ヴィンセント
夜会が終わり、そのままローゼンベルグ家へ急ぐ。
(何があった?)
自分が彼女を見つけた時、確かに彼女は自分を見ていた。
瞳は揺れ、顔は青白く、俯き、何かに怯えているようだった。
体調が急に悪くなったのは嘘ではないだろう。
差し出した手を断られた、会場からの送りも断られた。
ただ体調が悪くなっただけとは考えられない。
ローゼンベルク家に着いたが、やはり彼女には会えなかった。体調が悪いのだ、会えないとはわかっていた。ただあの怯えたような姿が心配で、不安だった。
対応してくれた執事には会場での彼女の様子を伝え、また来るとだけ言い馬車に乗る。
寝支度をし、目を閉じる。彼女の俯いた顔が頭から離れない。
翌朝、鏡に映った明らかに寝不足な顔に笑ってしまう。我ながら酷い顔だ。
身支度を終え、レイノルド商会に出勤したが、書類を確認しても頭に入ってこない。
(ダメだ……)
少し早めの昼休憩を貰い、彼女の好きそうな花を手に馬車に乗り込んだ。
(体調はどうだろうか?顔を見せてくれるだけでいい。会えるだろうか)
昨夜と同じ執事に応接室に通された。だが、戻ってきた執事にまだ体調が優れないので会えないと伝えられる。
花束を執事に預け席を立つ。
廊下を出た所で声をかけられた。
「あら、アルディン様ですよね。昨日の夜会ではご挨拶できなかったわね、ミシェル・タマラですわ」
(タマラ侯爵家の奥方か…)
「ヴィンセント・アルディンです。昨日はご挨拶も出来ず申し訳ございません」
「うふふ、昨日は素敵な姿を拝見させていただきましたわ」
「素敵な姿……ですか?」
「ほら、シモンズ商会の会長と踊ってたでしょお似合いだったわよ!」
笑顔が引き攣りそうになった。
(お似合い?自分とセリーナさんが?)
「ただの付き合いで踊っただけですよ。すみません時間がないもので、失礼致します」
失礼な態度をとってしまった気がしたが、それよりも早くその場を去りたかった。
まさかそんな風に周りに見られていたとは思っていなかった。
(セリーナさんとのことで気分が悪くなったのか?でも、踊ったのは彼女が会場を去った後で……)
考えてもわからない。ただ、彼女に距離を置かれてしまった気はする。
(先ずは、先にセリーナさんだな)
レイノルド商会に戻る途中、シモンズ商会に寄りアポを取る。幸いなことに、明日の朝一番に時間が貰えた。
勤務を終えた夜、明日に備えて早めに眠りたい。ただ、頭を過ぎる彼女の俯いた姿がチラつく。
夢の中、誰かが隣に居た。その体温は心地よく安心できる。大切な温もり。
雨の音が響く中、肩より少し長い黒い髪の女性が俯いている。顔は見えない。
彼女に伝えたい言葉がある。だけど、その言葉で彼女を傷つけてしまうかもしれない、怖かった。だからずっと言えなかった。
『あなたは優しすぎるのよ、ちゃんと言わなきゃいつまでも終わらないわよ?』
誰かの声が頭に過る。
「春香……、俺は……」
勇気を出して声を出した。だけど、その言葉は青く変わった灯りに消される。
グッと両手で掴んでいる何かを強く握る。視線はまっすぐ前を見ていた。
いきなりだった。横をすれ違っていく光の一つが目の前に飛び出してきた。
光が消えて暗くなっていく視界、横の彼女に伸ばした手は届かなかった。
『ハル……』
雨が窓に当たる音で目が覚める。夢の中と同じ雨。
(知っている光景だった。ハル……。春香……)
頭が痛い。胸の奥、ポカリと開いた穴に気づく。
(あの俯いた顔、彼女なのか?何を伝えたかった?)
わからない、思い出せない。だけど、言わなくてはならなかった、それだけはわかる。
夢の中の春香と現実のハリエットの俯いた姿が重なる。
(守りたかった。笑顔も温もりも……)
シモンズ商会の応接室に通される。
ノックの後、セリーナが入ってくる。
今度こそ守り抜く、そう覚悟は決まった。
「私は約束された未来より、迷い悩みながらでも、大切に思う人と隣り合う未来を選びます」
「あら、残念だわ」
(明日は一日予定が詰まっている。早くても明後日か)
ラベンダーティーの茶葉と共に手紙を送る。
体調も心配だが、ただ会いたいと。
封筒に青い蝋で封をする。
自分の守るべき人のため、一歩進み出す。
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