夜会
「お嬢様、お綺麗ですよ」
「エイミー、ありがとう」
目の前の鏡に映る自分は、いつもよりかなり大人っぽく見える。
「では、仕上げにこちらを」
差し出されたトレーに乗っているのは、コニャックダイヤモンドのイヤリング。
二日前に、大口の商談が舞い込んできたため夜会当日に迎えに行けないことを詫びる手紙と共に、贈られたもの。
一緒に行けないが会場ではエスコートさせて欲しい、隣に居られない間に自分の代わりだと思って欲しいと書かれていた。
「アルディン様のお色ですね」
「ええ、そうね」
彼のさり気ない気遣いに頬が緩んでしまう。
会場へ向かう馬車に揺られながら、そっとイヤリングに触れる。
隣に彼がいなくても近くに感じられる、大切なお守り。
(暖かい…)
緊張はしているけれど、『側にいる』その感覚だけで大丈夫だと思えてしまう。
馬車が止まり、ドアが開く。そっと深呼吸をして、耳元に軽く触れて確認をする。
(大丈夫…、大丈夫よ)
会場のホールの中へと、歩みを進める。
煌くシャンデリア
楽団の奏でる心地よい音
人々の楽しげなざわめき
「ハリエットさん!久しぶりね」
不意に掛けられた探し人とは違う声に、びくりと肩が跳ねた。
声の聞こえた方に顔を向けると、にこやかに笑う婦人がいた。
「ミシェル様、お久しぶりです」
「一人でいらっしゃったの?パートナーの方は?」
「あの……、婚約予定の方が、仕事の関係で先に中にいるのですが、まだ見つからなくて……」
「あら!ついにハリエットさんも婚約するのね、お祝いしなきゃ!
明日、ちょうどあなたのお母様と約束があるのよ、色々聞かせて頂戴ね」
「ふふ、かしこまりました。では、また」
幼い頃から知っている顔にホッとする。
背の高い彼を探す。手が無意識に耳元を触ってしまう。
(すぐに見つかると思っていたけど……)
視線を反対側に向けたとき、周りより飛び出ている頭が目に入る。
自然と口角が上がりかけた。
だけど、上がらなかった。
手が、急速に冷えていく。
(どうして一緒にいるの……)
視線の先、彼の隣にいるのは、上品なドレスで微笑むセリーナ様だった。
得体の知れない既視感で、胸が押し潰されたように苦しい。
ふらり、立ちくらみに似た感覚。
真っ暗な視界の中、笑い合う二人の姿。
『凛』
(そうだ、あの人だ……)
『凛とはそんな関係じゃないって。ただ、仕事の事とか色々話を聞いてもらってるだけだよ。疑うなって』
『疑われるのは、きついな……』
倫人、夫……
気持ちがどんどんすれ違っていって……
その隙間に入り込んできた『凛』……
そう、事故……
雨が降ってて……
信号が変わって、
目の前にヘッドライトが急に……
『春香……、俺は……』
確かに、あの時聞いた声……
(何を言いかけたの?)
胃の中がグルグルして吐き気がする。
震えが止まらない。
「ハリエット嬢!」
その声にハッとする。周りの景色は、暗闇から戻る。
「………」
顔が見れない。
今は、見たくない。
俯いたまま、何も言葉が出てこない。
「ハリエット嬢……?」
心配している優しい声。きっと眉は下がっているはず。
わかっている。目の前にいるのは『倫人』ではない。
雰囲気や仕草が似ていても、違う人のはず。
「……ヴィンセント様、申し訳ございません。急に体調が悪くなってしまいまして……」
「大丈夫ですか?あ、あちらに椅子がありますので、移動できそうですか?」
目の前に差し出された大きな手。
今は、その手を取れない。
「ヴィンセント様、ご迷惑をおかけしてしまいそうなので、今日はここで失礼させていただきます」
「それなら、お送りしまーー」
戸惑った顔をしている。
「いえ、大丈夫ですわ。では……」
彼の伸ばした手は胸元で強く握られる。
震える足で乗り込んだ馬車の中、無意識にイヤリングに触れた。
(冷たい……)
窓の外、赤い灯りが揺れている。
胸の中、雨が降り出す。
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