夢の夢の夢
運を使い果たした。
などと言う人がたまにいるが、この言葉は案外的を射ていると僕は思う。
人の運というものはキャッシュカードのようなもので管理されており、何か良いことが起こる度にその残高が減っていく。
僕はそんな事を本気で信じていた。
ある朝目を覚まし食卓に降りていくと、何かがいつもと違った。
その違和感が何なのかは分からないが確かに違った。
今日は何もかも上手くいく。
根拠はないがそう感じた。
食卓に出されたお茶には茶柱が三本も立っている。
ご飯にかけようと割った卵からは黄身が二つ出てきた。
これまでの人生では何一つ良い事などなかったが、どうやら溜め込んできた運を一気に使う時が来たようだ。
朝食を食べ終わったところで愛犬のジローが走り寄ってきた。
僕は毎朝学校に行く前にジローを散歩させている。
この日はジローの様子さえ違った。
いつもは僕の横を大人しく歩いているジローが突然走り出したのだ。
少し焦ったが、僕は運に身を委ねる事にした。
しばらく走った所でジローが立ち止まり、僕の方を向いて一声吠えた。
僕はその足元に一万円札を見つけた。
交番に届けると、落とし主のおじさんが居て僕のことをすごく褒めてくれた。
今時こんな真面目な若者はいないとか何とか。
おじさんは僕に一万円札を渡し上機嫌で去っていった。
この日学校は休みになった。
何でも学校中の先生が全員風邪をひいて寝込んでしまったらしい。
こんな事が次々と起こっても僕はあまり驚かなかった。
何てったって今日は最高についてる日だ。
こうなる事は分かっていた。
僕はそのままパチンコ店に入った。
ギャンブルなどやった事はないが、今日は負ける気が全くしない。
数時間後、僕はパチンコ店から出てきた。
手には数十万円の金を握りしめて。
しかし僕は冷静だ。
今日はついてるんだからこれは当然の結果なのだ。
次は何をしようか。
競馬か、競輪か。
いや、そんな下らない事に運を使いたくない。
もっと大きい事をしよう。
僕は家に帰り、パソコンを立ち上げて株取引を始めた。
一時間と経たない内に僕は巨万の富を手に入れた。
これも当然だ。僕は驚かない。
少し目が疲れたから庭に出た。
何となく庭に生えている雑草が気になったのでスコップで掘ってみると、途端に黒い液体が地面から吹き出した。
すぐに警察に連絡したが、警官より先にマスコミの人が大勢駆けつけた。
僕は石油王としてテレビに出ることになり、世界中の人を驚かせた。
みんな何をそんなに驚いているんだろう。
僕は今まで一度も使ってこなかった幸運をただ使っているだけなのに。
ニュース番組の収録を終え、テレビ局の廊下を歩いていると突然呼び止められた。
振り返ると、僕が昔から憧れていた女優のT子が立っていた。
「私と付き合ってください!」
いきなり憧れのT子に告白され、さすがに驚いた。
本当に今日はついている。
「もちろん」
僕は出来るだけ低く男らしい声で答え、T子を抱き締めた。
………そこで目が覚めた。
ええぇぇぇぇえ!!!???
まさかの夢オチ!?
僕は愕然とし時計を見た。
遅刻だ。
慌てて身支度をし、食卓へ向かう。
どれだけ急いでいても朝食は抜かない主義だ。
起こしてくれなかった母親に文句を言いながらお茶を飲む。
茶柱など立っていない。
皿に割った卵は………腐っていた。
どうやら僕は夢の中で運の残高を使い果たしてしまったらしい。
これからの人生に絶望し、ガクリと肩を落とす。
愛犬のジローが走り寄ってきて、僕の足の上に強烈に臭い糞をした。