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欠けたまま、もう一度  作者: 志井岳


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7/12

※不妊に関する記述があります

静かな車内。隣に居たのは夫だった人、倫人。

エンジンの振動と規則的に動くワイパーの音、雨粒に滲む信号の赤い光だけが私たちの無言を埋めている。


子供がなかなか授からないという事実は、思っていた以上に私たちの心を擦り減らしていた。

お互いを責めたことはない。けれど、どちらともなく視線を逸らすことが増え、会話も減っていった。



病院の待合室、幸せそうな妊婦さんの丸いお腹からいつも目を逸せていた。

壁に掛けられたテレビから流れる育児番組が目に入るたび、胸の奥がズキリと痛む。

楽しげな音だけが、やけに大きく響く。

周りに悟られないよう、私は静かに息を整え、視線を落とした。


病院からの帰り道、普段と変わらぬ表情で駐車場まで歩く。

痛みを隠し、冷静さを保つことも上手くなってきた。


三十九歳、あと三週間で四十歳。

このまま治療を継続するか諦めるか、話ができない。怖くて聞けなかった。



いつからか私たちの隙間に入り込んできた『凛』という女性の名前。


会社の同僚で良き相談相手。


確かな証拠はない。ただ、信じ切れなかった。

確信に似た不安だけが胸を押し潰していく。



赤信号がいつもより長い。



「春香……、俺は……」



倫人の言葉の続きを聞く前に、信号は青に変わった。


車が加速していく感覚。正面からの強い光。そして雨音。




ぼやける視界に映るのは、生成りの天井。


(何を言いたかったの……?)



欠けていたのは記憶だけじゃない。聞けなかった言葉、言えなかった言葉。



カーテンを開ければ晴天。


雨の音はまだ聞こえている。


窓の外、そこにないはずの赤い信号が見える。


私は立ち止まったままだ。


お読みいただきありがとうございます( ´ ▽ ` )

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