scene27 -傷心 那玖奈-
転校生の少女は妖艶な笑みを浮かべたまま
ゆっくりとぼくたちに問う。
「哀願式ちゃん。坂井くん。」
「なぜ番長さんと一緒にいるんですか?」
「ふたりはまだわたしたちの味方なのかしら?」
哀願式さんが傷心と呼んだ彼女の問いにぼくは答えられない。
ここで本当の事をぼくたちが転校生と敵対した事を知られたら
すぐにでも彼女はぼくたちに矛先を向けて来るだろう。
少しの沈黙のあと。
急に。
ぼくは体にずしりとした重さを感じた。
重くて、立っている事もままならない。
ぼくは地面にひざと手をつき
汗をかきながら必死に顔を上げる。
背後から哀願式さんの苦悶の声が聞こえる。
どうやら哀願式さんもぼくと同じ状況のようだ。
そんなぼくたちを見て、傷心さんがくすくすと笑う。
「あらあら。”罪悪感の重み”を感じてるようですね。」
「罪悪感を感じるような事があるのかしら?」
「例えば・・”嘘”や”裏切り”を隠してる、みたいな?」
次の瞬間に
番長さんがまっすぐと駆け出し傷心さんに殴りかかる。
しかし、その動きにいつもの勢いがない。
彼女はそれをゆるりとかわして言葉を続ける。
「番長さん。あなたもずいぶん動きがにぶっているんじゃないですか?」
「まあそれでも。」
「あなたには”罪悪感の重み””後悔の引力””迷いの脱力”を」
「フルコースでごちそうしてるのだから」
「それだけ動けるだけでもさすがと言えるのでしょうけど。」
彼女はふたたびぼくたちの方へ振り替えり言葉を続けた。
「坂井くんは改めてご挨拶いたしますね。」
「【傷心那玖奈】と申します。」
深くおじぎをして、そして続ける。
「さておふたりさん。」
「勝手ながら、わたしはあなたたちは”裏切者”と判断させていただきます。」
その言葉と共に
ぼくは体中に引き裂かれんばかりの激痛が走った。
「ぐああぁぁぁ!!」
ぼくはたまらず叫び声をあげる。
痛い。痛い。痛い。
身体中がバラバラになりそうな痛みだ。
「ねえ。知ってます?」
傷心がぼくたちに語り掛けて来る。
「昔の有名な思想で」
「人間の最も優れた、最も大切な能力は「忘れる事」だっていう話があるの。」
「悲しい事とか後悔とか。心の傷みを全部覚えてたら人は生きていけないからなんですって。」
「でもね。」
「それは心の傷が癒える恵まれた環境を持った人だから言える事だと思うんです。」
「心の傷みを癒えしてくれる、友達や、家族や、楽しい思い出をアップデートできる人たち。」
「それか、心の傷が自然に癒えるまで、なにもない平和な日々を送れる人だったり。」
「そんな恵まれた人たち。」
「だからね。」
「心の傷が癒える間もなく、絶望や裏切りを絶え間なく感じ続けたらどんな事になると思う?」
「・・それが私なんです。」
「だからね。みんなにも味わってほしいんですよ。私と同じ傷みを。」
「過去の心の傷みが全部よみがえる私の魔人能力【負連生苦】で。」
彼女はにこりと笑って言う。
彼女の言葉はうっすらと耳に届くが
身体中に走る激痛でそれどころではない。
気がどうかしてしまいそうだ。
だけどその時
ぼくの耳にはもう一人の子が届いた。
哀願式さんが悲痛に叫ぶ。
「痛い痛い痛いよぅ!坂井くん!助けて坂井くん!」
彼女は泣き叫ぶようにそう繰り返す。
ぼくは、体を引きずるようにして
哀願式さんの元へ向かい
彼女を強く抱き寄せた。
そして傷心さんの方を振り返ると
彼女の目と鼻の先には番長が立ちふさがっていた。
傷心さんが言う。
「番長さん。あなたにも心の傷をプレゼントしているはずなんだけど。」
「・・痛みを感じない能力というのは本当のようですねw」
「まあ。ガサツで粗暴な番長さんにはそもそも心の傷なんてないのかしら。」
くすくすと笑う彼女の
ほほに
番長がビンタがくらわした。
パァァーン!と乾いた音が響く。
「心に傷のないもんなんぞおるか!」
「この世に生きる者は誰もが」
「傷の大小はあれど、忘れるに忘れられん痛みを抱えとる!」
「きさまの人生だけが悲劇だと思っとるのがおこがましいわ!」
番長さんの言葉に、傷心さんはキッと彼女をにらみ返す。
「な、なんですか人の事なにも知らないくせに!!」
「みんなが抱えてるっていう傷なんて!」
「どうせわたしの痛みとは比べ物にもならない小さなものですよ!」
「・・あれは3年前。わたしは大切に思っていた人に裏切られて・・」
その話をさえぎるように番長が怒鳴る。
「じゃかあしい!話が長いんじゃボケが!」
「きさまの過去なんぞ誰もが察してくれると思うな!」
その言葉にもはや、傷心はあんぐりと口を開けて固まるしかなかった。
「傷の大小はあれど、痛みに大小なんてあるか!」
「他人の痛みは人の目には届かん。」
「なればこそ。」
「その者が痛いと言うなれば、それがその者にとって一番の痛みなんじゃ!」
「痛みを他人と比べようなんざドアホウの愚行じゃわ!」
「そして。」
「痛いと泣くものがおれば救いたくなる!」
「それが人情というもの。」
「嬉々として人を傷付けようというきさんの行為がはなはだ腹立たしい!」
番長の迫力に、その場の誰もが押し黙った。
そして番長さんはぼくたちに目配せをして続けた。
「こやつの相手はうちに任せとくれ。」
「坂井くんは、そのおなごを連れて先に生徒会室へ向かっちくれや。」
ぼくは体の痛みを耐えながらも
番長さんの言葉に黙ってうなづくと
痛い痛いとうめく愛玩式さんを背負い、ペコリと一礼して駆け出す。
「さあて。傷心とやら。」
「うちの勉強代はちと高くつくからのう。」
「覚悟しときやw」
番長は、こぶしを握りボキボキと鳴らしながら傷心へと歩み寄っていく。




