提案
貼り付けたような笑顔に、表面的な挨拶。
(社交辞令ばかり。退屈ね)
煌びやかなホールも、楽団の奏でる音も、人々の話し声も、何か物足りなさを感じる。
周りを見渡すと、つい最近会ったばかりの背の高い男が視界に入る。
隣にあの小柄な女はいない。
(あら、来なかったのかしら?)
「ご機嫌よう、ヴィンセント」
「セリーナさん、またお会いしましたね」
商人としての笑顔。
「彼女は一緒じゃないのかしら?」
「私に都合がありまして。こちらで落ち合う予定なんですよ」
眉が少し下がる。
(彼の弱みになっているわね……
彼女の話をすると微妙に表情が崩れる。勿体無いわ)
商人としての会話。
交易のこと、最近の流行り、ちょっとした噂話。
たったこれだけの内容でも、彼の能力の高さがわかる。
まだまだ、伸び代もある。
(やっぱり、このままじゃ勿体無いのよね)
ヴィンセントの目が、少し大きく開く。
「彼女が着いたみたいなので、ちょっと失礼しますね」
口角が少し上がった。声のトーンも半音高い。
「私も後で挨拶に伺うわね」
商人である彼の笑顔は崩れ、素の笑顔に近い。
(本人は隠しているつもりなんでしょうけど……)
思わず釣られて、こちらも素の顔が出そうになる。
彼の背中を視線で追う。
視線の先の彼女は様子がおかしい。
(どうしたのかしら?)
顔色は悪く、今にも倒れそうだ。強張った表情で俯いている。
彼も少し慌てているように見える。椅子を勧めているが……
(あら、断って……って、あらあら)
思わず二人の方へ移動する。
彼は一歩踏み出し、彼女に手を伸ばし、すぐ止まる。手は強く握られている。
「追いかけないの?」
「いや……、断られました……
急に体調が悪くなったようで…、無理はさせられませんし……」
心配と困惑、そんな表情。でも、彼女の気持ちに寄り添う努力をしている。
「ヴィンセント、表情が作れていないわよ?」
「……すみません。帰りに彼女の様子を伺いに行きます」
「そうね、この夜会はレイノルド商会が主催でしょ?今は商人としての時間よ。
そうだわ、気分転換に一曲踊りましょ?」
「セリーナさん、気を遣っていただいて、ありがとうございます。
では、お手を」
すっと差し出された手の動きはスムーズ。エスコートも完璧だ。
演奏が始まる。
(彼女ではヴィンセントを立ち止まらせてしまう)
重ねられた手に視線を落とした後、小さく息を吐き、彼に視線を合わせる。
「ねぇ、私と一緒に働かない?」
「えっ……、引き抜きですか?」
冗談だとでも思っているのか、口角が上がっている。
「言い方を変えるわ。
ヴィンセント、私を選ばない?」
表情が固まっている。重ねた手も強張る。
「私を選べば、あなたの未来は約束できるわ」
眉間に少し皺が寄る。
「私には婚約するつもりの方がいます。ご存知でしょう?」
「あなたは、まだ自分の価値に気づいていないでしょう?
彼女もそう、あなたの価値に気づいていない。
いえ、彼女では気づけないわ」
ヴィンセントから笑顔が消える。眉間の皺はそのまま。
「有難いお言葉ですが、私にはハリエット嬢が居りますので」
曲が終わる。
「真面目な話よ。冗談でこんなことを言わないわ」
ウェイターからシャンパンを二つ受け取り、ヴィンセントに一つを渡す。
「ねぇ、私から学びたくない?
あなたはこのままでいいの?」
渡されたシャンパンを見つめている。計算している顔だ。
(いいわ、その顔。商人ですもの、そう来なくちゃ)
「……少し考える時間をください」
「わかったわ」
夜会が終わり、馬車の中。
(彼にとって悪い話じゃないわ)
通りの商店から漏れた灯りが、ゆらゆらと眩しく映った。
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