表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/35

Scene6, -ノロイダ事件-


【ノロイダ事件】


ある日。小さな孤児院の外門前に

まだ生まれて間もない赤ん坊が捨てられていた。


その赤ん坊の両親の所在は最後までわからなかった為。

幼子を捨てたその理由も知るすべはなかったが

およそこの世のものと思えないほど醜くおぞましいその赤子の姿から

両親の気持ちを想像する事は難しくないだろう。


その孤児院で育てられる事になった赤ん坊は

その醜さから孤児院の中でも忌み嫌われ

いじめと虐待の恰好の的となっていった。


誰一人味方のいない孤児院生活の中で

呼ばれる事のない名前は当然付けられる事もなく

彼は、物心がついてから自分の名前を「ノロイダ」と命名した。


施設からは一応学費の援助があり

小中高と付属の学校には通わせてもらえたが

学校生活の中でも心の拠り所になってくれる人間は

とうとうひとりも現れないまま。


【義正心学園】と呼ばれるその学園で送る高校生活でも。

誰からも愛情を受けずに生きてきた彼の心の中には

自虐と人生への絶望のみを胸に潜め生きていた。


あの日が訪れるまでは。


クラスメイトの一人の少女。

愛情に包まれて生きてきた事が見て取れる彼女は。

心優しく、いつでも明るく笑顔を絶やさず。

人生への希望を体現したような少女だった。


それは決して彼に向けられた笑顔ではなかったが

彼女の無垢な笑顔に

彼は。初めて、恋をした。


彼女の存在に、時には胸を締め付けられ。

彼女の笑顔に心の苦しみが癒されていく思い。


「人を好きだと思うこの気持ちだけで」

「ぼくは生きていけるかもしれない・・」


絶望と孤独の中で生きてきた彼をそう思わしめるほど

思春期の初恋というものは偉大な力を持つものだった。


それからの彼は、初めての恋を叶えるため。

不器用ながらも精いっぱいの努力をしてきた。


それまでに人との関わりを持つ事ができなかった彼の努力は

ほとんどが空回りではあったが。

それでも彼は、恋をしている人生に

それまでに感じる事ができなかった

生きている実感を見出していた。


しかしその思いは、彼の中の世界から見た話しにすぎない。


学園内の他の生徒から見た彼の行動は

「少女につきまとう醜い化け物」でしかなかった。


醜い化け物から少女を守る。いつしかそれがこの学園内の正義となり

誰もが正義感から彼の恋を妨害するようになっていった。


それでも男は空回りの努力を続ける。

どんな妨害にあおうと、時に暴力で押さえつけられようと。

彼は、少女への恋する気持ちだけで生きていたいと思えたのだから。


そして。彼のこの思いが終わりを迎える日がやってきた。


群衆が取り囲む中で彼は、

一人の少年から粛清という名の暴行を受けたのだ。

彼が恋したあの少女が見守るその中で。


「二度とこの子に近づくな!」という少年の怒声に

目をうるませた少女は少年の胸に飛び込む。


そんな2人に次々と祝福の声を上げる観衆たち。


それは、男の初恋の終わりと

「少女につきまとう醜い化け物から少女を守った英雄と少女の愛の物語」

が誕生した瞬間だった。


ボロボロの体で横たわりながら。

2人をとり囲む祝福の歓声と、

幸せそうに少年に寄り添う少女の顔を見ていた男は悟った。


「ぼくの不幸で・・みんなが幸せそうにしている。」

「ぼくが幸せを願ったら、みんながイヤな気持ちになっていたから。」


「ああ。そうか。」

「これが。ぼくの生きるこの世界の姿だったんだ・・。」


そう悟ったその瞬間。

彼は魔人として覚醒した。


彼が魔人として覚醒した能力は

その時に悟ったその世界がそのまま能力として形になったもの。


魔人能力【ノロイダ】


彼が不幸を感じた時、周囲に幸運と幸福を招き

彼が幸せを感じた時、周囲に不幸が降りかかる能力



彼が魔人として覚醒したその後も

しばらくは何も変わらない日常が続いた。


学園内の誰もが。

少女につきまとい粛清されたおぞましい男に

冷ややかな視線と時折の暴力をふるう日常。

それまでと変わらない人生。

彼の人生の基本は孤独と不幸だったから。



ある日突然。彼は複数の武装兵に取り囲まれた。

彼はその武装兵に捉えられ、地下深くのとある施設に監禁される事になる。


・・各国の主要機関には

魔人の覚醒と、その能力を感知する機能が備わっている魔人管理局というものがある。


男の魔人覚醒と「ノロイダ」の能力を確認した魔人管理局は。

彼の能力を「世界を危機に貶めうるもの」と判断し、隔離する事を決定したのだ。


しかしそれは表向きの理由。

何よりも彼の能力の利便性が管理局の目に止まったのだ。


その後彼は。

地下の隔離施設で毎日のように拷問と精神的苦痛を味合わせられる事となった。

彼が、ほんのわずかにも幸せを感じる暇のないように。

常に自分が不幸であると自覚できるように。

その後の彼の人生の全ては、苦痛と不幸を感じるだけのものとなった。



それから幾年の年月が過ぎたのだろう。

狭い監禁部屋と拷問だけが彼の人生の全てとなったその中で。

たった1日だけ。

管理者がその部屋のカギを閉め忘れるという失態を犯した。


ボロボロに朽ち果てた体を横たえていた彼は、

かすかに開いた扉から漏れる廊下の光に気付き

フラフラと立ち上がり。扉に手をかける。


ギギギと嫌な音を立てて扉は開き

誰もいない静かな廊下が目の前に現れた。


彼はもはや無意識で。

フラフラと体を引きずるように廊下へと出た。

その瞬間けたたましいサイレンが施設内に鳴り響くが

それすらも気に留めず

残った体力を振り絞るように廊下を這い、彼は逃走を試みた。


男の脱走を完治した局の判断は早かった。


すぐに監禁施設に武装兵の集団を集結させ

男を探し出し捉えるよう命じたのだ。

「場合によっては生死もいとわない」という指示も付け加えて。


自分を探し迫ってくる集団の足音に気付いた彼は

その時目の前にあった扉を開き、部屋の中に逃げ込んだ。

その部屋の中で。彼は見たもの。

それは、大量に並んだモニターと

そのモニターに映る、幸せそうに町を歩く人々の姿。


ノロイダが拷問を受け、不幸を感じる事で

幸せを受けていた町の人々の姿だった。


そして、そのモニターのひとつに。

彼は見つけてしまった。

彼がかつて恋をした少女【時早矢ゆみ】の姿を。


彼女は、恋人と腕を組み幸せそうに町を歩く。

その、彼女の幸せそうな姿を目にした男は


生まれて初めて。


幸福を感じた。


自分が悲痛な毎日を過ごしていた事で

自分の能力により彼女を幸せにしていた。

その事に気付いた彼は


初めて。自分の生きてきた人生に価値を感じる事ができたのだ。


彼がその事に気付き。心からの幸せを感じてしまったその時。

彼は自分の体からおぞましい何かがわき起こってくるのを感じた。


人々を不幸にする「呪い」の元だ。

だめだ。鎮まれ。鎮まってくれ。

彼は必死にその呪いを抑え込もうとする。

しかし、彼は生まれて初めて心からあふれ出した幸せな気持ちを

抑えることができなかった。


その時。背後の開け放たれた扉の向こう。

廊下から複数の武装兵が彼に銃口を向けて現れた。


だめだ。幸せを感じたまま、このまま死んだらこの呪いが噴き出すのを抑えられない。

「や”め”ろ”…!ころ”さ”な”い”で…!」



彼の懇願は空しく。

彼はそのまま射殺された。


血だまりの中で、男の死体から噴き出した呪いは

その場にいた武装兵全員を飲み込み、世界に不幸と不運を振りまいた。


死者数万人。何百万人という死傷者を出した「ノロイダ」事件。

これが、その事件の全貌であった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ