なんばー48 脅える子
欠けた月が星のない闇夜を美しく飾った夜、2人の親子が実験塔に捕まった。
実験塔の被験体であるその親子は自分のその立場に嫌気がさし、数年前に脱走した。
普通なら外部へ情報が漏れるのを防ぐ為に即刻捕獲任務にオリジナルナンバー刈り出すのだが、今回はいつもとわけが違った。
オリジナルナンバーのトップであったその親子の家族、ロバートがその脱走から後の旅の手助け、そして捕獲任務に来る他のオリジナルナンバーから親子を守り、手伝ったのだ。
ロバートにとってその親子は、自分の父親と弟。
守らなければならない、大切な人。
だが、人の記憶に残らない絶対記憶の薬を投薬されたロバートはその親子の記憶にも残らず旅は困難を極め、とうとうロバートは1度実験塔に捕まった。
だが、しばらくしてまた実験塔から脱走したロバートは適当に親子に合わせて行動し、そしてある日、また3人を捕獲しようと実験塔の人間がやって来た。
その時1人1人別に行動していた親子にもロバートにもそれぞれ装備兵が向けられる。
当然いくらロバートでも自分にまで向けられた戦力を蹴散らす事や親子の元に行く事が出来ず、無力な親子はやがて捕まってしまった。
「・・・っ痛ってぇなぁ!! もうちょい丁寧に扱えってんだ!!」
捕まった実験塔の車から乱暴に降ろされ、ロバートの父親・・・ルーディーが装備兵に向かって怒鳴る。
「おいっ、クラウドは・・・俺の息子は、どこに連れてったんだよ!」
「・・・・・・」
ルーディーは怒鳴りながら尋ねるが、装備兵はただ無言で縛られたルーディーの体を後ろから押すだけ。
何も答えようとしない装備兵に苛付き、ルーディーは脇で自分の腕を掴んで歩かせている装備兵のすねを蹴り上げる。
「痛って・・・・・・っ!!」
「どこ連れてったかって訊いてんだろうが! クラウドは・・・」
「・・・るっせえな、違う車に乗ってたのを、いきなりグレイ様が来て連れて行ったんだよ!! 知らねえ事訊いてんじゃねえよ!!」
とうとう怒りを爆発させた装備兵はルーディーに向き直り、苛立ちを声に変えて怒鳴る。
その様子に驚きながらも、微かに感じた疑問をふと呟く。
「・・・グレイが? ・・・て事は・・・当然だが、部屋は少なくとも別って事か・・・・・・」
「残念だが・・・」
他の装備兵に諭されて多少は落ち着きを取り戻した先程の男が、なんともいえぬ表情で着いた建物のドアを開く。
「お前達親子は、別の部屋じゃなくて別の牢部屋だよ」
それとほぼ同時刻。
クラウドは自分の体がフワリと浮くような感覚で意識を覚醒させ、ゆっくりと左の瞼を開いた。
右目は乱れた少し長めの髪に隠れているが幼い頃に負った怪我で視力を失っており、今はその上に、ボロボロの布切れとなった包帯が無造作に巻き付けられている。
「・・・ん・・・・・・」
薄く目を開いたその目の前には、白髪の青年、グレイ。最も、この時点でクラウドはグレイの事を知らない為、男性か女性かの区別は付いていない。男性なのか女性なのかも、恐らく考えてはいないだろう。
その腕で自分を抱き抱えて歩いている様子から、クラウドは今の自分の状況を知る。
ふと頭を動かして見れば、自分の縛られている両手。
「・・・ああ、クラウドさん。起きたんですか。もう少し待っていて下さい。貴方は牢部屋の前に、まずは治療班に行ってもらいますので」
「牢・・・部屋・・・・・・? ・・・あの・・・あなたは・・・・・・?」
「私ですか? ・・・別に、知らなくてもいいですよ、そんな下らない事」
「あ・・・はい、ごめんなさい」
クラウドはグレイに横抱きにされながら、しばしの逡巡の後、俯いてまた自分の両手首の縄に目を落とした。
「別に・・・謝らなくても・・・・・・」
責めたつもりはなかったが、しょんぼりと気を落とすクラウドに、逆にグレイが責められているようだ。
「・・・さあ、着きましたよ。クラウドさん、歩けますか?」
「え? ・・・あ・・・分かりません・・・・・・。ちょっと、降ろしてくれますか・・・・・・?」
遠慮がちに囁かれた言葉に従い、グレイは抱えていた小さな体をそっと降ろす。
「あ・・・ありがとうございます。あの・・・ちょっとふらつきますが、一応歩けます・・・・・・」
グレイの服の裾を掴みながらも、クラウドは冷たい床の感触を素足で確かめる。
「治療班まではもう少し距離がありますが、本当に平気ですか?」
「平気、です・・・・・・。あ、あの・・・・・・」
「はい?」
クラウドはグレイの腕に支えられながら辺りを見渡す、ふと感じた疑問を恐る恐る口にする。
「お父さんは・・・どこにいるんですか・・・・・・?」
「ルーディーさんは・・・特に治療するような傷もないし、体調も良好のようだったので、先に牢部屋に行かせました。・・・歩きながらに、しましょうか」
「はっ、はいっ! ・・・あの僕も後で牢部屋に行くんですよね・・・・・・? それって・・・・・・お父さんと、同じ部屋・・・なんですか・・・・・・?」
両手首を繋ぐ縄を取って歩き出すグレイに引っ張られながらも、ふらついた足で急いで追い付き、歯切れの悪い喋り方で尚も尋ねる。
「いいえ、違う部屋です。また2人で逃げられても、困るでしょう?」
「逃げる・・・・・・? 逃げるって、どこから・・・・・・」
「どこって、実験塔からに決まってるじゃないですか。・・・知らないんですか?」
「あ・・・前に、お父さんから少し・・・聞きました・・・・・・」
「じゃあ、前に実験塔にいた時の事は覚えてますか?」
「お・・・覚えてはいませんが・・・・・・それも、話でっ・・・あのっ、もうちょっとゆっくり・・・・・・」
グレイよりも頭2つ分は小さいクラウドの歩幅に気付き、慌てて歩く速さを緩める。
「すみません、少し速かったですね・・・・・・。大丈夫ですか? 一応もう少しで治療班には着きますが・・・・・・」
「だっ・・・大丈夫ですっ・・・・・・。あ、の・・・僕、あんまり怪我とかはしていないんですけど・・・・・・どこを治療するんですか・・・・・・?」
「いえ、治療というよりは・・・貴方の、右目の検査です。それから身長と体重を量ります。貴方は異常に痩せているので。・・・ほら、着きましたよ」
ピタリと立ち止まったグレイの背にぶつかりそうになりながらもそこを見ると、そこには治療室と記された扉が悠々とそびえていた。