いつかまたこの場所で
アレクに料理を教えてもらい始めてから10日経った。
自分でも、料理というものに対する理解度がだいぶ上がったと思っている。
加えて、今更ながら畑当番制というのを導入した。
日替わりで畑の管理をするという単純なものだが、負担は二分の一になる。
「なぁ、さっき畑に様子を見に行ったら花が生えていたんだが、あれはどうすればいいんだ?」
今日の畑当番であるアレクが、読書をしていた私にそう聞いた。
「え、何それ、知らないよ、私」
私がそう返すと、彼は「じゃあとりあえず引っこ抜いてくるよ」と言って畑に向かった。
200年ここで過ごしてきたけど、そんな事今まで一度も無かったわ。
第一、この北の大地にある畑に、私が持ち込んだもの以外が生えてくるなんてありえない。
アレクの衣服に付いていたのかな。
少しして、アレクが戻ってきた。
その手には淡い青紫色の花を持っている。
「その花、何て種類か知ってる?」
「ああ、確か名前はノルメラ。花言葉は再会だったと思う」
ノルメラ、ねぇ...
「その花、多分貴方の衣服か何かに種が付着して、ここに持ち込まれたんじゃない?」
私の推測に、アレクは首肯する。
「この花は俺の母親が好きなんだ。だからよく摘んで家の花瓶に飾ってたんだよ」
「なるほど、じゃあその時に種が付着したのね」
自然と視線がアレクが持っている花に向く。
どうやら私はこの花を気に入ったらしい。
「なあルミア、この花どうしようか。まだ後2本くらい生えてたぞ」
「捨てるのは少しもったいないと思う、綺麗だし」
「どこかで育てる事はできないのか?」
「無理。この北の大地ではいくら周りを壁を囲って中を温めようと花が育つ程度の温度には絶対ならない。保存魔法をその空間にかけたとしても、魔力がすぐに底を尽きてしまうわ」
それほどまでに、北の大地の寒さは厳しいのだ。
私の魔力量はかなり多いけど、それでも持って2日。
その保存魔法にすべての魔力を割いたなら、3日というところ。
もちろん、その前に凍死するでしょうけど。
「じゃあこの家はどうなってるんだ?全然寒くないし、寧ろ快適な温度に調整されてる」
「ああ、それはね、この家全体に保存魔法の刻印が刻まれているからなの」
この家を建てる時、各部屋に使われている魔法素材に保存魔法の刻印を刻んだ。
なのでよくも悪くも外からの干渉を受けず、換気などもやりずらい。
決してメリットばかりでは無いが、こうでもしないと寒さで死んでしまうだろう。
「ならその刻印もすぐ魔力が尽きてしまうんじゃないのか?」
「うーん、それに関しては実際に見てもらった方が分かりやすいかも。ついてきて」
私はアレクを連れて地下室へ向かった。
地下には畑がある部屋以外にもう一つ、さらに深い場所に部屋がある。
キッチンと地下通路をつなぐ階段をすべて降りる。
ここから右に行けば畑に行ける。
が、今日は左に進む。
畑につながる通路には明かりが設置されているが、こちらには面倒くさくて設置していない為真っ暗な上に、もう一つの部屋までに階段があるのでかなり危険。
光魔法で光源を生み出し、一段ずつゆっくりと降りていく。
「アレク、気を付けて」
「この先に何があるんだ?」
「この家の中核、かな」
先ほどアレクに言ったように、この家の至る所に保存魔法の刻印が刻まれている。
一般的に、魔法の刻印の効果を得るには刻印の中にある魔力を維持しなければならない常時発動型と、この服に刻まれているサイズ調整の刻印などの、一度発動する分の魔力さえあれば効果を発揮できる一時発動型がある。
保存魔法の刻印は前者のタイプだ。
なので常に刻印へ魔力を供給しなくてはならない。
私はどうやってそれを行っているのか。
その答えがこれだ。
「これは...魔成石か?こんなに大きな物見た事無いぞ」
少し長めの階段を下りた先に広がる空間。
そこには一般的な二階建ての建物と同等の高さと大きさを持つ、淡く光る大きな石があった。
魔成石は、長い時間をかけて魔力が結晶化した物で、利用すれば大量の魔力を抽出できる。
「そう、これがこの家の中核、魔成石。私はこれを利用してこの家全体に魔力を供給しているの」
「こんなすごい物、俺に見せて良かったのか?」
「別に構わないわよ。見せて減る物でもないし」
「いや、そういう事じゃ無くて、俺が北の大地に来た理由…」
「あ!」
しまった!
アレクがここに来たのは北の大地の調査。
こんな物を見てしまっては報告せざるを得ない。
「黙ってて」
「えー、どうしよっかなぁ」
魔法で手のひらの上に炎を作り出し、その勢いを通常の物より増大させる。
「《《黙ってて》》」
「じょ、冗談だって...第一、俺が恩を仇で返すような奴に見えるのか?」
「見える」
「最悪」
アレクの口封じが成功したところでふと魔成石を見る。
久しぶりに見たけど、後3000年くらいは持つわね。
まぁそんなに生きられないでしょうけど。
そういえば、確かここから更に北上した所にサイズは劣るけどもう一つ魔成石があったような...
でもあれ、変な術式が刻印されていて、魔力運用にどんな影響があるか分からないのよね。
問題があったらその時の私に何とかしてもらいましょう。
「ねぇアレク、さっきノルメラ?を捨てるのはもったいないって話をしてたわよね?」
「ああ、確かにしてたが、何か良い案でも?」
「ここから北に、もう一つ魔成石があるの。ここのと比べて半分くらいの大きさだけれど、花を生育する花畑を作るには十分だと思うわ」
私、あのノルメラという花が気に入ったわ。
花畑を作る事が出来れば、アレクが居なくなった後の趣味の一つとして楽しめると思うのよ。
「花畑か、良いんじゃないか」
「なら、さっそく始めましょう」
「え、今からか?」
「当たり前でしょ?思い立ったが吉日ってやつよ。というか、やる気のある内にやらないと途中で投げ出してしまうし」
「ご自身の事をよく分かってらっしゃるようで」
花畑を作る事が決定したので、さっそく行動に移した。
まず最初に、私一人で北へ向かいもう一つの魔成石の在処を明確にし、その際、魔成石に刻まれた術式が何なのか確認した。
こんな魔法術式、誰が設計したの?
あまり良い物とは思えない。
費用対効果が見合ってないし。
まぁ、私が使う事は無いでしょう。
続けてその真上にそれを利用できるような空間を岩石魔法で作った。
北の大地では、地面がぶ厚い氷と雪で覆われているので、掘って地下に空間を作るより、岩石魔法で地上に空間を作る方が断熱性や利便性が良い。
念のため、凍結魔法で覆ってカモフラージュしておきましょう。
ここで魔力の限界が近づいてきたので、この日は帰宅した。
アレクは家の畑の一部の区画を使ってノルメラの数を増やし、私は花畑の環境を整えた。
そんな感じで役割分担をしながら作業を進めていったが、最後の花を植えるという工程ができるようになるまで5日もかかった。
花の数は成長魔法のおかげで3輪から10輪に増えた。
アレク曰く、ノルメラは成長速度が速く、繁殖力も高いため、これだけあれば何らかの要因で一部が死滅したとしても十分自力で繁殖できるとのこと。
「それでルミア、いつ頃植えに行くんだ?」
畑から全てのノルメラを収穫し、保存箱に入れ終わった時、アレクが質問した。
「そうね、花の準備は整ったけど、今日はもう遅いし、明日にでも植えに行きましょうか」
「分かった、花を入れた箱は入り口付近に置いておく」
この日の花畑に関する準備はこれで終わった。
翌日、朝食を食べ終わり、食器を片付けていた私にアレクが話しかけてきた。
その手には一輪のノルメラが握られている。
「なぁルミア、花に刻印を刻んだ事はあるか?」
「無いわね。第一、花に刻印なんて刻める物なの?そんな事すれば花が耐え切れずに刻印が暴走するはずだけど」
「…わかった。ありがとう」
アレクは私の答えを聞くと、「やっぱりそうだよな」と小さく呟いて、手に持ったノルメラを見ながら立ち去った。
どうして急にあんな事を聞いてきたのかな?
サイズ調整の刻印を刻めるくらいの技量を持っているのだから、当然知っているものだと思うのだけど。
そんな疑問を抱えながら私は読書をして時間を潰し、昼前、アレクと一緒に花畑予定地へ向け出立した。
移動方法はいつも通り、浮遊魔法を付与されたアレクが荷物を持ち、それを私が引っ張りながらの飛行魔法。
二人に飛行魔法を付与するよりも、こちらの方が効率がいいんだよね。
アレクは不満そうだけど。
5分程移動した頃、前方に洞窟らしき物が見えてきたので、それの手前に着地し、アレクにかけた浮遊魔法も解除して中へと入る。
灯りは何一つとして設置されていないが、太陽が年中雪雲で覆われている北の大地では眩しいと思えるほどの光が奥からこの通路を照らしている。
「ここが、花畑か?」
奥に広がるは巨大なドーム型の空間。
床には私が岩石魔法で作り出した土が敷き詰められており、空間の中央には淡く光る水晶球の置かれた台がある。
「早速花を植えましょうか」
持ってきた10輪のノルメラをアレクと私で5輪ずつ持って、水晶球の周りに植えた。
その後全て植えたのを確認して、成長魔法をかける。
「あの真ん中にある玉は何なんだ?」
「あれは魔法装置よ。ここに疑似的な雨を降らせたり、幻影で空を作り出したりできるの。後風も作れたりする」
「空を?イマイチピンとこないんだけど」
「実際に見せるから待ってて」
水晶球に触れて魔力を注入し、幻影魔法と風魔法を発動する。
すると水晶を中心に空が広がり、先ほどまでドーム状の空間だった場所が青空の元の草原へと変化し、入口の方からそよ風が吹く。
しかし付近の地面だけは変化せず、10輪のノルメラが植えられているばかりである。
「作っているうちにいろんな機能が欲しくなっちゃって、気づけばあの家よりも高性能に…」
元々こんなに良い物を作るつもりは無かったんだけどなぁ。
この200年で私の技量もかなり上がって、あの家の畑に実装できなかった魔力を注入するだけで雨を降らせる装置を作ることができるようになった。
今の技量だったらあの家をもっと快適にできるかもしれない。
「ルミア、渡したい物があるんだが」
アレクはポケットから何やら加工されたノルメラを一つ取り出し、それを私に手渡した。
「そのノルメラは髪飾りに加工して、家のあちこちにある保存魔法の刻印を真似て刻んだ。保存魔法、術式が複雑すぎて刻むのが、今まで刻んできた刻印の中で一番大変だった。箱とか服にそれを刻印してるルミアの凄さが改めて分かったよ。それと、金属部分に俺のとっておきの刻印が刻んである。俺からのお礼だと思ってくれ」
渡された物を見た瞬間、私は目を疑った。
アレクが保存魔法の刻印を完璧に再現しており、そのとっておきとやらの刻印は私の知らない術域だったのに加えて、保存魔法の刻印が髪飾りの金属部分ではなく、花自体に刻まれていた。
あり得ない。
不可能だわ。
普通こんなことをすれば花が耐えきれず刻印が暴走して軽い爆発を起こす。
これの今の状態は、奇妙と言わざるを得ない。
「アレク、これどうなってるの?」
「母親が教えてくれたんだ」
「今帝国では一般的な技術なの?」
「いや、おそらくこれができるのは俺と俺の母親だけだ。そうだ、聞かれそうだから先に言っておくが、母親がこの技術を知っていた理由は分からない。というか、何回聞いてもはぐらかされる」
「そう、分かったわ」
知識欲の一環としてこの技術を習得したい。
この刻印を見てからその思いが湧き出てくる。
でも、それ以上にこれを貰った事が、嬉しい。
今までこんな良い物、貰った事が無いから。
「アレク、ありがとう_」
私がそう言うと、アレクは驚いた表情でこちらを見つめる。
「どうかした?私の顔に何か変な物でも付いているの?」
「ルミア…泣いてるのか?」
アレクに言われて自分の頬を確認すると、涙と思われる水滴が付いていた。
私はすぐさま後ろを向き、涙を拭った。
「やだ、何で…ごめんなさい、泣くつもりは無かったの」
涙が出なくなったのを確認して、再度アレクの方を向く。
「まさか、泣くほど喜んでくれるとは思わなかったよ」
「うっ...じ、じゃあ泣かせた詫びとして私にこの髪飾りを付けなさい!」
「否定はしないんだな」
「一言余計よ」
アレクが優しく手を伸ばし、私のおくれ毛の辺りに髪飾りを付けた。
ああ、何だろう、心がすごく、温かい。
幻影魔法で作り出した空の蒼が澄み、風が私の髪をなびかせる。
この日、私の大切が一つ増えた事を初めて認識した_




