なんばー53 寝る子
数分後。
クラウドはグレイの腕の中、泣き顔のままで眠りについた。
寝息をたてるその瞬間まで様子を窺っていたグレイは、動かなくなったその体を抱いてそっと寝室に運び、静かに横たえさせた。
「泣き疲れて寝るなんて・・・・・・。この子は確か、15歳くらいの筈じゃ・・・・・・」
ため息を吐きながらも毛布を掛けてやり、音をたてぬよう部屋から出て行った。
その時ようやくこの日まだ服を替えていない事を思い出し、シャワーついでにアイロンのかけられたYシャツに着替えた。
そして、不意に鳴り出すグレイの通信機器。常に音は出さない為、振動がその存在を知らせる。
「こちらNo,01・・・ああ、オズワルド博士でしたか。どうかしましたか? こんな夜更けに・・・・・・」
『コンバンハ、イチハチ君〜♪ どうだい? イチナナ君の弟君は〜』
快活で独特なその声の持ち主は、実験塔内では薬品マニアで有名なオズワルド・ゴードン博士だった。オズワルドの実験室からはよく妙な効果音や悲鳴、笑い声が漏れてくる為、周囲では変人として認知されている。
「どう、と言われましても・・・・・・人見知りの激しい、ただの子供でした」
『へーぇ、じゃあイチハチ君の期待には添えなかったんだね〜、その子』
「・・・期待?」
『あレェ? 違うの?』
グレイの短い問い返しに素っ頓狂な声を上げると、オズワルドは楽しげに笑い出す。
『いやぁ、皆がね、言ってたんだぁ。イチハチ君がわざわざ自分の部屋で預かると直々に言うもんだから、きっと特別な存在なんだろう、ってさ』
「そんな事でしたか・・・・・・。深い意味なんてありません、興味ですよ」
『興味ィ!? イチハチ君がイチナナ君以外に興味を持つのは随分と珍しいねェ!! ・・・あぁ、そういえば弟君はイチナナ君の弟だから弟君なんだっけか。何、親族の観察かい?』
長くなりそうな話の内容に、グレイはクラウドがいる寝室へ視線を向けて通信機器を持ち直した。
「それもありますが、主には絶対記憶の抗剤を投与されていない者の観察です」
『絶対記憶ッ!! アレは、凄く面白い薬だよねェ。人の記憶に残らない、なんてさ。気になるよね〜! なのに、いくら頼んでもウェル博士はサンプルをくれないんだ』
オズワルドがウェル博士と呼ぶのは、よくグレイと連絡を取る実験塔で一番の実力者、ウェルド。
世界開発兼実験団体の社長でもあるウェルドは、新しく質の良い薬の開発から他の食品を取り扱う班の指示、オリジナルナンバー達の任務の指令など、実験塔を支える要となっている。
通常では考えられない程多忙な生活ではあるがそれでも共に働く人間との連絡や会話などは欠かさない。グレイ自身も任務中や個人的な要望などがある時には必ず連絡を取るが、出ない事はほとんどなく、よく世話になっていた。
「えっと・・・恐らく薬品を扱うオズワルド博士と人体に直接影響する薬を扱うウェルド博士という違いの為、サンプルを譲ってもあまり結果を出せないと判断したのではないのでしょうか?」
『そうかなぁ〜? 被験体さえいっぱいくれたら、僕だってできるかも知れないのに』
「・・・・・・」
『にしてもさ、会ってみたいな〜♪ イチナナ君の弟君に・・・っとと、忘れてた。イチハチ君にウェル博士から伝言だよ。明日、明後日はイチハチ君が任務で弟君を見れないだろうから、朝までには代わりのお手伝いさんを行かせるから、だってさ』
「お手伝いさん・・・・・・? ・・・ああ、伝言ありがとうございました」
『イヤァ、ウェル博士には急ピッチで伝えてくれって言われたんだけど、ちょっとお喋りが過ぎたみたいだねェ。イチハチ君も明日は任務みたいだし、今日はゆ〜っくり眠って備えなよね〜♪』
「お心使い感謝します。それでは」
『うん、バイバーイ!!』
始めと同じく快活で独特な喋り方で別れを告げるオズワルド。
会話の大半がオズワルドのお喋りを占めた電話はようやく切られ、既に疲れきっていたグレイは盛大な音をたてて真横にあったソファに倒れ込んだ。
「明日の任務の詳細・・・博士に・・・聞かないと・・・・・・」
やらなければならない事などいくらでもあるのに、重い瞼は段々と閉じていく。
柔らかなソファの上で沈んでいく意識の中、グレイは自分でも気付かぬうちにポツリと呟いた。
「ロバー・・・と、貴方の弟は・・・・・・」
貴方の弟は、貴方が小さかった頃によく似ていましたよ。
他の人や博士にはほとんど懐かず、でも私を含む一部にだけは心を許していて。
・・・まあ、ロバートはクラウドさん程極端ではありませんでしたが。
ロバート、お願いです。できるだけ早く、クラウドさんを拐いに来てください。
あの子は実験塔や私の元にいるべきではないんです。まだ子供、ルーディーさんや貴方と共にいるのが一番だと、私は思っています。
どうせ、私は懐かれてもどうすればいいのかも分かりませんし、何よりこのままでは本当に、私の弟として側にいさせたくなってしまいます。
私はあの子を逃がしてはやれないから。
どうか、クラウドさんの兄であるロバートが・・・――