scene17 -愛玩式愛-
あれからぼくたちは
どれだけ歩みを進める事ができただろうか。
愛玩式さんは疲れ果てた様子で
時々ふらりと体が崩れ落ちそうになる。
実はぼくも
あの教室で女子たちに殴打されたダメージが大きすぎて
こうして歩いてるだけでも体中が痛い。
痛みを隠しているつもりだけど
きっとすごく不自然な歩き方をしているんだろう。
時々愛玩式さんが心配そうな顔でぼくを見上げる。
これはさすがに
2人とも満身創痍という様子だ。
ぼくは、近くにあった小さな部屋の扉にそっと体を寄せると
部屋の中に物音などがないか慎重に探り
ゆっくりと少しだけドアを開けた。
そこは大教室の準備室のようだった。
たしか準備室は中からカギをかけられるはず。
「ここなら安全そうだ。・・少し休憩しよう。」
ぼくがせいいっぱいの笑顔で愛玩式さんに言うと
彼女もこくりとうなずいた。
二人で床に座り込み。
少しだけ長めの沈黙を過ごした。
「愛玩式さんはさ。」
ぼくは思いきった彼女に話しかけた。
「あの、賽仰寺さん、とは仲が良いの?」
彼女はこくんとうなずく。
「そっか。良い人だったね。」
・・・
なんだか愛玩式さんがちょっと怒ってる気がする。
「あの。」
「転校生?の教室で君と話してた人。」
「あの人がリーダーさんかな。仲良いの?」
愛玩式さんがだまってうつむいている。
「愛玩式さんは、なんであの人たちと一緒にいるの?」
「あいつは、愛されない運命がどうとかって…」
「そんな風に言ってたけど。」
ぼくが問うと
愛玩式さんはしばらく黙ってうつむいたまま。
話し始めた。
「わ、わたし…はね。パ、パパと、ママ…から、すごくあ、愛してもらってた。」
「わ、わたしのうちもね。」
「円ちゃんちほどじゃないけど、お、お金持ちで。」
「ぱ、パパが社長さんだったみたい。」
「パパは、外は悪い人がい、いっぱいだからって。」
「ママ…も、外は危ないからって。」
「わたし。子供のころから、おうちの外にはぜんぜん出させてもらえなかった。」
「でも、その時はそれがいやとかそんな気持ちはなくて」
「お手伝いさんは優しいし何でもしてくれて。」
「パパやママの友達って人もいっぱいおうちに来て。」
「わたし寂しくなかった。」
「でも…」
「パパとママが、事故で死んじゃってからね。」
「わたし、なにも考えられなくなって。」
「なにもできないし。なにもわからないし。」
「お手伝いさんがおうちのお金ぜんぶ持って逃げちゃっても」
「じょうむさん?がパパの会社の社長さんになって」
「パパの会社も取られちゃって。」
「優しかったオジさんやオバさんも」
「うちにお金がなくなったって知ってから来なくなっちゃって。」
「気づいたら、みんないなくなっちゃって。」
「ぜんぶなくなっちゃったんだ。」
「それでもわたし。なんにもできなくて。」
「おなかがすいても、わたしなんにもわからないから。」
「このまま死んじゃうのかなって思ってたら」
「円ちゃんがおうちまで迎えに来てくれて、学校には通えるようになったんだ。」
「でも、パパとママ以外の人とおしゃべりするのはすごく大変で。」
「自分の気持ちを知られるのがすごくこわくて。」
「いつも笑顔でいるようにしてたら」
「自分の本当の気持ちもわからなくなっちゃって」
「もうわたし、自分で考える事も…わかんなくなっちゃった。」
「そしたら、あの、リーダーの人。」
「ナナト…さんがね。わたしに話しかけてくれて。」
「ぜんぶ、決めてくれるんだ。わたしがする事。」
「それがすごく楽で。それで。もっと考えなくて良くなっちゃって。」
「そしたらね。円ちゃんがいつも怒るんだ。」
「自分の事は自分で決めろって。」
「時々こわいけど。わたし。リーダーより円ちゃんが好きだったんだなって。」
「なんか…さっき、そう思った。」
ゆっくりと。
すこしずつだけど愛玩式さんは話してくれた。
ぼくは、何も言わずに彼女の話を静かに聞いていた。
「わたしも、円ちゃんみたいに強くなりたいけど。」
「わたしなにもできないから。」
「さっきも、坂井くんにいっぱい迷惑かけちゃって。」
愛玩式さんはボロボロと泣き始める。
悲痛な声だ。こんなにも深く心を痛めてるこの子を、救えだって?
賽仰寺さん。厳しい人だな。それに、優しい人だ。
ぼくは彼女の話に答えるべき正解がわからなかった。
だから、ぼくは言った。
「愛玩式さん…。ちゃんとしゃべれるようになったね。」
いつの間にか愛玩式さんは、言葉を途切れさせる事もなく
ぼくに話してくれていた事に気付いていたんだ。
「愛玩式さんはなにもできない訳じゃないんだよ。」
「ただ、悲しい出来事がたくさん続いて」
「心が忙しくぜんぶ忘れちゃっただけなんだよ。」
「今、愛玩式さんは自分の言葉で、自分の気持ちを話してくれたのがすごく嬉しいよ。」
ぼくの言葉に彼女は驚いた表情で。
涙をボロボロとあふれさせた。
そんな彼女にぼくはちょっと動揺してしまい
その気持ちをごまかすように言った。
「ほら。自分の気持ちもちゃんと出せてるじゃん。」
「泣いた顔も、怒った顔も、ぼくはたくさん君の顔を見てきたよ。」
「これからももっと愛玩式さんの素直な気持ちを見せてほしいよ。」
「いつもの笑顔もかわいいけど。」
最後の一言は余計だったな。
ぼくは少し照れ臭くなって目をそらした。
そんな僕を見て、愛玩式さんは「えへへ」と子供のような無邪気な顔で笑った。
・・・・
どれくらい時間がたっただろう。
体の痛みもひいてきた。
「行こうか」と愛玩式さんに声をかけて立ち上がろうとしたけど
愛玩式さんは僕の肩に頭をあずけてすうすうと寝入ってしまっていた。
眼の横に一筋の涙だけ残して。
「・・もう少し。休んでいこうか。」
ぼくは愛玩式さんをもう少しだけ眠らせておく事にした。
このダンゲロスが始まってから初めて
すごく穏やかな時間を過ごせてる気がする。




