scene15 -愛玩式さんのピンチ-
生徒会室を出たぼくたちは
旧校舎、転校生の集まるあの教室を目指して
職員棟内を下っていった。
白黒熊さんの威嚇の効果か
今も階段には暴徒はほとんどいなくて、ぼくたちは滞りなく1階へと辿り着いた。
だけど、すでに学園内はそこかしこで激しい戦闘が始まっており
怒号や悲鳴の入り混じる阿鼻叫喚の地へと化している。
血気盛んな暴徒たちに見つからないよう
ぼくたちは身を隠しながら慎重に進んでいく。
ここまでは、特段身の危険を感じる事もなく、順調に事が進んでいる。
奇跡的なほど順調だ。その、油断が良くなかった。
身を隠し、辺りをうかがい暴徒の視線がない事を確認したぼくは
サッと次の死角へ駆け込み
それに続くよう愛玩式さんに合図をしようと彼女の方へ振り返った。
愛玩式さんは
一人の少女の肩に担がれ連れ去られようとしていた。
愛玩式さんは声のない声でぼくに助けを求め手を伸ばし、離れていく。
愛玩式さんがさらわれた。
状況を理解したぼくは彼女を追おうと立ち上がるが…
考えてみれば。彼女は転校生のリーダーに命じられたぼくの「監視役」だったんだ。
監視役の彼女がいなくなってくれればこの後のぼくは自由の身。
格段に動きやすくなる。
そう…考えようと、したのだけど。
職員棟の前で暴漢に遭遇した時の、
ぼくの背中に隠れて小さく震えていた愛玩式さんの
あの時の表情が頭にちらつく。
「くそっ!」
ぼくは後先も考えずに彼女の後を追った。
愛玩式さんを肩に担いで駆ける少女を見失わないように
必至で追いかけ、飛び込んだ教室では
数十人の少女たちが無機質な表情で待ち構えていた。
教室の真ん中には大きなダブルベットが置かれていて
そこに一組の男女が肩を寄せている。
「やあ。乱暴なお招きでごめんね。驚いたよね。」
ベットに座っていた、男の方がゆっくりとベットから降りながら
愛玩式さんに話しかける。
ぼくの事は目に入っていないかのように無視をして。
「俺は【唯我得裕悦】。生徒会の3年生さ。」
男はそう自己紹介をした。
唯我得先輩。ぼくはその名を知っている。
生徒会書記の補佐。
総書記の架神先輩と肩を並べる
慈正心学園イケメン2トップに数えられている男子生徒だ。
彼は上半身裸だったが
シャツをさっとはおり前ボタンを閉じる。
と言っても、ほんの2つ3つほどしか閉めていないからほぼ半裸と呼べる状態だ。
唯我得は、複数の女子たちに押さえつけられ膝をつく愛玩式さんの目の前に立ち、続ける。
「この子たちには、顔の良い女子を見かけたらここに連れてくるよう指示を出していたものでね。」
愛玩式さんのほほに手を当て、顔を覗き込む。
「ふーん。」
やつは優しい微笑みを浮かべたまま愛玩式さんに言う。
「・・君、バージンでしょ?」
その言葉の意味。
やつの目的を察し、愛玩式さんの顔はサアッと青ざめた。
奴はダブルベットへ戻り腰掛け、愛玩式さんに微笑みかける。
「俺くらいになると顔を見ただけでわかるんだよね。」
「それでさ。君のバージン、いくらなら売ってもらえる?」
「10万?20万?君の言い値で買うよ。」
愛玩式さんは青ざめた顔で、フルフルと力なく首を横に振る。
もし。もしあの時ぼくが彼女を追わなかったら。
この男は…愛玩式さんを傷付けるつもりはなかっただろう。
だけど、もっと最悪な事をしようとしている。
ぼくはゾッとし、あの時愛玩式さんを追った判断が正しかったと思い知った。
「そっかあ。」
「ますます気に入ったよ♪」
そう言うと奴はぼくの方に目をやり、言った。
「君、あの子のボーイフレンドかな。」
「あの子を俺に売ってくれよ。100万でも200万でも好きな額を言ってくれ。」
「ふ、ふざけるな!この子はそんな子じゃない!」
「ぼくだって!金なんかでこの子を売ったりは絶対しないぞ!!」
前者については・・なんの根拠もないけど
なんとなくそう確信していたんだ。
しかしぼくの激昂に、こいつはクスリと笑い、言う。
「良いねえ。君。ますます燃えるなあ。」
そして続ける。
「俺は。金持ちだ。」
「今まで俺は、欲しいものはすべて金の力で手に入れてきた。」
「物も。人も。愛も。」
「・・世間は、愛は金では買えないとか」
「人の心は金では買えないとか言うけどさ。」
「それは心を買うだけの金がなかった奴らの言い訳さ。」
「たしかに金で心を動かさない女も中にはいるさ。」
「でも、その女の大切な人。」
「家族や。恋人や。恩師に金を渡せば」
「そんな女でも簡単に落とす事ができる。」
「俺はほしい女を落とすためなら、金に糸目はつけないからね。」
奴は、ベッドの奥に腰かけていた少女の肩をぐいと引き寄せた。
「それにさ。」
「例えばこの子。2年生の…【貞織星乙女】さんだったかな。」
「この子は、同じ2年の【億年川絆彦】くんという少年が」
「5年間もの片思いを募らせていた少女だ。」
少女の胸を鷲掴みにし、少女の唇に吸いつく。
クチュクチュと音を立て、唇を離して奴は言った。
「・・買わせてもらったよ。50万円でな。」
「わかるかい?他人の愛ですら。金で買い、奪う事ができるんだ。」
ぼくは
無心でやつに殴り掛かった。
しかし、ぼくの拳がやつにあたるその前に
やつに唇を奪われていた少女が
ぼくとあいつの間にたちふさがり
唯我得の身代わりにぼくの拳を受ける。
少女はその場に崩れ落ち、ううと小さなうめき声をあげた。
その状況にしばらく呆然としてしまったぼくを
背後から複数の少女たちが抑え込み
ぼくはその場に倒れこんだ。
「ぼくの魔人能力【独占金使法】は。金を渡した相手を」
「ぼくの指示にしたがう奴隷契約者として扱えるんだ。」
「この子たちはもう、俺の所有物。」
「意思なくなんでも言う事を聞いてくれるんだよ。」
そう言うとこいつは
自分の足元に崩れ落ちた少女の頭上に
ひらひらと数枚の一万円紙幣を撒く。
「ありがとう。俺を守ってくれて。」
「これはボーナスだよ。」
笑顔でそう言う唯我得の足元で
少女はせっせと金を拾い集める。
「金さえあればどんな手段でも取れるんだ。」
「たとえば。こんな風に。」
奴がパチンと指を鳴らすと
少女たちは愛玩式さんの元へ集まり
そして彼女の肩を蹴り倒す。
倒れこむ愛玩式さんは、彼女自身の能力でケガはないはずだけど
奴はその事には気付かない。
気付けないほど
彼女は顔を蒼白させ、恐怖に満ちた表情でがたがたと震えていたからだ。
次から次に少女たちが愛玩式さんに足蹴を浴びせる。
彼女は、ただ身を縮め、小さく声を漏らし泣いていた。
「助けて…怖い…お願い…」そう小さくつぶやく愛玩式さん。
「君も。自分からぼくにお願いして抱かれに来てくれれば」
「お金を受け取って、意思をなくして。」
「この安全な部屋でぼくとキモチ良くダンゲロスを終えられるんだよ。」
奴が。さわやかな笑顔で優しく彼女に問いかける。
ぼくは無我夢中で暴れ。
ぼくの体を押さえつける少女たちを振り払い。
無心で彼女の元へ走った。
彼女の体を包み込むように。
覆いかぶさり彼女の身を護る。
おお!と嬉しそうに声を出す唯我得。
「君。ほんとうに良いね。」
「ますますその子を君から買いたくなったよ。」
「そうだ!趣向を変えよう!」
奴は少女たちに次の指示を出す。
「その少年をなぶり殺せ。」
「ゆっくりと時間をかけてね。」
少女たちの蹴りが。拳が。
次々とぼくの体を打ち付けていく。
痛い。
そのほとんどは少女の細い手足での殴打ではあるけど
時々強烈な痛みが来る。
おそらく、魔人の少女が数人混じっているのだろう。
ぼくは無我夢中で彼女の体を覆い隠した。
「ねえ君。」
「君がうんと言ってくれないから。」
「このままじゃこの少年が死んじゃうよ。」
「俺の金で支持された、俺の女の子たちに殺されちゃう。」
「ボーイフレンドを死なせたくなかったら。自分で服を脱いで俺の元に来るんだ!」
背後からあいつの笑い声が聞こえる。
「俺さ。思うんだよね。」
「大人の世界では。性欲を抑えきれなかったオッサンどもが」
「犯罪を犯してまで性を発散させて、捕まって。みっともなく人生を終わらせてる。」
「でもさ。」
「俺は。そいつらが人生を壊してまで触れようとした若い女の体を」
「金の力でいくらでも好きにできるんだ。」
「大人の世界でも、金で女を買うオッサンどもがいるだろ。」
「それと同じ。誰でもやってる事さ。」
「それにさ。それってようは、世界中の男どもが」
「自分の人生をかけてまで求めてる女の体が金で買えるっていう事実に他ならないんだよね。」
「ようはさ。男の性欲と女の金銭欲って同価値なんだよ。」
「俺は女が自分の体を投げうってまで求めてる金を、いくらでも持ってる。」
「世界中の男がうらやむ、女という贅沢をいくらでも手に入れられるんだ。」
「これって最高で、最強じゃね?」
殴打の嵐に、意識を失いそうになる中で
奴の笑い声が聞こえる。
「金を持ってる俺は最強で!」
「最高に魅力的で!」
「最高にハッピーな人間って訳だ!」
かすかに耳に届く、奴の下劣な笑い声。
そして。
次に耳に届いたのは、あの人の声だった。
「わかるわーー」
「あんたの言う事超わかる。」
そう言いながら部屋に入ってきた少女の声。
聞き覚えがある。
「金の魅力ってほんと最強だよね~」
「これにあらがえる人間そういないわ~」
少女はひょこひょこと気だるそうな足取りで唯我得に近づいていく。
「うん。君。わかってるねえ。」
「ふーん。・・なかなかかわいい顔もしてる。」
「どうだい。君とのロマンチックの一夜。ぼくに買わせてもらえないか?」
やつはその少女のほほを優しくなでる。
彼女は笑顔で答えた。
「ぶち殺すぞクソ下衆野郎♡」
そう答えた瞬間。
ひとりの少女が彼女に拳を振り上げる。
彼女はその腕を掴み。
少女に問うた。
「あんた。この男にいくらで買われたの?」
「わたしがその10倍出してやるよ。」
そう言うと、彼女の頭の横に黒いひずみが浮かびあがり
そのひずみからドサドサと帯を巻いた札束が落ちてきた。
それまで彼女に腕をつかまれていた少女は
かがみこみ札束を必死に集める。
唯我得が叫ぶ。
「は!?なんだよそれ!」
「その金!偽札づくりの能力者か!?」
「ちっげーし。」
「これは正真正銘。あたしのお金。」
「あたしの魔人能力【次元違いのポケット】で」
「持ちきれない金を異次元に入れていつでも出し入れできるだけだよ。」
「なんだよ!なんなんだよお前!!」
叫ぶ彼女に賽仰寺さんは
「あっし。【賽仰寺円】ちゃんで~す。よろぴ~♡」
横ピースの決めポーズでそう答えた。




