表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
欠けたまま、もう一度  作者: 志井岳


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/5

提案

貼り付けたような笑顔に、表面的な挨拶。


(社交辞令ばかり。退屈ね)


煌びやかなホールも、楽団の奏でる音も、人々の話し声も、何か物足りなさを感じる。


周りを見渡すと、つい最近会ったばかりの背の高い男が視界に入る。

隣にあの小柄な女はいない。


(あら、来なかったのかしら?)


「ご機嫌よう、ヴィンセント」

「セリーナさん、またお会いしましたね」


商人としての笑顔。


「彼女は一緒じゃないのかしら?」

「私に都合がありまして。こちらで落ち合う予定なんですよ」


眉が少し下がる。


(彼の弱みになっているわね……

彼女の話をすると微妙に表情が崩れる。勿体無いわ)



商人としての会話。

交易のこと、最近の流行り、ちょっとした噂話。

たったこれだけの内容でも、彼の能力の高さがわかる。

まだまだ、伸び代もある。


(やっぱり、このままじゃ勿体無いのよね)



ヴィンセントの目が、少し大きく開く。


「彼女が着いたみたいなので、ちょっと失礼しますね」


口角が少し上がった。声のトーンも半音高い。


「私も後で挨拶に伺うわね」


商人である彼の笑顔は崩れ、素の笑顔に近い。


(本人は隠しているつもりなんでしょうけど……)


思わず釣られて、こちらも素の顔が出そうになる。


彼の背中を視線で追う。

視線の先の彼女は様子がおかしい。


(どうしたのかしら?)


顔色は悪く、今にも倒れそうだ。強張った表情で俯いている。

彼も少し慌てているように見える。椅子を勧めているが……


(あら、断って……って、あらあら)


思わず二人の方へ移動する。


彼は一歩踏み出し、彼女に手を伸ばし、すぐ止まる。手は強く握られている。


「追いかけないの?」

「いや……、断られました……

急に体調が悪くなったようで…、無理はさせられませんし……」


心配と困惑、そんな表情。でも、彼女の気持ちに寄り添う努力をしている。


「ヴィンセント、表情が作れていないわよ?」

「……すみません。帰りに彼女の様子を伺いに行きます」

「そうね、この夜会はレイノルド商会が主催でしょ?今は商人としての時間よ。

そうだわ、気分転換に一曲踊りましょ?」

「セリーナさん、気を遣っていただいて、ありがとうございます。

では、お手を」


すっと差し出された手の動きはスムーズ。エスコートも完璧だ。


演奏が始まる。


(彼女ではヴィンセントを立ち止まらせてしまう)


重ねられた手に視線を落とした後、小さく息を吐き、彼に視線を合わせる。



「ねぇ、私と一緒に働かない?」

「えっ……、引き抜きですか?」


冗談だとでも思っているのか、口角が上がっている。


「言い方を変えるわ。

ヴィンセント、私を選ばない?」


表情が固まっている。重ねた手も強張る。


「私を選べば、あなたの未来は約束できるわ」


眉間に少し皺が寄る。


「私には婚約するつもりの方がいます。ご存知でしょう?」


「あなたは、まだ自分の価値に気づいていないでしょう?

彼女もそう、あなたの価値に気づいていない。

いえ、彼女では気づけないわ」


ヴィンセントから笑顔が消える。眉間の皺はそのまま。


「有難いお言葉ですが、私にはハリエット嬢が居りますので」



曲が終わる。



「真面目な話よ。冗談でこんなことを言わないわ」


ウェイターからシャンパンを二つ受け取り、ヴィンセントに一つを渡す。



「ねぇ、私から学びたくない?

あなたはこのままでいいの?」



渡されたシャンパンを見つめている。計算している顔だ。


(いいわ、その顔。商人ですもの、そう来なくちゃ)



「……少し考える時間をください」

「わかったわ」



夜会が終わり、馬車の中。


(彼にとって悪い話じゃないわ)



通りの商店から漏れた灯りが、ゆらゆらと眩しく映った。


お読みいただきありがとうございます( ´ ▽ ` )

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ