祝福
よろヂクです!
「いいよなーノアリスはチヤホヤされて」
風に靡かれ、歌声を奏でている雑草に革靴が覆い被さる。
「こら、勇者様の名前を呼び捨てしないの。ちゃんと勇者をつけて呼びなさい」
「はいよー」
感情のこもっていないその場を収めるためだけの言葉を投げかけた。その無色の言葉だけを言い残し、勇者を讃えるパーティーで耳を塞ぎたくなるほど騒音にまみれた場所に向かった。
「ノアリス様のおかげでアズカ村は救われました」
「魔物を倒してくださり、本当に感謝いたします」
「ありがとうございますノアリス様」
「ぜひ娘を嫁に!」
野太い野郎どもの笑い合唱が始まり、俺は早速外に飛び出してきてしまったことを後悔する。
「くそつまんないし冗談にもなってないつうの」
耳に指を捻じ込む。満更でもなさそうなノアリスの顔がむかつく。
ガハガハと笑いでこぼした空気を取り戻すべく、大きく胸を広げる姿は俺にはただれたゴリラにしか見えない。あれが俺と同じ村の連中だと思うどうにも恥ずかしい。ほら見てみろ、勇者様とやらも愛想笑いで精一杯だ。まぁ少し、いい気味だなとは思うけど流石に同情する。お酒っていうのは人をめんどくさい人に変えてしまう魔法の水だ。
「そりゃー魔法ー使いは儲かりますわな」
たっぷり皮肉混じりの言葉をノアリスの隣に立つミラニエ魔法使いに八つ当たりしてやった。ほのかに、罪悪感が積もる。きっとその訳は顔のせいだ。俗に言う顔が強いんだ。誰でも見惚れてしまうほどの美貌を持ち合わせ、尚且つノアリスの相棒ポジションに居座れるほどの実力の持ち主でもある。
ミラニエは元々、アズカ村出身で幼い頃に魔力検定とやらで優秀な成績を残したらしい。その結果、勇者同伴の弟子となり、今は立派な優秀な魔法使いの一員だ。昔はこの村一番の親友で、二人でよく悪さして遊んだものだが、今はその幼なげもなく、代わりに、一丁前に色気を纏い始めた。
咳に似たため息を吐く。本当に、色々と不公平だ。
「おーう! レリス。祭りはそっちじゃねえぞぉ」
酒瓶を片手に酒臭いおっちゃんが俺に近寄ってきた。思わず鼻をつまみたくなる。
「わ、わかってるよ」
「いつものとこかー?」
「そう」
酒が入り、顔なんか熱らせて真っ赤だ。意識なんかほとんど保ってないくせに、まともに会話するだけ無駄だ。
「勇者ノアリスがこの村を助けてくれたんだ。祝わねぇとダメだろ!」
「お祝いって。お酒をたらふく飲むための口実でしょ?ほら、見てよ。勇者様はお疲れだよ。休ませてあげなよ」
自分で言っていて思う。ノアリスはいかにも疲れ切っている。愛想笑いが崩れつつあるレベルには疲れている。
「じゃ、行くね」
おっちゃんは最後までわーわーと嘆いていたが無視していつもの場所へと歩み出した。右、左、右、左と交互に繰り返していくと「いつもの」は俺を迎えてくれた。
「はぁぁぁ」
いつものとは湖のことだ。大人三人ほど横になれる横幅で、奥行きは大人四人ほどの大きさの湖だ。いつも悩んだ時や一人になりたいときは決まってここに来る。ここにはほとんど人が近寄らない。別に誰かがここで死んだとかそんないわくがあるわけじゃない。ただここまでの道のりが険しいからだ。俺は、俺だけは近道を知っているからすぐにここに辿り着ける。
「こんなに綺麗なのにね」
若干の優越感に浸る。
「・・・」
・・・確かに勇者は俺達の村を救ってくれた。この事実は変わりようのない事実だ。それであの対応、妥当だ。なんせ村中の人を体を張りながら守ってくれたんだから足りないぐらいだ。それに、ノアリスはエルフでは珍しく、端正な顔立ちをしていてイケメンだ。エルフは元来、醜い顔をしているはずだが、ノアリスは例外らしい。
「・・・羨ましいよ」
みんなに慕われて、感謝されて、頼れる人もすぐ近くにいて、何もかも完璧の勇者。正直、羨ましい。悔しいぐらいに裏ましい。
俺の方が勇者への思いは強いはずだ。俺の方がもっとかっこよくあの魔物を倒せたはずだ。俺の方がもっとみんなに慕われる勇者になれるはずだ。俺の方が、もっと強くて、完璧な、勇者に、なれるはずなんだ。俺の方が・・・。
虚しさが俺の胸の中で暴れる。
「勇者に、なりたい・・・」
あらゆる感情が蠢いている頭頂部に弾力性のある温もりが上書きした。
「お悩みかな?」
「っ!」
思わず尻餅をついた。どれほどフリーズをしていただろうか。こんがらがっていたはずの脳は今現在起こっている現象を理解しようとあらゆる情報を遮断し、一点の情報を除いて処理を始めた。なんとも使えようのない代物になってしまった。
何が起こっているのか。それだけしか考えられなくなった。
「上の空って感じだね」
「い、いやっ」
動揺と緊張で声が裏返る。俺を感情の渦に巻き込ませた元凶の張本人が今、目の前にいる。
「そんなに肩に力入れないで、リラックスリラックス。周りには騒がしい人なんてもういないんだから、俺と君だけしかいないこの状況を味わおうよ」
「は、はい」
くしゃっと顔を左右に伸ばすと俺の両肩を揺すり、ノアリスは肩に背負っている聖剣を外すと俺の隣に座った。
「こ、こんなとこにいて良いんですか?村の大人達が心配しますよ」
「いやーね、色々と疲れちゃって抜けてきたんだよ。勇者って色々とめんどくさくてさぁ。思ってたのと違ったんだよね」
俺に話しかけてくるノアリスはいつもの勇者ノアリスとは違い、とてもフランクでどこにもいる気さくなお兄ちゃんのようだった。そのことが完璧だと思っていたノアリスにも人間味が存在していることに俺は嬉しく思うが、また違和感も覚えた。
「た、確かに今日のノアリスさんはすごく疲れてるように見えました」
「そうなんだよ、こんなに大変ならならなきゃ良かったよ。色々と気遣わないといけなし、戦わないといけないからね」
「あ、あはは」
わがままなのは自分でも痛いほどよくわかってる。さっきまでノアリスのことを人望も人柄も何もかも完璧な人間であることに、認めるのは悔しいが、嫉妬をそれも強い嫉妬を覚えていた。
それなのに、今、俺は失望を抱いている。
「そういえば、聞いてたよ。独り言だったんだろうけど、聞いちゃってさ。さっきの言葉って本当?」
「え、さっきの?」
眉をひそめ、訳がわからないことをノアリスに態度で伝える。ノアリスは改まって俺に向き直り、聖剣をつつく。
「言ってたじゃん。勇者になりたいって」
背筋を鋭利で冷淡な何かで撫でられる。
まずった。聞かれていたなんて。そもそもいつから近くにいたんだ。気配だって足音だって全くしなかった。完全に不覚を取られてしまった。まさにピンチと言ったところかと自嘲する。
何でも良いから、何かまともな言い訳を述べなければいけない。
「そ、そんなこと言ってましたっけ?」
自分でも言い切った後に思う。もっとマシな言い訳は出てこなかったのかと。後悔する間もなく、ノアリスは俺を覗き込むように見つめてくる。ノアリスの瞳が見透かすように、俺に訴えてくる。
「なりたい?」
いくらか沈黙が流れる。その沈黙と問いへの重圧に俺は耐え消えるわけもなく、雑音でも何でも良いから静寂を消すため、言葉を空間に流した。
「・・・そりゃあなりたいですよ」
羞恥と動揺で思いのまま話していた。早く、一人にさせてほしい。早く、ここから去ってくれないかと考えていたその時、ノアリスは勢いよく立ち上がり、聖剣を手に取った。
「本当に?」
まるで何かの最終確認をするかのような口調ぶりにムッとする。
「本当ですよ。この状況で嘘なんてつきません」
「ふふ、あははははははは!」
色々とノアリスに思うことはあった。だが、この奇怪とも言える状況において俺は困惑し、訳がわからないと言った顔を作ることでしか存在を確立することができなかった。
「えっ、どういう?」
俺に名称のとうり、人差し指を指差す。
「君だ! 君にしようか、いや、君でいいや! 許可する! あははははは!」
「さ、さっきから何言ってんのか!」
ん?
突然、俺の視力が失われた。生暖かく、まるで体温を持った液体のように感じる。いきなりのことで脳が錯覚した失明であったことを理解するまで少しの時間を要し、軽い安堵を覚えたのも束の間、脳は謎の現象について解明しようとしていた。
な、なんだ、これ。何が起こって・・・。
プシューと何かが、どこからか、全てが不明に包まれた噴出音が湖にこだまする。
「なに、これ」
拭った手のひらを見つめる。生温く、まるで体温を持った液体のようで、黒く、仄かに匂う鉄分の香り。
月明かりが樹間から俺だけを照らし、そして責める。確かに、俺は一人を望んだ。だけど、こんな形でなんて、俺は、俺は望んでいない。
噴出音が鳴り止み、湖が赤黒く染まる。俺は一人になった。そこにあるのは聖剣を使い、自身の首元を掻っ切った後の残骸だけだ。
ノアリスは死体となったのだ。
そして突如として出現し、浮遊した狐が俺に言った。
「おめおめー。次の勇者は君なんだってさー」
ここまで読んでいただき感謝です!次回に期待を!




