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欠けたまま、もう一度  作者: 志井岳


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10/13

手紙と共にピンクのガーベラが3本、赤いリボンで括られている。

ニコニコとエイミーの笑みが溢れている。


彼から返信が来たのは翌日だった。


『公園で散歩しながら話しませんか?ちょうどバラも見頃ですよ』


春香が一番好きだったのはバラだった。倫人とも季節毎にバラ園によく出かけていた。マンションの小さなバルコニーではミニバラの苗木を育てていた。


(偶々。バラが嫌いな女性は少ないもの)



馬車の中、相変わらず会話は少ない。

耳元で揺れるイヤリングに触れる。

彼と視線がぶつかった。


「お似合いです。夜会の時にも思いましたが、言えなかったので……」

「あの時はすみませんでした……

あの、イヤリングありがとうございます。とても気に入っているんです」

「よかったです」


彼の耳が赤くなっている。


(好きだな……)


ふと浮かんだ言葉に私まで赤くなってしまう。



馬車を降り、自然に手を重ねる。

その温もりは、思い出した記憶の中の温もりと同じ。


離したくない、けど離すべきなのか。まだ答えは出せないまま。


園内をゆっくりと回りながら、少しずつ話す。



「ヴィンセント様……、夜会の日のこと、セリーナ様からお聞きしました」

「……はい」


間が開く。言葉が続かない。

俯き、繋がれた手を見る。


『思っていることはその時に言葉にしないと、伝えたい時には伝えられなくなっていることもあるわ、私みたいにね』


セリーナの言葉が頭を過る。

春香も倫人に、倫人も春香に、言葉に出来ないまま、伝えられないままだった。


(言いたいこと、聞きたいこと、ちゃんと伝えなかったら何も変わらない……)


「あの、ヴィンセント様……」

「なんでしょう?」


間が空いてしまう。喉がギュッと締まる。


(嫌われてしまうかも知れない。呆れられてしまうかも……怖い)



「ハリエット嬢、セリーナさんは商人としての先輩です」

「はい……」

「私はレイノルド商会、セリーナさんはシモンズ商会。違う商会で、扱う品も違う。顧客も違います」

「そうですね……」

「同じ商人として、話も、相談もしますし、彼女から学ぶことは多いです」

「……そうなのですね」


(やはり、私は離れるべき……)


ほのかに香る風が二人の隙間を吹き抜ける。


「疑われるのは……、きついです」


倫人にも言われた言葉だ……。


彼の目線が下がる。手がグッと強く握られる。


「あの、ヴィンセント様とセリーナ様を疑っているわけじゃないのです。

ただ私が……」

「……」


沈黙の中、また風が吹く。


「風が出てきましたね。雲も出てきましたし、もう戻りましょうか?」

「いえ、まだお話があるので、もう少しいいですか?」

「わかりました。もう少し先の広場にガゼボがありますので、そこに行きませんか?」

「はい……」


無言のまま歩き出す。バラの香りを纏っていた風は湿り気を帯びてきた。雲の影が落ちてくる。


さり気なくガゼボのベンチにハンカチが敷かれる。


「どうぞ」

「ありがとうございます」


少し距離を取り、隣り合い、腰掛ける。

俯き、先程まであった温もりを確かめるように両手を握る。


「私、人と話すのが得意ではなくて……。うまく言えるかわからないのですが……」

「はい、ハリエット嬢のペースで、ゆっくりで大丈夫です」


耳元のイヤリングに触れ、気持ちを落ち着かせる。


「セリーナ様と一緒に居た方が、ヴィンセント様のためになるって、そう思ったんです。

だから、お会いするのは最後にしないとって……」

「ハリエット嬢、本気で仰っているのですか?」


彼の声が低い。胸が締め付けられて苦しい。


「でも、初めてなんです……。離れたくないって、だから……」


ポツリ、雨が落ちる。


「わからないんです。自分でもどうしたいのか、どうすればいいのか」


ポツ、ポツと屋根に当たる雨粒の音が響く。


「……雨、降り出してしまいましたね」

「……もう少し、お話をしても構いませんか?」

「はい」


空に確かにあった青色はもう無い。


「幼い頃からずっと繰り返し見る夢があるんです。その夢はいつも雨が降っていて……

だから雨が苦手で……。

手を握っていてもらえますか?」


彼に手を差し出す。そっと包まれる。温かい。


「ヴィンセント様のこの手の温かさが、懐かしくて安心するんです」

「お父上の手に似ているのですか?」

「ふふ、お父様の手とは違うのです。でも、知っているんです」


遠くでゴロゴロと雷鳴が聞こえた。赤いバラが濡れて光る。


「夢の中でいつも聞こえる声も似ているんです、ヴィンセント様に」


彼は目を見開く。



一瞬


稲光が灰色の空に走った。

視界が真っ白な光に奪われる。




正面から迫る光が眩しい。


ハンドルを握った手は彼女に届かなかった。



お読みいただきありがとうございます( ´ ▽ ` )

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