落雷
身体中が痛い。起き上がれない。
サイドテーブルに置かれたベルを取ろうと腕を動かしたが、痛みが走り手が伸ばせない。
ノックが聞こえた。返事をしようとしたが、声が掠れて出ない。
入ってきたのはエイミーだった。
「お嬢様!!」
泣いている。エイミーの涙を初めて見た。
「お水…もらえる…?」
掠れた声でお願いをする。
腕が痛むので、エイミーに飲ませてもらった。
頭がボーッとする。
「お嬢様、旦那様と奥様にお目覚めになったとお伝えして参ります。
すぐに戻ってきますので、そのままで、動かずにお待ちください」
小走りで部屋を出ていくエイミーの背中を見送る。
「ヴィント……」
真っ赤に染まった顔が頭を過った。
「ヴィントっ!」
叫んだ。
バンっ!と乱暴に扉を開け、エイミーが駆け寄る。
「お嬢様!落ち着いてください!」
エイミーに肩を摩られる。息が苦しい。
「ゆっくり息を吸って、吐いてください」
促されるまま呼吸を整える。それでも胸が苦しい。
「……エイミー、ヴィンセント様は?」
「……はい、客室で休んでおられますよ」
「無事なの?」
エイミーの表情が硬い。
誰かが走ってくる足音が聞こえる。
部屋に入ってきたのは、一番顔を見たかった人ではない。
「ハリー!」
お母様が涙を流しながら抱きついてきた。後ろにはお父様もいる。
遅れて、ベルツが白衣の男性と共にきた。学園の寮に入っているはずの弟までいる。
「アニー、先ずは先生に診てもらおう」
お父様がお母様の肩に触れ、私を見る。その顔には隈があり、とても疲れて見えた。
右腕の骨折。足は折れてはいないが、色と腫れ方からヒビが入っているだろう。
頭は打ちつけてないから大丈夫だろうが、事故の影響で心が不安定になっている。
痛み止めの他に、睡眠薬も処方する。
私を診た後、先生が皆に説明をしている。
一言も彼のことを話さない。
今聞きたいのは私のことじゃない、彼のこと。
呼吸が浅くなる。
気づいたエイミーが、また肩を摩りながら「ゆっくりと…」と呼吸を促してくれる。
先生に渡された薬をエイミーが飲ませてくれた。
頭がまたボーッとしてくる。視界がぼやけていく。
次に気づいた時、ベットの横の椅子に座ったお母様が手を握っていた。
「ハリー、目が覚めた?」
優しい声。目は真っ赤に腫れている。
「お母様……」
掛けられたシーツごと抱きしめられる。
「良かった……」
そう呟き、頭を撫でられ、頬も撫でられた。
後ろのテーブルに居たのだろう、お父様が立ち上がりこちらに来る。
お母様と入れ替わり、抱きしめられた。
彼とは違う、でも懐かしい大好きなお父様の匂い。
「お父様、ヴィンセント様は……?」
「客室で寝ているよ」
視線が落ちる。
「ねぇ、無事なの?会いたいの。お礼も言いたいの、守ってくれたから」
「ハリエット、事故のことは覚えているかい?」
「……はい」
物凄い音と光の後、馬が嘶いて馬車が傾き、ヴィントに守られて、気づいた時、ヴィントの顔が血だらけで返事もしてくれなくて、誰かにヴィントから離されて、気づいたらベッドにいた。
とつとつと話す。お父様は手を握り、頷きながら聞いてくれた。
「そうか……。
あの時、橋の横にある背の高い木があるだろう?そこに雷が落ちたんだよ。
馬は驚いたんだろうね。そのままハリエットたちは川に落ちたんだ。
彼がハリエットを守ってくれなかったら……」
お父様の目から涙が溢れた。お母様はエイミーの肩に顔を埋めている。その背中は震えていた。
「……無事なのよね?」
心臓がバクバクと音を立てる。
「あぁ……頭を強く打ったみたいでね、意識がまだ戻らないんだ……」
声が震えている。
「え……」
心臓の音だけがバクバクと耳に響く。真っ赤に染まった彼の姿が過る。
「……会えないの?」
「ハリエット、今はお前も動けないだろう?
動けるようになったら、お礼を伝えに会いに行こう」
彼とは違う大きな手で頬を撫でられる。
「動けるようになったら、会える?」
「あぁ。だから、今はまずハリエット自身の怪我が早く治るようにしないとな」
五日が過ぎた。彼はまだ意識が戻らない。
私は利き腕の骨折と足首の痛みで、未だに一人では何も出来ない。
毎日のように届けられる見舞いの手紙や花。
でも、一番欲しい人からは何も届かない。
体を支えるために置かれた背中の大きなクッションは、お母様と侍女たちが作ってくれた。
右腕の下を支えるように置かれた細長い形のクッションは、セリーナ様が贈ってくれた。
友人たちは私の好きな果物だけでなく、早く良くなるようにと願掛けの刺繍を皆でしてくれたというストールを持ってきてくれた。
寮に戻った弟からは、私もお世話になった学園の先生方からだと、手紙と共に色々な種類のハーブティーが届いた。
たくさんの方たちからの思いは本当に有り難く、そして嬉しかった。
けれど、あの日埋まったはずの胸の欠けが疼く。
一番会いたい人には、まだ会えないまま。
青信号は進んだ先でまた赤に変わった。
また立ち止まり、待ち続ける事しか出来ない。
お読みいただきありがとうございます( ´ ▽ ` )




