scene18, -一念緋色-
時はさらに遡り
【旧校舎3年Cクラス教室 転校生集会所】
あの、坂井という男は
愛玩式を連れて教室を去っていった。
「要求を飲めなければ今後ぼくたちの協力はしない」・・か。
この空気の中であれだけの啖呵をきれるなんて
リーダーが仲間に引き込みたがっていた訳だ。
ぼく【一念緋色】も、
この教室に集まってはいるがこいつらの仲間であるつもりはない。
世界の破壊にも、転校生とやらにも興味はない。
ぼくがここにいる理由は。ぼく自身の目的のため。
だから彼らの言う計画とやらにもぼくは無関心だった。
どうもこいつら。みんな胡散臭い感じがするんだ。
「・・リーダー。彼の要求本当に飲む気ですか?」
「彼が話を終えるまで手を出さないって。」
【架神好美】がリーダーに問う。
「・・そんな訳ないだろう。」
「こちらはこちらで予定通り動くさ。」
「生徒会長抹殺の手はずをさ。」
リーダーがそんな言葉を返していた。
そう。特にこの2人。
リーダーと、架神の野郎。この2人は信用できない。
「あたしパス~。ちょちやりたい事があるんでね。」
【賽仰寺】とか言う派手な服装をした女が、
そう言いながら教室を出ようとする。
「抜け駆けか?そいつはいただけねえな。」
【豪貫純】が悪態をつくが彼女は
「そんなんじゃねえしー。ちょっとお花摘んでくるだけ♡」
と軽くいなして立ち去っていく。
それに続いて
【無我糸色】と【傷心】もそれぞれ
「俺は俺で好きに動かせてもらう。」
「ちょっとお散歩に。」と席を立つ。
教室の中に集まっていたメンツの大部分が
ダンゲロス開幕前にどこかに言っちまった。
「信用されてないですね。ナナトさん。」
架神がくすりと笑う。
「・・半端者どもが。」
「どいつもこいつもてめえの都合しか考えやがらねえ。」
ナナトと呼ばれるこの教室にみんなを集めた張本人。
転校生たちのリーダーは、表情は崩さず
しかし冷たい目でやつらを見送りつぶやく。
「残ったメンバーのだけで生徒会全体と戦争をするのは賢くねえよな。」
「せめてやつらの頭。生徒会長を殺ればこの学校のパワーバランスを大きく崩せるんだが…」
リーダーが少し考え込む様子を見て。
やつは、架神の奴が言う。
「それなら…ここはあの子の力を借りるしかないかな。」
奴は少し考えるしぐさを見せ、そして。
室内の一番奥。彼女の元に向かい。言い放った。
「【陰依】さん。」
「・・君の能力で生徒会長を討つんだ。」
その言葉にぼくは思わず立ち上がった。
「架神・・きさま・・!」
みんな何を話しているのかわからないという様子でぼくたちの事を見ている。
ぼくと架神のやつが目をやるその場所。
教室に残っているメンバーの誰にも、そこには誰の姿も見えていない。
存在認識不可能力の【陰依霞】の事を認識できているのは
ぼくとこいつの2人だけなのだから。
【一年前】
ぼくがこの学校に編入してきて最初の日。
ぼくは不思議な光景を目の当たりにした。
誰にも認識されない少女。
クラスメイトも、教師も。
学校の行事やテストの成績発表の中でも
彼女の存在が触れられている事はなかった。
ただ、時々ふとした拍子で彼女の存在に気が付く人もいる。
でも、その次の瞬間にはその人は彼女の存在を忘れてるんだ。
そんな時・・彼女は少しだけ寂しそうな顔をする。
「おはよう。」
あの日からぼくは、毎朝彼女に挨拶をするようにしていた。
「あ。おはよう…」
彼女も返してくれるが、それ以上の会話はしない。
だから、あの子がなぜこんな能力に覚醒して
これまでどんな人生を歩んできたのか
それすらもぼくは知る事ができなかった。
気が付くとぼくはいつでも彼女の事を考えている。
そうすれば、いつでも彼女の姿をはっきりと認識できるから。
細い身体。白い肌。ちょっと嬉しい事があった時の表情も
一人で読書をして人目を気にせず涙をしていた時も。
クラスが楽し気な空気で一丸となっている時は
彼女はいつもひとりぼっちで、少し寂しそうにしている。
ぼくは全部見守ってきた。
あの寂し気な表情を救いたい。
この子を守ってあげたい。
いつしかぼくはそう思い
いつもあの子の姿を目で追うようになっていた。
会話はなくても、お互いにお互いの存在を意識する。
それはぼくにとっての幸せな日常でもあったんだ。
・・そんなぼくの日常が壊されたのは、今からひと月ほど前だった。
学園内は、会長のパフォーマンスに触発された学生たちで
大の恋愛ブームとなっていた。
その頃からだ。
彼女がこのおかしな集会に参加するようになったのは。
あの男【ナナト】とかいう男がたまたま陰依さんの存在に気付き
この集会に誘っていたところをぼくも見たけど
肝心のあの男は勧誘したその日には彼女の存在を忘れていた。
それでも彼女はこの集会に通っている。
・・あの男だ。
生徒会総書記【架神】。
何故だかあの男は陰依さんの存在が認識できていて
集会の度に架神は彼女に話しかけ
楽しそうに笑う彼女の顔をぼくは遠目に見る事になっていた。
彼女もいつも奴と顔を合わせれば
今までに見たこともない楽しそうな表情を奴に向ける。
・・・
喜ぶべきなんだろうな。ぼくは。
彼女の存在を知る人ができて
彼女が幸せであるならば
ぼくはそれを祝福する。
でもぼくにはどうしてもあの男が気に食わない。
あの時と同じ。ぼくの胸の中には
すごくいやな何かを感じているんだ。
【現在】
「陰依さん。」
「・・君の能力で生徒会長を討つんだ。」
奴は彼女に体を向けそう言い放った。
その言葉にぼくは思わず立ち上がった。
「架神・・きさま・・!」
「このダンゲロスに…命の保証もない敵地に陰依を向かわせるつもりなのか!!」
ぼくは感情を表に出すことがほとんどない。
だからぼくの言葉に一番驚き戸惑っていたのは、
陰依さんだった。
「ああ。この子の能力。存在の認識を消して記憶にも残さないこの能力は」
「生徒会長の抹殺に一番適している。」
「・・至極妥当な判断だと思うよ。」
陰依さんは不安そうな顔をあの男に向ける。
「・・陰依に人殺しをさせるつもりか?」
ぼくの言葉に、やつは真剣な表情で黙ってうなずいた。
「この子の能力は」
「今日この時のために覚醒した能力なんじゃないかってぼくはそう思うんだ。」
陰依さんは、何も言わず彼の目を見ながらうなずく。
「ただし。ぼくも一緒に行かせてもらうよ。」
「元生徒会のぼくなら道案内もできるし。」
「運が良ければ疑われる事なく生徒会に侵入できるかもしれない。」
「それに。」
「さすがにこの子をひとりで敵地に送るなんて、ぼくだって抵抗があるさ。」
「この子は・・陰依さんはぼくが守るよ。」
その言葉に陰依さんはハッと驚き、目を潤ませてやつの顔を見上げる。
ぼくの心臓になにかがドクンと響いた。
「・・わかったよ。」
「好きにすれば良い。」
「「陰依さんはぼくが守るよ。」」
やつの言葉が僕の中で繰り返し反復される。
彼の言葉で彼女の存在を思い出したリーダーや
その他のメンバーたちも、やつの言葉に納得したみたいだ。
あの男が陰依さんを守り
彼女もそれを望むならそれで良い。
それが一番良いんだ。
でも。
それならぼくは。陰ながら彼女を守るんだ。
気付いてもらえなくても良い。報われようなんて思わない。
ただぼくがそうしたいだけ。
陰依さんが幸せになるなら、ぼくは喜んで犠牲になる。
そう思い、ぼくは誰にも気取られないようひっそりと
並んで教室を出ていく2人の姿を追って教室をあとにした。




