思い
アルディン男爵家から彼の意識が戻ったと連絡が届いたのは三日後の夕方だった。
翌日、お父様は彼のお見舞いへと出掛けると聞き、庭のカモミールの花を私からだと渡して欲しいとお願いをし、届けてもらった。
窓辺に座り、外を眺める。
(会いたい……)
ただただ、そう思った。
お父様を乗せた馬車が帰って来た。
エイミーにお願いをしてお父様に部屋に来てと伝言をする。
やれやれといった表情でお父様は部屋にすぐ来てくれた。お母様も一緒に。
「お父様!ヴィンセント様は?どうだったの?元気だったの?」
椅子に腰掛ける暇なく私に聞かれ、二人とも苦笑いを浮かべている。
「まぁまぁ、落ち着きなさい」
二人に宥められる。
「で、ヴィンセント様は?」
「うん、意識は戻っていたよ。私の顔も覚えていたし、ハリエットのことも覚えていた」
「……よかった」
深く息を吐く。
「だがね、事故の日の記憶があやふやだそうだ」
「え?」
「ハリエットと出掛けたのは覚えているが、何を話したのか、どうして事故に遭ったのかは覚えていないそうだ。
商会の書類を見て内容も理解しているし、他の記憶は問題はないとのことだ」
「……話したこと、覚えていないの?」
「あぁ。そうらしい」
(倫人の記憶も?プロポーズの言葉も?)
胸がギュウっと締め付けられる。手が冷えていく。
「ハリエット」
「……はい」
「大丈夫だよ、婚約の話はそのまま、まだ保留だ」
「……でも」
「ヴィンセント君は前向きに考えてくれているよ。
ただね、左肩と左足の付け根を骨折しているから、今までのように動けるかはわからないそうだ。
それでもお前がいいのならって話だ」
「いいです!彼が生きていてくれれば、それだけで……」
俯き、涙を堪える。手は震えている。
(大丈夫、春香のことを忘れていても……大丈夫)
「……お父様、お母様。
私は彼と一緒に生きたいんです。
そう、約束したから……」
「わかったよ」
二人は優しく微笑んでくれた。
一週間後、ゆっくりなら歩いてもいいと許可が出た。
事故から三週間が過ぎている。
ヴィントもゆっくりながら歩いているそうだ。
「ハリエットより体力があるからな、彼の方が治りが早いね」
教えてくれたお父様は笑っている。
事故の後、お父様はよく私と話すようになった。
前は話さなかった、という訳ではない。
セリーナ様に言われた言葉が胸に沁みる。
『思っていることはその時に言葉にしないと、伝えたい時には伝えられなくなっていることもあるわ、私みたいにね』
彼には伝えた。けど、きっとその言葉は残っていない。
なら、もう一度伝えればいい。
春香ではなく、ハリエットの言葉を。
更に一週間後、漸く外出の許可が降りた。
急いで手紙を送る。
『会いに行きます』
一言だけの手紙。
赤いカーネーションを一輪だけ添えて。
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