言葉
※不妊に関する記述があります
「……春香?」
濃い茶色の瞳が揺れている。
微笑み、彼を見つめる。
「断片的にしか私も覚えていないの。
私は春香で、倫人と結婚して。子供が出来なくて……。
悩んで……でも、聞けなかった。怖かったの」
「春香……」
「ヴィンセント様が倫人だって気づいて……」
「……うん」
「セリーナ様と凛さんが重なって見えてしまって、だからまた……あなたと気持ちが離れてしまうんじゃ無いかって、怖くて……」
「凛もセリーナさんも、ただの仕事仲間で……」
「倫人も、思い出したの?」
「いや、全部じゃ無いけど……」
「そっか……。
ねぇ、あの時何を言いかけたの?」
「え……?」
「最後、車で……、やっぱり言い難いことだったの?」
雨音が夢の記憶を鮮明に思い出させる。
病院からの帰り道、信号待ちをしていた、あの時……。
「俺はあの時……。
子どもがいなくてもいいって言おうとしてた。
……子どもがいなくても、春香と生きたいって。
でも、怖かったんだ、お前がどんな反応をするのか……
だから迷って、言えなかった」
彼の目が赤い。ツーっと涙が落ちる。
俯き、手を強く握る。
「そっか、同じだね。私も怖かった……」
「うん、怖かった。
お前に子どものいない未来を選択させるのは、ただ俺が楽になりたいだけかもしれないって……」
「うん、同じ気持ちだったんだね、倫人も」
見つからなかったパズルピースが見つかったような。胸の欠けた部分が満たされている。
彼の頰を伝う涙を指で拭い、笑む。
「二人とも、言いたいことを言わないままで。
結果、すれ違って、不安になって……」
「二人とも、バカだな」
彼の胸に抱き寄せられる。心臓の音が聞こえる。
爽やかなウッディな香水の匂い、大好きだった匂い。
「ハル、結婚しよう。今度こそお前を守らせてくれ」
倫人からのプロポーズの言葉と同じ。
『ハル、結婚しよう。俺にお前を守らせてくれ』
「ねぇ、これだけは聞かせて。
……今度も子どもが出来ないかもしれない。それでもいい?」
彼を見つめる。
この体は春香ではない。
でも、春香の記憶が不安にさせる。
「ハルが居てくれれば、それだけでいい」
迷いのない眼差しで答えた。
「わかった。しわくちゃのおばあちゃんになっても、ずっと隣にいるわ」
見つめ合い、笑う。
唇が重なる。
離れて、また笑い合い、強く抱きしめ合った。
雨音は小さくなっていく。
雲の切れ間から青空がチラリと顔を出す。
「ねぇ、ハルって久しぶりに呼ばれたわ」
「そう、だったな」
「また呼んでくれる?」
「ああ、毎日呼んでやるよ」
「ねぇ……」
「ん?」
「ヴィント」
「ヴィント?俺?」
「そう」
笑い合う。
幸せだった。
もう、大丈夫だって思えた。
「雨、止んだな。
帰ろう。きっと皆んな心配してる」
「そうね」
手を繋ぎ、馬車へと戻り歩く。
もう、絶対にこの手は離さない。
そう心に決めた。
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