回想2
物心がついた頃には、すでに母との二人暮らしだった。
道を歩く子連れの家族を見て、父というものの存在を知ったぐらい、母は父について話した事が無かった。
俺から聞こうとは思わなかった。
父親なんて居なくても十分幸せだったし、病気の母を放っておくような奴なんて要らないし、どうせロクな奴じゃない。
ルミアには俺が加護無しである事を隠さず話したが、10歳の頃まではその事実を隠して生きていた。
腕を見せてもいけないし、魔法が使えないとバレてもいけないというルールを守って暮らすのはかなり大変だったが、この対応は正しいと思うし、俺が親でもきっとそうする。
そんな俺の、子供時代の話_
小さな、決して綺麗とは言えないような家に俺と母の2人で暮らしていた。
俺の朝は、冷たい床から起き上がるところから始まる。
家にベッドが1つしかなかったので、病気の母を気遣い、俺は床で寝ていたのだ。
起きてすぐ、まだ寝ている母を起こさぬよう静かに部屋を出て、朝食作りに取り掛かる。
朝食と言っても、安いパンの切れ端に焼いた卵を絡めただけの簡単なものだ。
「アレク、いつもありがとう」
俺が食事作り、提供した時、決まって母はベッドの上からそう言う。
「いいって、これくらい」
俺はその感謝の言葉に、いつもこの定型文で返す。
そしていつも通り、母のベッドのそばに置いてある道具の入ったカバンを手に取り、ドアノブに手をかけた。
「それじゃ、依頼行ってくる」
この頃の俺は働けない母の代わりに稼ぐため、朝から冒険者と依頼の管理をしている冒険者協会に行き、毎回必ず依頼を数個受けていた。
冒険者という職業は、字面から受ける凄そうな印象とは違って、実質的には日雇い労働者だ。
危険だが帝国の騎士がやるほどでもないような依頼を受け、日銭を稼ぐ。
お世辞にも華やかな職とは言えない。
そんな冒険者だが、唯一の良い所は、俺のような子供でも始められる事だろう。
そうは言っても、あくまで出来るだけであって、子どもの頃から冒険者をやる奴なんて、ほとんど居ない。
少なくとも、俺は会った事が無かった。
そのせいと言うべきかおかげと言うべきか、ちょっとした有名人だった。
「おはようアレク君。今日も早いね」
「おはようございます」
毎朝開店準備をしているパン屋のおばさんと挨拶を交わす。
道ですれ違う人とも、挨拶や軽い会釈をする。
何故そんなに挨拶をする人が居るのかというと、毎朝同じ時間に同じ道を通っているし、何より朝から冒険者用の装備を担いだ子供が居れば誰だって一度は話しかけてしまうというものだからだ。
一度話してしまえば挨拶くらいするようになるのが、人間という社会的生物だ。
誰も居ない冒険者協会の前で止まり、その大きな入口の扉が開くのを待つ。
「おはよう、アレク君。今日も依頼?」
「はい。何か良いのはありますか?」
扉を少しだけ開け、顔を覗かせてきた受付嬢に依頼の良し悪しを聞いた。
「うーん、どうだろう。今日は比較的難易度が高いのが多いかな」
受付嬢が完全に扉を開け、冒険者協会が営業を開始した。
早速中へと入り、吸い付くように依頼が張ってあるボードの前に立つ。
じいっと依頼を吟味し、数個、自分でもできそうな物を選び取り受付嬢に提出した。
「薬草の採取依頼と、ゴブリン3匹の討伐。うん、これならできそうだね」
受付嬢は陽気な口調でそう言うと、依頼用紙に少し大げさな動きでハンコを押し、俺に返却した。
俺は一言「ありがとうございます」と言ってその場を後にした。
採取依頼、ゴブリンの討伐依頼共にここ、帝都近辺で完了することが条件になっているので、協会の前の大通りを道なりに進み検問所を目指す。
「やあ、アレク。今日は何受けたんだ?」
検問所にやってくると、鎧を着こんだ大きな体の騎士が話しかけてきた。
この人も良く俺に話しかけてくる知り合いの一人だ。
「薬草の採取とゴブリン討伐」
「そうか。まぁアレクなら大丈夫だな、気を付けろよ」
「はい、行ってきます」
検問所にいる帝国騎士は全員気の良い人で、いつも俺が通る時に本当に受けた依頼が危険じゃないか確認してくれる。
帝国には、良い人ばかりだ。
検問所を通り過ぎるとそこには草原が広がり、その奥に森がある。
目的地はその森だ。
草原は10分もあれば越えることができる。
森は帝国でも随一の面積を誇り、帝国が開拓を諦めた程魔獣が生息している危険な場所であるため、魔獣除けの松明、迷わないためのコンパスを装備し、森へ立ち入る。
一つ目の依頼は薬草を束が作れる程度の量を採取し提出すること。
この森は危険で溢れているが、その分資源も豊富なので、薬草を集めるのに時間はかからなかった。
二つ目の依頼、ゴブリンの討伐は薬草の採取に比べて少し難易度が上がる。
ゴブリンは基本3匹で動く上に、魔力に関して非常に敏感なのでこちらの位置が簡単に感知されてしまう。
非常に厄介な存在だ。
そう、普通の人間にとっては。
薬草を採取し終えてすぐ、何かの気配を感じた。
大きな前歯に、ネズミのような頭、筋肉の起伏が強調されるような灰色の体。
そう、ゴブリンだ。
手には何かの生肉を持っていて、辺りを警戒しつつどこかへ向かっているようだった。
ただ、1匹しか見当たらなかったので、後を付けた。
すると、辺りの木よりも一回り大きい木の下で、2匹のゴブリンと合流した。
「見つけた」
すぐさま近くの低木に身を隠し、奇襲の機会をうかがう。
3匹のゴブリンは互いの成果を確認し合い、同じ方向へ歩き出した。
おそらくその先にゴブリンの集落があるのだろう。
やるなら今しかないと思い、俺はカバンからナイフを取り出して、低木を飛び出した。
大きくナイフを振りかざし、一番後ろに居た奴の首を切りつけた。
まずは、1匹。
続いて攻撃へと転ずるのが遅れた奴の腕を切り落とし、その勢いで首を刎ねた。
最後の1匹が棍棒を構え、仲間の返り血を浴びた俺と対峙する。
上段から振り下ろされた棍棒をナイフで受け流し、胸部を刺突した。
ゴブリンは血を吹き出しながら、膝から崩れ落ちるようにして倒れた。
魔力の感知に自身を持っているゴブリンは不意を突かれる事に慣れていないので、奇襲がほぼ確実に成功する。
これは、魔力の無い俺だからこそできる方法だ。
早速、ゴブリンの討伐の証拠となる片耳を切り取り、専用の袋に入れた。
協会の規定では、体の一部であればどこでもいいことになっているが、生理的嫌悪感の少ない耳などを切り取る冒険者が多い。
受けた依頼を完了したので、持ってきたコンパスを頼りに森を出て、検問所から帝都へ戻った。
「アレク、お前返り血だらけだぞ」
検問所を通りすぎる際、そう声をかけられた。
確かに、かなりゴブリンの返り血が付いてしまっている。
後で母に洗浄魔法で綺麗にしてもらおう。
返り血が付いたまま協会へ戻り、依頼完了の報告をした。
10歳時点での俺の階級は白金、金、銀、銅、鉄の5段階の内一番下の鉄。
だから報酬金も2つの依頼を達成してようやく一日の生活費が賄えるくらいしか貰えない。
「やっぱり階級上げてもらえないんですか?」
「銅は危ないから、もうちょっと大人になったらね」
俺としては階級を上げたいのだが、実力が足りないというよりも、協会が階級昇格を許可してくれない。
階級が上がればより危険な依頼を受けられるようになるからだ。
「もうちょっと大人って、具体的に何歳ですか?」
「15歳とかじゃない?」
「言質取りましたからね」
後ろに列が出来始めたので、話をそこで切り上げて早々に協会を出た。
昼が近くなり、朝よりも人通りが多くなった道を歩き、家を目指して歩く。
「アレク~!」
その途中、大通りから逸れた脇道で近所に住んでいる同年代の子供、カイルに声をかけられた。
「この後みんなで遊ぶんだけど、良かったらアレクも一緒に遊ばない?」
昼食を取るには少し早い時間だったので、俺はそれを承諾した。
カイルは近所の子供を束ねている親分的な存在であり、彼とはよく一緒に遊んでいる。
カイルに手を引かれ帝都に住む子供たちのたまり場にやってきた。
各々がいくつかのグループを作り、広い場所が要るような子供らしい遊びをしている。
ここは元々大きな屋敷が立っていたが、持ち主だった貴族が不正を働いたため土地ごと没収され更地にされたらしい。
その後、この土地は帝国が所有する事になり、特に立ち入りを禁止されているわけでも無いので、それに目を付けた子供が徐々に集まってきたという。
目の前に大きな道がある事が、こうなった主な要因と言える。
正直グレーソーンだが、今思えば帝国側も黙認していたのだろう。
「あー、アレクだ!」
たくさんいる子供の内の一人が俺に気付き、駆け寄ってきてボールを俺に押し付けた。
ここにはよく訪れているので、良くも悪くもここにいる大抵の子供には一方的に知られている。
そして時々こうして遊びに誘われるのだ。
ただ、俺はカイルと遊ぶ為にここへ来たので、断ろうとボールを突き返した。
するとその子供はそれを押し返した。
「遊ぼ!」
おそらく俺よりも年下であろう子供は、上目遣いで「ね?」と遊ぶことをねだってきた。
結局、その子と一緒に遊んだ。
ボールを投げ合ったり、追いかけっこをしたり、おままごとに付き合ったりした。
俺は押されると弱い、この日以前と以降で唯一変わらなかった事だ。
「アレク、そろそろ昼飯だし帰ろう」
俺に道連れにされる形でたまり場の子供達と遊んでいたカイルが、遊びを中断して俺の肩に手を乗せてそう言った。
「わかった」とだけ言って一緒にボール遊びをしていた子供に分かれを告げた。
かなり強めに引き留められはしたものの、ボールを返して説得する事に成功した。
背を向けて帰ろうとした瞬間、追いかけっこをしていた子がその子にぶつかってボールが手を離れてしまった。
ボールはゆっくりと何かに引っ張られるように大きな道の方へ転がって行った。
その子は姿勢を低くしながらボールを追いかけて行き、大きな道と跡地を隔てる壁など無いため、ボールは転がり、その子は道へ踏み出した。
俺は自然とそのボールを見つめた周辺視野で、馬に鞭を打って向かってくる大きな馬車を捉えた。
考え始めた頃には、もう体が駆け出していた。
子供に追いつくのに、2秒もかからなかった。
馬がそこまで迫っていたので咄嗟にその子を反対側に突き飛ばした。
俺も逃げようとしたが、体勢を崩してしてしまい、転倒してしまった。
「アレク!」
カイルが俺を助けようと動き出したがもう遅かった。
咄嗟に頭を抱えたが、結果として馬は俺に当たらなかった。
御者がギリギリの所で馬車を止めたのだろう。
助かったのかと思い、頭を守っていた腕を解いて上体を起こす。
するとふくよかな体型の御者が降りてきて、俺のそばへ寄ってくる。
これなら文句の一つや二つ言われても仕方ないと思ったが、御者が降りたのはそのためでは無かった。
「この、クソガキが!」
そう強く言葉を吐き捨てると同時に、俺を馬鞭で打った。
殴られるのとはまた違った痛みが、右腕を襲う。
どうやら1回では御者の気が済まなかったようで、何か言いながら何度も馬鞭を俺に打つ。
「誰がこの馬車に乗ってると思ってんだ!」
思考すらできない程強烈な痛みに襲われている俺を救おうと、カイルと俺が助けた子供が御者の足にしがみ付く。
何か言葉を発した訳ではないが、御者は馬鞭の柄で殴っても離れない子供2人に困り、再び馬車に乗って大きな道を進んでいった。
それを見た2人はすぐさま俺に駆け寄り、意識があるかどうか確認するため話しかけてきた。
「大丈夫か?」
俺が子供にそう聞くと、目に涙を浮かべながらも「うん!」と大きな声で返事をした。
「そんな事より今は傷を__」
カイルが言葉に詰まったのを見て、何かあったのかと左手で鞭で打たれた場所を触る。
そうして、俺もようやく気付いた。
何も無い、ただ真っ赤に腫れた腕が露出している事に。
その時、俺の思考は完全に停止した。
魔法神の加護の紋様が無い腕を、見られてしまった_




