雨
手紙と共にピンクのガーベラが3本、赤いリボンで括られている。
ニコニコとエイミーの笑みが溢れている。
彼から返信が来たのは翌日だった。
『公園で散歩しながら話しませんか?ちょうどバラも見頃ですよ』
春香が一番好きだったのはバラだった。倫人とも季節毎にバラ園によく出かけていた。マンションの小さなバルコニーではミニバラの苗木を育てていた。
(偶々。バラが嫌いな女性は少ないもの)
馬車の中、相変わらず会話は少ない。
耳元で揺れるイヤリングに触れる。
彼と視線がぶつかった。
「お似合いです。夜会の時にも思いましたが、言えなかったので……」
「あの時はすみませんでした……
あの、イヤリングありがとうございます。とても気に入っているんです」
「よかったです」
彼の耳が赤くなっている。
(好きだな……)
ふと浮かんだ言葉に私まで赤くなってしまう。
馬車を降り、自然に手を重ねる。
その温もりは、思い出した記憶の中の温もりと同じ。
離したくない、けど離すべきなのか。まだ答えは出せないまま。
園内をゆっくりと回りながら、少しずつ話す。
「ヴィンセント様……、夜会の日のこと、セリーナ様からお聞きしました」
「……はい」
間が開く。言葉が続かない。
俯き、繋がれた手を見る。
『思っていることはその時に言葉にしないと、伝えたい時には伝えられなくなっていることもあるわ、私みたいにね』
セリーナの言葉が頭を過る。
春香も倫人に、倫人も春香に、言葉に出来ないまま、伝えられないままだった。
(言いたいこと、聞きたいこと、ちゃんと伝えなかったら何も変わらない……)
「あの、ヴィンセント様……」
「なんでしょう?」
間が空いてしまう。喉がギュッと締まる。
(嫌われてしまうかも知れない。呆れられてしまうかも……怖い)
「ハリエット嬢、セリーナさんは商人としての先輩です」
「はい……」
「私はレイノルド商会、セリーナさんはシモンズ商会。違う商会で、扱う品も違う。顧客も違います」
「そうですね……」
「同じ商人として、話も、相談もしますし、彼女から学ぶことは多いです」
「……そうなのですね」
(やはり、私は離れるべき……)
ほのかに香る風が二人の隙間を吹き抜ける。
「疑われるのは……、きついです」
倫人にも言われた言葉だ……。
彼の目線が下がる。手がグッと強く握られる。
「あの、ヴィンセント様とセリーナ様を疑っているわけじゃないのです。
ただ私が……」
「……」
沈黙の中、また風が吹く。
「風が出てきましたね。雲も出てきましたし、もう戻りましょうか?」
「いえ、まだお話があるので、もう少しいいですか?」
「わかりました。もう少し先の広場にガゼボがありますので、そこに行きませんか?」
「はい……」
無言のまま歩き出す。バラの香りを纏っていた風は湿り気を帯びてきた。雲の影が落ちてくる。
さり気なくガゼボのベンチにハンカチが敷かれる。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
少し距離を取り、隣り合い、腰掛ける。
俯き、先程まであった温もりを確かめるように両手を握る。
「私、人と話すのが得意ではなくて……。うまく言えるかわからないのですが……」
「はい、ハリエット嬢のペースで、ゆっくりで大丈夫です」
耳元のイヤリングに触れ、気持ちを落ち着かせる。
「セリーナ様と一緒に居た方が、ヴィンセント様のためになるって、そう思ったんです。
だから、お会いするのは最後にしないとって……」
「ハリエット嬢、本気で仰っているのですか?」
彼の声が低い。胸が締め付けられて苦しい。
「でも、初めてなんです……。離れたくないって、だから……」
ポツリ、雨が落ちる。
「わからないんです。自分でもどうしたいのか、どうすればいいのか」
ポツ、ポツと屋根に当たる雨粒の音が響く。
「……雨、降り出してしまいましたね」
「……もう少し、お話をしても構いませんか?」
「はい」
空に確かにあった青色はもう無い。
「幼い頃からずっと繰り返し見る夢があるんです。その夢はいつも雨が降っていて……
だから雨が苦手で……。
手を握っていてもらえますか?」
彼に手を差し出す。そっと包まれる。温かい。
「ヴィンセント様のこの手の温かさが、懐かしくて安心するんです」
「お父上の手に似ているのですか?」
「ふふ、お父様の手とは違うのです。でも、知っているんです」
遠くでゴロゴロと雷鳴が聞こえた。赤いバラが濡れて光る。
「夢の中でいつも聞こえる声も似ているんです、ヴィンセント様に」
彼は目を見開く。
一瞬
稲光が灰色の空に走った。
視界が真っ白な光に奪われる。
正面から迫る光が眩しい。
ハンドルを握った手は彼女に届かなかった。
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