なんばー60 気づかない子
先程オーブンから取り出したばかりの熱いスポンジを取ると、型から外して広い皿へと落とした。銀色の型は熱く、防熱用にタオルを挟んで持っていたが火傷しそうな程の熱が指先に伝わり、一時的にその感覚を過敏にさせる。
それに慌てたクラウドはそれら全てを放り投げると、熱くなった手で自身の両の頬を包んだ。
「大丈夫? クラウド・・・・・・」
「え・・・だ、大丈夫! ちょっと熱かったけど、ほらちゃんと焼けてる」
横から覗き込んできた架那に一瞬びくりと肩を震わせるが、その心配そうな表情にスポンジを置いた皿を押し出して笑ってみせる。
「本当だ、綺麗に焼けてる!」
そう言ってふわりと微笑む架那に、クラウドは胸を撫で下ろした。
「これなら、クリームも上手く乗るかもしれないね」
「そうだね。・・・あ、クラウドこれ使う?」
「何それ・・・あ、クリーム搾り出し袋? それはまだ後で大丈夫だよ」
架那の差し出すビニール地の袋を受け取りながらくすくすと笑うクラウド。
そして顔を俯け、眉根を寄せて小さく唸った。
「・・・次、僕の番?」
言って顔を上げてみると、真剣な顔をした架那が大きく頷いた。
「私だってここに来るまでの事ちゃんと話したんだから、クラウドも最初に約束した通り話さなきゃ!」
「そう、だよね・・・・・・。でも多分長いし、所々あやふやかも・・・・・・」
「大丈夫だよ、私だって何があったか分かんない時、あったよ」
「……うん」
思い出す記憶の所々が曖昧なのは未だ15年しか生きていない子供の為であるが、それを辛く思い詰めるクラウド。
だがやがて顔を上げると、頷いた。
「僕ね、生まれはこの実験塔なんだ。お母さんは僕を産んで直ぐに亡くなっちゃったんで憶えてないんだけど…それから、お父さんが実験塔の中で被験体として生きるのは嫌みたいで逃げ出したんだ」
クラウドにしては珍しく、言葉の間に沈黙はない。時折思い出すように見上げては必死に反すクラウドに感心しながらも、架那は身乗り出し真剣に話を聴く。
「それから…えと、サンタニアっていう国があるんだけど、そこで僕は地元の孤児の人達に会ったんだ。同じ年位の人…僕は15歳なんだけど…その人達がこの国は自立するのにぴったりだって。僕は…10歳位の頃に怪我して右目が見えなくなったんだけど、しばらく経った今でも遠近感がつかめなくてだらしなく躓いたり転んだりするんだ。それを直したくて…お父さんに黙って、家出みたいに出て行ってみたんだ」
段々と疲れてきたのか恥ずかしくなってきたのか、文章の節目節目で言葉をつっかえ始める。神経質な人なら途中で会話を放棄しているだろう。
「何にも言わないで半年位してからここの人達に捕まったけど……」
「でも、自立って言ったって孤児の人達と一緒で大丈夫だったの?」
「え…うん、その人達は生まれたばかりの頃に親に捨てられて他の孤児の世話になったり、最初から孤児の子供だったりして名字がなかったんだ。そこで僕がクラウド・セルフィードって名乗ったら凄く珍しそうに、でも優しくしてくれたんだ」
「ん…そうなんだ……」
クラウド・セルフィード。
その単語を出して思案顔になる。始め自己紹介した時もそうだ。何かを思い出そうとするように顎に手を当てて眉を顰めている。
「あ…あの…架那……? 僕の名前がどうかしたの? …えと、クラウド・セルフィード……」
また自分の名前を繰り返して様子を見て見るも、更に唸って考えに耽った。何かの重要性があるのかとオロオロと見つめていると、口の中でぼぐつかせるように架那が小さく呟いた。
「セルフィードって…聞いた事あるんだけど…クラウド、何か知らない?」
「えっ……僕の、名字? ちっ、違うのっ!?」
「名字…名字…誰か…誰かの……」
更にびくつくクラウドもそっちのけで、架那は ますます考えに耽る。
セルフィード。聞いた事がある。どこかで。どこで。実験塔。実験塔の……。
「オリジナルナンバー!!」
「ふぇっ!?」
1つの記憶と結び付き、勢いで立ち上がった弾みに椅子を床に倒し転がす。脅えるクラウドにぐっと顔を寄せると、興奮したように勇ましい顔で言った。
「オリジナルナンバーの中で一番強い、名前のない人よ、セルフィードって!! 今は長期任務に出てるって公式には出されてるんだけど、これまで1度実験塔から脱走して捕まった人だから実はまた脱走してるんじゃないかって噂の人!! 名前がないのは色々理由があるらしいけど、親の名字だけをとってセルフィード、もしくはNo.0117って呼ばれてるの!! 実際会った事がある人が凄く少ないから架空の人物のようだけど、No.0118様と1つしか番号の変わらない親友だったそうなの!!」
クラウドと同じ口下手だった筈の少女が、まるでガトリング並みの速さや勢いや声量で、子うさぎのように椅子の上で丸まって震える少年に一息に熱く語った。
自分が喋った分と目の前にいるクラウド・セルフィードという存在に新しく興味が湧いたのか、まるで不思議なものを見るような子供独特の視線でまたクラウドに詰め寄る。
「実験塔の中では伝説の人よ、セルフィードって人は!! クラウド…何か関係あるの、その人と!?」
ひ弱な子うさぎを徹底的に虐めるかのように興味の視線は熱く、キラキラと強く輝いていた。
お久しぶりです、大分長らく放置してしまいました!
高校に入ってからはあまりパソコンを触る機会がなく、中々更新出来ずにいました; 今は一応情報の授業中に先生の目を盗んでタイプしていますが…;
次話から始めるあとがき連載、幼児連載に決まりました! 一回毎の話自体は少ないですが、そちらもどうぞ見てやってくださいませ〜^^