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欠けたまま、もう一度  作者: 志井岳


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11/12

言葉

※不妊に関する記述があります

「……春香?」


濃い茶色の瞳が揺れている。

微笑み、彼を見つめる。



「断片的にしか私も覚えていないの。

私は春香で、倫人と結婚して。子供が出来なくて……。

悩んで……でも、聞けなかった。怖かったの」


「春香……」


「ヴィンセント様が倫人だって気づいて……」

「……うん」


「セリーナ様と凛さんが重なって見えてしまって、だからまた……あなたと気持ちが離れてしまうんじゃ無いかって、怖くて……」


「凛もセリーナさんも、ただの仕事仲間で……」


「倫人も、思い出したの?」

「いや、全部じゃ無いけど……」


「そっか……。

ねぇ、あの時何を言いかけたの?」

「え……?」

「最後、車で……、やっぱり言い難いことだったの?」


雨音が夢の記憶を鮮明に思い出させる。

病院からの帰り道、信号待ちをしていた、あの時……。


「俺はあの時……。

子どもがいなくてもいいって言おうとしてた。

……子どもがいなくても、春香と生きたいって。

でも、怖かったんだ、お前がどんな反応をするのか……

だから迷って、言えなかった」


彼の目が赤い。ツーっと涙が落ちる。

俯き、手を強く握る。


「そっか、同じだね。私も怖かった……」


「うん、怖かった。

お前に子どものいない未来を選択させるのは、ただ俺が楽になりたいだけかもしれないって……」


「うん、同じ気持ちだったんだね、倫人も」


見つからなかったパズルピースが見つかったような。胸の欠けた部分が満たされている。


彼の頰を伝う涙を指で拭い、笑む。


「二人とも、言いたいことを言わないままで。

結果、すれ違って、不安になって……」


「二人とも、バカだな」


彼の胸に抱き寄せられる。心臓の音が聞こえる。

爽やかなウッディな香水の匂い、大好きだった匂い。



「ハル、結婚しよう。今度こそお前を守らせてくれ」



倫人からのプロポーズの言葉と同じ。

『ハル、結婚しよう。俺にお前を守らせてくれ』



「ねぇ、これだけは聞かせて。

……今度も子どもが出来ないかもしれない。それでもいい?」



彼を見つめる。

この体は春香ではない。

でも、春香の記憶が不安にさせる。



「ハルが居てくれれば、それだけでいい」


迷いのない眼差しで答えた。


「わかった。しわくちゃのおばあちゃんになっても、ずっと隣にいるわ」



見つめ合い、笑う。

唇が重なる。

離れて、また笑い合い、強く抱きしめ合った。



雨音は小さくなっていく。

雲の切れ間から青空がチラリと顔を出す。



「ねぇ、ハルって久しぶりに呼ばれたわ」

「そう、だったな」

「また呼んでくれる?」

「ああ、毎日呼んでやるよ」 


「ねぇ……」

「ん?」

「ヴィント」

「ヴィント?俺?」

「そう」



笑い合う。


幸せだった。


もう、大丈夫だって思えた。



「雨、止んだな。

帰ろう。きっと皆んな心配してる」

「そうね」



手を繋ぎ、馬車へと戻り歩く。


もう、絶対にこの手は離さない。


そう心に決めた。


お読みいただきありがとうございます( ´ ▽ ` )

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