なんばー52 人見知りな子
数十秒後。
「あ・・・あの・・・グレイさん、大丈夫ですか・・・・・・?」
「少しだけ・・・ほんの少しだけ、殺意が芽生えました」
「・・・ごめんなさい・・・・・・」
真っ青な顔でソファに座り込んでいるグレイに、泣きそうな顔で肩を落としたクラウドが謝った。
だが、グレイは聞いているのかいないのか、大きなソファに背と頭を沈めたまま動かない。
あまりにドジな事を繰り返す自分に嫌気がさしたのか、それともこんな自分を引き取った己の無責任さに嘆いているのだろうか、どちらにしても、極度の人見知りであるクラウドがようやく懐いた人に少しでも冷たい態度を取られると、言いようのない寂しさに襲われるもの。
鼻の奥がジンと熱くなってくるのに気付き、クラウドはいつの間にかまた埃に塗れてしまった顔を伏せた。
以前にも似たような事をして相手に呆れられ、遂には嫌われる、という事ならいくらでもあった。
右目に包帯を巻いてからは尚更人に畏怖されるような目で見られ、父親以外の心の寄る辺は消えていった。
悲しくて仕方なかったが、人に自分を知ってもらう事は出来ない。
怖くて、話し掛けられない。
「・・・・・・」
過去を振り返っていけば、段々と落ち込んでいく感情。
悲しくて悲しくて、寂しくて、クラウドは今は何も巻かれていない右目をそっと両手で押さえた。
不意に、左目から涙が零れ落ちる。
自分に呆れ、怒り、微笑みかけたグレイに父親に似た雰囲気を感じ取っていたが・・・悲しさに、涙が止まらない。
「・・・クラウドさん」
名前を呼ばれてふと顔を上げれば、ゆらりとソファから立ち上がるグレイの姿が目に入った。
その手には、両刃で刃渡り30cm程の大きなナイフ。
「ひっ・・・・・・!!」
(殺される・・・・・・!!)
急な事態に、頭が回らない。脈はドクドクと速くなる。
「ひ・・・ひ・・・ごめっ・・・なさい・・・・・・っ!!」
助けを請うように謝りながら、ジリジリと後退る。同時に、グレイも詰め寄っていく。
「・・・動かないで下さい、狙いが外れて違う所に刺してしまいますよ?」
が、やがて壁が背に当たって追い詰められ、頭の上で両手を掲げたクラウドへナイフの刃先が振り下ろされた。
「っ・・・!!」
『ブツッ』
「・・・っと、大丈夫ですか? 少しかすりましたか?」
衝撃はあったが、肉を裂かれるような痛みではなかった。
そして、その後に囁かれた優しげな言葉。
目を開いて視線を向ければ、両手首に巻いていたはずの縄が床に落ち、自由になった己の両手首が目に映った。
「あ・・・あの・・・・・・?」
「縛られたままでは・・・貴方相手ではよく分からないんですが・・・恐らくあまりバランスが取れずに転ぶんでしょう。解けば、少しはよくなるかも知れない、と思ったので」
微笑と共に告げられた言葉に、クラウドは緊張が緩んだのと安心したのとで、汚れたその眦からポロポロと涙を零した。
「ちょっ・・・クラウドさんっ!? どうかしたんですか!? まさか、ナイフがかすって・・・・・・!?」
クラウドの両手首に残る縄の痕を見ながら慌てるグレイに、しゃくり上げながら必死に言葉を紡いだ。
「ぼくにっ・・・ヒッ・・・怒って・・・呆れて、殺そうとしたと思ったからっ・・・・・・!! 嫌われて、なく・・・て・・・よかっ・・・ヒッ・・・うっ、うぇ・・・」
普段の頼りなさげな瞳をすっかり潤ませ、クラウドは膝立ちになっているグレイにひしとしがみついた。
グレイは内心それ程怖い思いをさせた事に反省し、腹部に当たるクラウドの頭をそっと抱きしめた。
それで、クラウドの涙や埃が服に付着したが、そんな事は構わない。
「大丈夫ですよ、もしこの実験塔内に貴方を嫌う者や殺そうとする者がいれば、私が直々に切り刻んで差し上げますし。・・・ほら、男でしょう。もう泣き止んで下さい」
「ごめんなさっ・・・ヒッ・・・」
あまり穏やかではない言葉でクラウドを諭すが、一向に泣き止む気配が見られない。
クラウドの腕の力が強まると、グレイは諦めて、その小さな体を尚更強い力で抱き返した。