティアイエルと同じぐらいの年齢と思われるが、重々しい甲冑を着こなし、腰には長剣と小剣を佩いていた。その凛々しい横顔もあり、彼女はきっと、いっぱしの剣の使い手なのだろうと、レイチェルは思った。

 一行は黙々と森の中を進んで行った。それから真昼の太陽が照る頃に、見渡す限りの大草原が姿を見せた。

 丈の低い緑と茶色の草草が、微風になぞられ揺らいでいる。レイチェルは風の囁きを聞きながら、どこか遠い神々の園にありそうな場所の一つのように、そこを神秘的に感じていた。

 そして一同は歩き始めた。

「迂闊だった、薪を拾ってくるべきだったか」

 程なく進んだところでライラが気付いたようにそう言った。

 確かに言われてみれば、この草原には灌木の一つも生えている気配は見られなかった。枯れ草で火を起こすしかないということだ。

「大丈夫よ。こいつを犠牲にするから」

 そう言って腰に下げている袋の中から有翼人の少女は松の切れ端を取り出していた。

 更に歩き続け、小高い丘の上に着いた時に、ちょうど夕暮れが訪れた。

 明日は日の出前に出発する事にし、一行は休息をとることにした。

 しかし、依頼人のレイムは、まだ進む事を提案し、レイチェルも相手の急ぐ心情を思い、行くならばそのつもりでいた。

「許可できないわね」

 有翼人の少女は冷静な表情でそう言った。

「この辺りにも、ダイアウルフがいるかもしれないわ。そんな状況で夜に進むのは危険すぎるのよ」

 突き出た丘の頂の麓を背にし、松明と枯れ草で起こした火を囲んでいた。

 夕食は、例に漏れず、ビスケットのようなパンと、干した肉と干した果物であった。冒険をしていると、葉物野菜が不足しがちになる。便通の面でもそうだが、あの瑞々しいシャキシャキ感が、レイチェルはとても恋しくなるのだった。

 ふと、ティアイエルとライラが顔を上げ、斜面の上の方を同時に振り返った。

「どうしたのです?」

 依頼人のレイムが尋ねると、ティアイエルが首を横に振った。

「何でも無いわ」

 そう答えながらも、ティアイエルとライラは互いに目配せし合っていた。

 気になって、レイチェルが尋ねようとすると、有翼人の少女は言った。

「見張りを決めるわよ」

 深夜までの見張りと、翌朝までの見張りで、全てティアイエルが決めた。レイチェルはサンダーと共に最初の見張りを担当することとなった。



 三



 依頼人のレイムも、ティアイエルもライラも、毛布で身体を覆い、眠りについていた。

 レイチェルは焚き火を挟んでサンダーと向かい合っていた。

 最初こそ、眠りに着く三人を気遣い、声を出さなかった。しかし、しばらく時間が経つと、自然に流れていた心地よい沈黙の時が失せ、唐突に喋り出したい心境に駆られていた。

 サンダーと二人だと、あの森と洞窟の冒険をどうしても思い出していた。

「ねえ、姉ちゃん」

「あのね、サンダー君」

 二人は互いに顔を見合わせ、そして会話の主導権を譲り合い、結局はサンダーが喋ることで落ち着いた。

 サンダーも、レイチェルと思いが一緒だったようで、あの時の冒険の事を話し出していた。

 ウディーウッドからの出発に始まり、ペトリア村の襲撃と、そこから二人で街道を行き、裏切ってヴァンパイアの手先となった警備兵から必死にシャロンを連れて森へ逃げ込んだことと、洞穴で一夜を明かしたこと、スキュラにヒュドラと、話しは小声だが弾んでいった。

「イーレがいなかったら、たぶん、いや絶対俺達駄目だったよね」

 サンダーが感慨深げにそう言い、レイチェルはその通りだと頷こうとした。

 不意に、頭上を風と地を蹴る音が過り、焚き火の前に幾つかの人影が舞い降りた。

 思わぬ事態にレイチェルは、凍り付き、焚き火に照らされる来訪者達の姿を仰ぎ見るしかなかった。

 相手は六人いた。頭巾と覆面で顔を覆い、外套で身を隠していた。

「何だ、お前らは?!」

 サンダーが声を上げると、相手は無言で、しかし荒々しく外套の下から剣や手斧を抜き出した。

「悪いが、死んでくれや!」

 相手の一人が声を上げ、レイチェルに斬りかかって来た。

 と、彼女が我に返る前に、ライラが跳ね起き、疾風を巻き上げながら毛布の乗った得物を突き出した。

 それは相手の一人の腹を貫いていた。

「お見通しよ!」

 ティアイエルも起きていて、短槍を構えていた。

「お二人の様子、こういうことだったのですか」

 依頼人のレイムも立ち上がり長剣を素早く抜いて身構えていた。レイチェルとサンダーも慌てて腰を起して後に続いた。

 敵は六人だと思っていたが、焚き火の帯が更に二人の足を照らし出していた。

「こうなりゃ、自棄だ、やっちまえ!」

 相手が飛び出して来るが、ライラが前面に跳躍し、数人を纏めて薙ぎ払っていた。

「姉ちゃんは依頼人を護って!」

 サンダーは迎撃に躍り出ながらレイチェルにそう言った。

 しかし、乱戦の中、レイムは既に敵と対峙しており、一刀のもとに敵の身体を袈裟切りにしていた。

「どうなってんだ、女子供ばっかりだろう!? こいつら強いぞ!」

 敵の三人が慌てて後退した。するとレイムがすかさず追撃をかけていた。

 青い鎧を身に纏う少女の剣は、しかし、空を斬っていた。ここぞと敵の一人が反撃し、レイムを蹴倒し、剣を突き下ろそうとした。

 だが、重い風の唸りを上げ、ライラの長柄の得物が横合いからその首を打ち砕いていた。

「ちいっ、逃げろ!」

 残る二人が逃げ出したが、ティアイエルが槍先を繰り出すと、そのうちの一人が急に身を停止させていた。

「う、動けねぇ……」

 相手はそう言った直後、まるでトロルの腕にでも、上から押し付けられているかのようにして地面に突っ伏していた。

「ジミー、頭巾を剥いで。そいつは動けないから」

 ティアイエルが言い、サンダーは倒れる相手の頭の上に屈み込み頭巾を取った。

 ライラが燃え上がる木切れを、相手の傍に落とすと、男の顔が明らかになった。

 相手は中年の男のようであった。火の灯りではそれが西方人か、東方人か、肌の色は判別し難かった。

「どうなってやがる。木の下敷きにでもなってるみてぇだ」

 敵の男はそう呻いた。

「闇の精霊の力よ」

 有翼人の少女は凛とした声でそう応じた。

 するとレイムが男の傍へ歩み寄り、喉元に剣の切っ先を向けて鋭く尋ねた。

「あなた達は何者です? 何が目的でこのような行為に及んだのかを、正直に白状しなさい。さもなければ、領主ソウ・カンの名代として、娘のレイムがまずはその耳から削ぎ落とします。さあ、正直に吐きなさい!」

 すると男は観念したように口を開いた。

「俺達はただのゴロツキだ。どいつもこいつも、村の宿で初めて顔を合わせた連中ばっかりだ。アンタがやたら羽振りがよさそうだったからよ」

 男はレイムを振り返ってそう言った。レイチェルも今更ながら、昨夜大勢の前で、あれだけの大金を広げたレイムの行動は迂闊だったのだと悟った。

 するとレイムは溜息を吐き、冒険者達を振り返った。

「私の軽率な行動が招いた災厄だったようです。面倒を掛けました」

 しかし、彼女は再び男を見下ろすと言った。

「しかし、だからといってあなたの罪が消えるわけではありません。近場の町の警備兵に身柄を引き渡すとしましょう」

 すると男は慌てて懇願した。

「ちょ、ちょ、ちょっと、待ってくれ! こんな身だが、俺にも小さなガキが二人いるんだ。母親は死んじまった。俺がいなくなったら、あいつらの面倒を誰が見てくれる? 独房に放り込むのだけは勘弁してくれ、これからは真っ当な仕事を見つけて精を出す。税金だってしっかり納めるからよお」

「しかし、罪は償わなければなりません。それとも、ここで腕の片方を切り落として、決着としましょうか? 未遂とはいえ盗みは、利き腕では無い方の腕を切り落とすことで、罪を償ったことに相当します。それがこの領内の決まりです」

 するとサンダーが青い顔になって恐る恐る尋ねた。

「洞窟とかで拾ったお宝は?」

「それは裁きの対象にはなりません」

 レイムはさらりとそう答え、トレジャーハンターを名乗る少年はホッと胸を撫で下ろしていた。

「さあ、どうします?」

 レイムがそう尋ねると、レイチェルは進み出て、彼女に言った。

「この方は心を改めるとおっしゃいました。一度だけでもその心を信じて上げてもよろしいのでは無いですか?」

 彼女は、かつて出会った盗賊の男、デレンゴのことを思い出していた。彼は悪行を重ね、時に非道な行いをしていたかもしれない。だが、最後に彼は目立った徳こそ積む機会はなかったが、決して悪人ではなくなっていた。

 不意にデレンゴの死ぬ間際の言葉が脳裏を過り、彼女の身を震わせ、あやうく涙を零すところであった。

「悔い改めたいと言うならば、誰かがその心を信じて応援してあげなければ、その方はずっと救われないままです」

 レイチェルの訴えに、レイムは思案顔を浮かべる間も無く首を横に振った。

「いえ、これは法の定めです」

 少女はそう言い切った。

 レイチェルが食い下がろうと口を開き掛けた時に、遠い草原のどこかに、一筋の狼の遠吠えが響き渡った。

 一同は顔を色を変えていた。するとライラが落ち着いた声で言った。

「私もレイチェルの意見に賛成だ。ならば、この男を我々の旅に同行させて、その本質を見極める機会としたらどうだ。どうやら、この草原には野獣の気配があるようだからな。戦士は一人でも多く欲しいところだ。それにその男の言い分が本音なら、少なくとも二人の子供の事を真剣に愛してはいるのだ。子供には親が必要なものだと私は思う」

 レイチェルは感激して彼女を見た。

 レイムもまたライラを見詰めて、そして頷いた。

「良いでしょう。わかりました」

 レイチェルとライラは微笑みあっていた。

「あなた、名は何というのですか?」

 レイムは男に問い質した。

「オルティーだ」

 男は呻きながら答えた。

「では、オルティー殿、あなたには我々の旅路へ同行してもらいます。その過程で、あなたは罰を受けずに許すに値する人なのかどうかを判断します。構いませんね?」

「あ、ああ、勿論だ! どんどんこき使ってくれ」

 オルティーは必死な声で答えた。

 ティアイエルが精霊魔術の拘束を解くと、男はゆっくりと身体の感覚を確認する様にして起き上がった。厳しい表情を浮かべてその様子を見詰める者もいる中、オルティーは恐縮しきった様子で尋ねてきた。

「武器はどうする? 俺が持ってちゃ、やっぱり不味いよな」

 そう言って男は足元の二本の手斧をこちらへ蹴って寄越した。

「神妙でよろしいです。これは私が預かります」

 レイムは斧を拾い上げた。するとティアイエルが言った。

「それで、アンタは領主の娘だったわけね?」

「そのとおりです。素性は隠し通すつもりでしたが、あそこまで名乗った以上はそういうわけにもいきませんね。東の領主ソウ・カンは、私の父上です。ただし、血は繋がっておりませんが」

 するとオルティーが言った。

「そういえば、以前に、伯爵の娘が海賊どもを一網打尽にしたとかいう噂を耳にはさんだ事があるが、その勇猛な娘ってのは、アンタのことだったんだな」

「さすがに私一人の力ではありませんよ」

 レイムは淡々とそう返答した。



 四



 翌日、陽が出る前に一行は再び歩みを進めた。

 ゴロツキ共の遺体は、埋めるには時間が掛かり過ぎるため、そのまま野ざらし状態である。

 おそらくはダイアウルフ達が嗅ぎ付けてしまうだろう。だが、レイムは、ここで、薬を必要としているのが父である領主のソウ・カン伯爵であることを告げた。そのため、どうしても急ぎたい旨を強調したのであった。

 ちなみに朝の光の中で、オルティーは、浅黒い肌の東方人であることが判った。

 広大な草原をレイチェル達は歩いて行く。道のりは時に丘があったりもしたが平坦なものであった。

 それから夜は休み、朝は早くに出発し、そして三日目の夜となった。

 適当な場所が見当たらなかったため、その日は草原の真ん中に火を焚き、全員で囲んでいた。

 簡単な食事も済み、見張り番を決めようとした時だった。

 近くで狼の吠え声が上がり、一行の間に緊張が走った。

 その日は風の強く吹き荒る晩で、焚き火の炎は幾度も危なげなく傾き引き伸ばされていた。

「囲まれていますね」

 そう言ったのはレイムであった。

 レイチェルは慌てて周囲を目を凝らして見回したが、どこにも狼の影を見る事はできなかった。サンダーも、オルティーも同様のようだが、ティアイエルとライラは、まるで野獣の姿が見えているかのように、暗闇の一点を睨んでいた。

「今日は眠るのは無理だね」

 サンダーが言うと、レイムが二本の手斧をオルティーに差し出した。

「い、良いのかよ?」

 オルティーが驚いて東の領主の娘に尋ねた。

「構いません。それにここで反逆したところで、狼達からは逃げられませんよ」

 レイムがそう言うと、オルティーは反逆などとんでもないと、否定しつつそれを受け取った。そして直ぐ傍で狼が遠吠えを上げると、彼は小さく悲鳴を漏らしたのだった。

 今宵は全員で不寝番をすることになるだろう。レイチェルがそう思った時、突如として焚き火の炎が膨れ上がった。

 それは聳える紅蓮の大木となり、そこから伸びる真っ赤な炎の枝枝は夜空を這うようにして張り巡らされてゆく。

 そしてその灯りは、包囲する狼達の姿を照らし出すや、野獣はまるで戦慄したかのように甲高い悲鳴を上げて脱兎の如く去って行ったのであった。

 こんなことをできるのは、あの人しかいない。

 レイチェルがティアイエルを見ると、有翼人の少女は振り上げていた槍を、溜息と共にゆっくり下ろした。すると、その動きにつれて闇の中に稲妻のように張り巡らされていた炎の枝は瞬く間に太い幹へ呑まれてゆき、元の焚き火の灯りへと姿を変えたのであった。

「羽の嬢ちゃん、あんたの仕業か。魔法なんて初めて見たぜ」

 オルティーが驚愕と、感激に目を見開いて言った。

「いえ、魔術師のものではなく、精霊魔術ではないですか? 私も初めて見ましたが」

 レイムが冷静な口調で問うとティアイエルの代わりにサンダーが自慢げに答えた。

「そうだよ。姉ちゃんは精霊魔術の使い手なんだぜ」

 すると有翼人の少女は咳払いをし、澄ました態度で言った。

「ま、このぐらいは当然よ」



 五



 広大な草原に大きく隆起した台地が見えてきた。

 そして正午過ぎに一行はようやく霧の台地に足を踏み入れていた。

 霧の台地とはいうが、そこには微塵も霧は掛かっていなかった。ただ、眼下に広がる草原とは違い、木々の鬱蒼と生い茂る場所であった。

 レイムがホウジュウの葉を取り出し、冒険者達へと見せた。

 外側に深い切れ込みの続く特徴的な葉であった。

「これがホウジュウの葉です。私が求めているのはその根です。この機会ですし、多めに採集しようと思います」

 冒険者とオルティーがマジマジとそれを見て、目に焼き付けようとしたが、ライラだけは違った。

 もう覚えてしまったのだろうか。

 そこでティアイエルが告げた。

「二手に分かれるわよ。アタシとジミーは、依頼人に同行するわ」

「では、私とレイチェルがもう一組だな」

 ライラはレイチェルの肩に優しく手を置きながら言った。

「で、俺はどうすれば?」

 オルティーが戸惑い気味に口を開くと、レイムが言った。

「あなたの働きを私が見届けなければなりません。私達の方に来て貰いましょう」

 そういうことならば、この組み分けは妥当なのかもしれない。レイチェルはそう納得した。

 一行は二組に分かれて、探索に移った。今日はここで夜明かしをすることになったため、太陽が夕暮れ間近のギリギリになるまで探索は続けられることとなった。

 レイムはホウジュウの葉を二枚持っていたので、片方をレイチェルに預けたのであった。

 ギザギザの葉を真剣に凝視しながら、レイチェルは草藪の葉を丹念に調べていった。

「私は向こう側を調べよう」

 ライラがそう言ったので、レイチェルは顔を上げて応じた。

「これどうしますか? 持ってゆきますか?」

 レイチェルがホウジュウの葉を差し出すと、ライラは首を横に振った。

「大丈夫だ。ホウジュウの葉がどんなものかは知っている。昔、よく使っていたのだ。ホウジュウの根は、他の材料と煎じると強力な熱冷ましになるのだ。昔はそこら辺にもよく生えていたものだがな」

 そう言うとライラは反対側の茂みへと踏み行ったのだった。

 レイチェルは探し物を続けた。茨の棘に服が引っかかったり、ザラザラした細長い葉に触れて切り傷も拵えたが、彼女は夢中になってギザギザの葉を探していた。

 そうして随分探したが、成果は芳しくなかった。

 彼女は空を見上げ、枝葉の隙間に見える太陽が傾いて来たのを確認した。日が落ちる前にせめて一つぐらいは見つけたかった。そうでなければ、冒険者の名折れでもある。

「何を探しているのだ?」

 あまりに没頭していたため、レイチェルは背後に近付く草を踏み分ける音すら聞こえていなかった。

 その聞き覚えの無い涼やかな声に彼女は吃驚し、弾かれたようにして振り返った。

 そこには白い神官の衣装を身に纏った、金色の髪の線の細い男がいた。

 一瞬レイチェルは見覚えの無い相手だと思ったが、彼女はすぐに思い出していた。この男は間違いなく、洞窟で出会った、竜にその身を捧げた、邪悪なる神官ベルハルトに違いなかった。

 彼女が愕然としている間に、相手はこちらの手にしているホウジュウの葉を見て言った。

「ホウジュウの根を探しているのか。誰か熱にうなされている者でもいるらしいな」

 そして神官の男は一点を指し示した。

「どうやらお前は愚かにも見過ごしていたようだ。そこにホウジュウの茎が生えている」

 その態度に、レイチェルは自分の見間違いだろうかと訝った。他人の空似ではないだろうか。考えてみれば、そうだ、あの男は竜に食べられたのだ。しかし、レイチェルは尚も思い出していた。洞窟の地下に、ライラとこの男のホムンクルスがあったことをだ。

 このベルハルトは、また違うホムンクルスの男という可能性もある。だから、面識の無い自分に対して、こうして親切なのかもしれない。

 レイチェルはホウジュウの葉が伸びているところに行くと、その根元を手で掘り始めた。

 神官の男は、ただその様子を見続けている。腰に長剣を佩き、左手には何やら草の生えた妙な鉢植えを手にしている。その様が滑稽にも見え、邪悪なる竜を復活させた男とは程遠い印象を与えた。

 作業を進めながらレイチェルは考えを決めていた。この男は、ベルハルトに違いない。ただし、別のホムンクルスだろう、と。

 青っぽいホウジュウの根を綺麗に引き抜くと、レイチェルは相手を試すべくひとまず声をかけてみた。

「ありがとうございました」

「礼など無用だ。しかし、奇遇だ。あの洞窟以来だな小娘」

「やっぱり、あなたは!」

 レイチェルは慌てて身構えた。

 だが、相手は冷笑すると言った。

「命を粗末にするな小娘、私の剣は片腕でも最強だ。その鈍器と、お前が内側に纏っている鎖鎧ごと優に叩き切れるだろう」

「命を粗末にするなですって!? あなたが蘇らせた竜は、グスコムの町を目茶目茶にしました! 多くの人が犠牲になりました! そんな人が、命を粗末にするなだなんて!」

 レイチェルがたまらず叫ぶと、相手は言った。

「そうか。あの町はグスコムと言うのか」

 レイチェルは身体中が怒りで熱くなったが、冷静に自分に訴えた。軽率な行動は命取りになる。おそらくは、相手は言うように相当な剣の使い手に違いない。

「多くの血肉を食らい、数多の魂を啜り、邪竜デルザンドは大いに満足していた」

 その嘲る様な言葉に、レイチェルは怒りを堪え切れず、鈍器で打ちかかって行った。

「ウワアアアッ!」

 しかし、相手が動いたと持った時には、こちらの腹部に敵が突き出した剣の鞘に深々と穿たれていた。

 強烈な苦しみに、彼女は堪え切れず突っ伏した。立たなければやられるというのに、身体は言う事をきかなかった。

「レイチェル、どうかしたのか?」

 ライラの声が聴こえた。

「レイチェル!」

 そう呼ぶと、ライラは彼女の隣に駆けつけてきた。

「貴様、何者だ。レイチェルに何をした!」

 レイチェルが立ち上がると、ベルハルトは含み笑いを漏らし、ギラついた眼差しでこちらを見た。

「これも我が信仰する闇の神の加護なのやもしれん」

 するとライラは絶句した様に言った。

「お前は……ベルなのか? ベルハルト?」

「そうですよ、姉上。私はあなたを探していた」

 ベルハルトが応じ、レイチェルはただただ驚愕した。

「ベル、お前まで、蘇ってしまったのか……」

「ええ、姉上。我らを迫害し、殺戮した、この地に生きる敵共を討ち滅ぼすために、私は蘇ったのです」

 そうしてベルハルトは右腕を差し出した。

「私と共に行きましょう。今度は我々がこの地に殺戮と混沌を呼ぶ番です」

「馬鹿な、ベル! もはや、そんなことをしても意味は無い! 私と共に来い、我々はこの世界の人々と生きながら新しい道を探し出し歩んで行くべきなのだ! 行こう、ベル!」

 ライラが諭すように言うと、ベルハルトは手を引っ込めた。

「やはり駄目か。姉上は、またそのような態度を取られる。あの時と同じだ。ならば、致し方ない」

 ベルハルトは鉢植えを突き出すと、もう片腕でそこに生えている植物の青々とした葉を乱暴に引き掴んだ。

 次の瞬間、土塊を撒き散らし、植わっていたものが姿を現した。

 それはおぞましい人の首のようであった。しわしわの茶色の球根に、二つの目のようなものがあり、尖った牙のはみ出た大きく引き裂かれた口がある。

 スキュラに似ているとレイチェルは思った。

 するとその植物は、口を大きく開いてズルズルと音を立てて空気を吸い、そして声を響かせた。

 それはとても低いおどろおどろしい歌声であった。

 レイチェルはその歌に聞き覚えがあった。そして一気に緊張した。ラザ・ロッソの迷宮でライラを操った呪われた歌に違いなかったのだ。

 彼女が隣を見るや、ライラは武器を取り落とし、そして苦しげに呻き頭を抱え込んだ。

「ライラさん!」

 レイチェルは慌てた。このままでは、あの時と同じく、ライラが我を見失ってしまう。早くあの植物をどうにかするしかない。

 彼女が意を決してベルハルトに殴りかかると、見えないほど速い相手の剣の鞘が彼女の首を打ち据えた。

 意識が飛びそうになったが、どうにか踏み止まり、再び相手に向かっていた。

 今度は腕を叩かれ、武器を取り落とし、胸を突かれて彼女はよろめいた。

「邪魔をするな、小娘。次はその首を真剣で打ち落とされると思え」

 相手は剣を鞘から引き抜き、憤怒の形相でこちらを睨み付けた。

「そうは……させないっ!」

 ライラがゆっくりと身体を但し、そして得物を拾うや、掲げられた植物を一閃し、真っ二つにしてみせた。

 呪いの歌は止んだ。

「このような小細工、やはり、あてにはならなかったか」

 ベルハルトは歯噛みする様に言い、残った植物の上半分を放り捨てた。

 ライラは息を整えながらベルハルトに言った。

「ベル、駄目だ。このレイチェルは私の妹だ。傷つけないでくれ」

「い、妹ですと!?」

 ベルハルトは驚愕に目を見開き叫ぶと、憎悪に歪んだ双眸をレイチェルに向けて声を上げた。

「貴様、よくも馴れ馴れしくも、図々しくも、姉上の妹などに!」

「ベル、お前も私の弟だ! そうだろう!」

 ライラは武器を捨て両腕をいっぱいに広げて声を上げた。

「姉さんと一緒に来い、ベルハルト! 私の仲間達がお前を必ず迎え入れてくれる! そして私達姉弟の行く末を必ずや導いてくれるだろう! さあ、おいで、ベルハルト」

 レイチェルは傍で姉弟の行方を見守るだけであった。

 一時の静寂の後、ベルハルトの足がライラの方に一歩、二歩と近付いて行った。

 姉と弟は打ち解けた。そう思ったが、ベルハルトはその足を慌てて戻した。

「い、いや、姉上、私達は鉄槌を下さねばならぬのです! あなたは、忘れてしまったのですか、大陸中の人々が我らを敵と追い詰めた。父上のアイル・ロッソも死んだ! 母上も、シュタイナーも死んだ! いいや、奴らに殺されたも同然です! それを、そんな風にした者どもの子孫と手を繋ぎ合い、妹と呼んでいる! どうしてなのです? 私には信じられない!」

 ベルハルトは狼狽するようにそう言うと、鬼気迫る勢いで剣を振り向けた。

「ベル、落ち付け!」

 ライラがその名を呼ぶと相手は叫んだ。

「黙れ! わ、私の名前を呼ぶな! 呼ばないでください姉上……」

 すると、ベルハルトの身体が突然消えた。

 もう行ってしまったのだと、レイチェルは思った。

「何故なのだベル……」

 ライラはがっくりと膝をついていた。

 レイチェルはその様子を心配し眺めているしかできなかった。

 やがてライラは立ち上がった。

「レイチェル、すまなかったな。ホウジュウの根を探そう……」

 レイチェルは頷くしかなかった。

 

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