回想1
翌日の昼頃、アレクからとんでもない事を聞かれた。
「ルミアってさ、たまにボロが出るよな」
「はい?」
ボロ?
何、ボロって?
少しだけ出かけた事があったのは覚えている。
けど出した記憶は無い。
いや、無いけれど。
「何となくなんだけど、図星を突かれた時とかに口調が崩れるなって思ってさ」
「そんな事ないと思うけ・れ・ど?」
「そんな事あるだろ」
……もう、良いか。
「…ああ、もう!ええ、確かに少しだけ口調変えてましたぁ!何か文句でも!?」
「い、いや、文句なんて無い。ただ、どうしてそんな面倒な事をしてたんだ?」
「師匠の、ま、真似」
それを聞いたアレクは吹き出すようにして大声で笑った。
ああ、私の築き上げてきたルミア像が崩れていく音がする。
別に私だって真似したくて真似してる訳じゃないんだけど。
彼は笑いを堪えながら話を続ける。
「そ、それで、師匠って?」
「笑うような人には教えてあげない」
「ごめんって」
「はぁ、師匠は私の恩人でもある人ね。その人の言いつけで口調を変えてたの。話せば長くなるんだけど、聞く?」
「どうせ他にやることも無いし、聞かせてくれ」
テーブルを囲んでアレクと話していた私は、少しばかりの水をコップに入れ、話し始める。
「確か、師匠と出会ったのは、私がエルフの村から追い出されて死にかけていた時だったかな。私はある1人の人間に拾われた__」
ーー
私がエルフの村に居られたのは、成人と認められる20歳になる誕生日の前日まで。
居られたとは言っても、窓すらない牢獄のような汚い部屋に閉じ込められ、奇妙な味のする食料を与えられるばかりだった。
日付が変わり私が19歳から20歳になると、その部屋に村長、私の実父がやってきて強引に連れ出した。
初めて見る外の世界に動揺している私に構いもせず、村長は私の腕を引きちぎるかのような勢いで村の外へ向かう。
村の対魔獣用結界の境界に到着すると、村長は私を外側へ放り投げ、その直後何らかの魔法を使用した。
投げられた私は村へ戻ろうと村長の方へ歩み寄った。
今考えれば、村の人々の私への待遇はかなり酷いものだと分かるが、物心が付いたころにはすでにそうだったので、当時の私にとって、それは普通だったのだ。
普通に接されている普通の女の子が自分の家に戻ろうとするのは、ごく自然な事である。
歩み寄る私から逃げるように、村長は村の方へスタスタと歩いていった。
村長が離れて行ってしまう前に袖を掴もうと手を伸ばすと、手が魔獣用の結界に弾かれた。
私は酷く困惑した。
何故、私が魔獣用の結界に弾かれるのか。
「お父さん!何で⁉私、何も悪いことしてないのに!」
そう精一杯叫ぶ私に、一瞬だけその怒りに満ちた顔を向け、ボソッと呟く。
「俺を、お父さんなどと呼ぶな__野垂れ死ね、魔女」
それから私は何も食べる事なく3日彷徨った。
3日間で口にしたのは木々の葉を伝って滴っていた雨水のみ。
エルフの村は大きな森林の中にあり、通常食料には困ったりしないのだが、生まれてから何の知識も、欠片ほどの自由も、ひとつまみの愛情さえ与えられなかった、与えられる食べ物以外見たことない私に、可食か否かなど判別できるわけも無い。
「…白銀髪の、エルフ?」
意識が朦朧としながら行く当てもなくただ歩いていると、どこからか声が聞こえた。
その声を聞いたのを最後に、私は意識を失った。
目を覚ますと、真っ先に目に入ったのは非常に簡素な作りの天井だった。
私は決してフカフカとは言えない微妙な硬さのベッドに横たわりながら周囲を観察した。
素人が作ったかのような天井版に、所々にある隙間、そこから時々隙間風が吹いてくる。
ここは、死後の世界?
私、死んだのかな。
本気でそう思った。
そんな環境でも、今まで生活してきた環境より遥かに生活空間として優れているからだ。
それこそ、死後の世界かと思えるほどに。
「やっと目を覚ましたのね」
上体を起こし、ベッドから出ようとしていた時、黒髪が特徴的な一人の女性が入ってきた。
ただ、その女性の耳は、長くなかった。
それが私は非常に怖く、咄嗟に自分の体を掛け布団の下に潜るようにして隠した。
「あ、あなた、誰?エルフ、じゃない」
私は初めて見るエルフ以外の種族に怯えながら、恐る恐る質問した。
目の前の人物は、私にやさしく微笑みながら答える。
「私はエファリア、人間よ。貴方のお名前を教えてくれないかしら」
「な、名前?」
「そう、名前。何と呼ばれていたの?」
「お、お前」
みんなにある名前というものが、私には無かった。
今考えてみると、そもそも私に名前を付ける必要すらなかったのだろう。
「そうなのね…分かったわ。それで貴方、森の中で倒れていたのよ。外見だけではなく、内臓まで酷く劣化して。治癒魔法で治しておいたけれど、一体何があったか、教えてくれる?」
エファリアと名乗る人間は、近くにあった丸椅子を魔法で移動させ、私の目の前に座った。
しばらくの間、互いに無言の時間が続いたが、エファリアは私が話し始めるまでそこを動く事は無かった。
その姿勢に根気負けするような形で、私は森の中で倒れた経緯を話した。
「私ね、いつも通りいい子で居てたの。お部屋の外にも出なかったし、お喋りもしなかったし、ごはんのおかわりもお願いしなかったの。でねでね、誕生日になったらね、お部屋にお父さんが来てね、私をお外へ出してくれたの」
それを聞いて段々と作っていた笑みが崩れていくエファリアを気にする事も無く、私は7歳児並の語学力であった事を話していく。
「でもね、お父さん、私を結界の外に出して村に戻っちゃったの」
「…その時、お父さんは何か言っていなかった?」
「言ってたよ。えっとね、確か、魔女って」
その時の師匠の顔は、今でも脳裏に焼き付いている。
あの優しい師匠が明確に殺意を秘めた表情、その瞳孔が。
それに私は怯え、話すことで少し開いていた心を再び閉ざした。
「ごめんなさい。怯えさせるつもりは無かったの」
エファリアは立ち上がり、掛け布団に籠った私に手を添える。
布団越しに伝わる人肌の温かみ。
それにより、沁みるとも言うべき心地の良い感覚が体全体に与えられる。
人生で初めてされたその行動に、私はとても安心感を覚え、再び眠りについてしまった。
次に目を覚ましたのは夕方だった。
ベッドから上体を起こし、窓に顔を向ける。
その瞬間、私は人生で初めて、感動というものをした。
ああ、なんて綺麗なんだろう。
初めて見るその橙に染まった美しい空に、私は目を奪われた。
その永遠とも思える様な一瞬は、私の心に絶対的な何かを残したと、そう思った。
ふと空を自分色に染めた太陽を見ると、早々に沈もうとしている。
「夕食ができたのだけれど、貴方も食べる?」
外が暗くなり、夜行性魔獣の目に反射した生活光が不気味に思える頃、エファリアがこの部屋へやって来た。
夕食への招待を受けようか迷っていたが、私の腹の虫が大きな音を立て、断るという選択肢を拒否する。
エファリアに連れられて部屋を出ると、今までに嗅いだ事のない食欲をそそる良い匂いが私の鼻腔を支配した。
その発生源は、火が通された何かしらの魔獣の肉のようだ。
エファリアは私に食卓に着くよう促したのち、その肉の一部を切り取って皿に盛った。
「これ、食べ物?」
エファリアは首肯し、優しい笑みを作る。
「そうよ、何か気になる事でもあるの?」
「うん。これ、私の知ってる食べ物と違う」
しかし当時の私には、目の前の物が何なのか分からなかった。
「…何が違うの?」
「これ、点々も、青い所も無い」
食べ物には斑点がある。
果物であれば一部、もしくは半分ほどが水色っぽい何かに覆われている。
それが、私の常識だったから。
「それは、どういう事?」
彼女は意味が分からなかったのか、その言葉の意味を私に問うた。
ただ無垢な私は、その問いに常識を返す。
「えっとね、青い点々のがパンでね、黒い点々が浮かんでるのがスープって言うの」
「そう、だから内臓が…教えてくれてありがとう。冷めてしまう前に食べましょうか」
彼女の発言から推察するに、私の内臓は清潔ではない環境で過ごし続けた事に加え、カビの生えた食料を日常的に摂取していたことで、かなりボロボロの状態だったのだろう。
この時師匠に出会って治してもらわなければ、私は確実に死んでいた。
寧ろ、この時まで生きていたことが奇跡と言えよう。
「ほ、ホントに食べ物?」
目の前の肉を怖がる私に、彼女は私の皿の肉を取って食べた。
「ほら、食べられるわよ」
それを見た私は勇気を振り絞って、肉を口の中へ放り込んだ。
「ねぇ、これ何て味?」
物心のついた頃にはすでにカビの生えた食料を与えられており、一般人レベルの教養すら教えられなかった。
「きっとそれはね、”美味しい”って言うのよ」
「おいしい?」
「そう、美味しい。幸せの味よ」
私は美味しいという概念を知らなかったのだ。
私は皿にあったものをすべて平らげ、それを見せつけながらこう言った。
「今、幸せ!」
「そう、良かった__」
そう言う彼女は、泣いていた。
涙を堪える事なく、エファリアは言葉を続ける。
「名前が無いと不便だから、私が付けてもいいかしら?」
「名前…?」
「そう、名前」
皿を持ったままの私に歩み寄り、頭を撫でて抱きしめた。
「今日から貴方は”ルミア”よ」
この瞬間、私の人生は始まった。
翌日から、私は彼女に様々な事を教えてもらった。
教養、学問、魔法。
毎日が幸せだった。
しかしこの生活は5年程で終わる事になる。
ーー
「なんでそんな続きが気になるような終わらせ方するんだよ、本の読み過ぎか?」
「ははは…殺す」
「脅しじゃなく宣言なあたり、本気っぽいな」
そんなやり取りをした後、少しの間静寂が場を包んだ。
「なんで黙ってるの?私の過去を話したんだから、感想くらい言っても良いと思うんだけど」
アレクは「いや、違うんだよ」と否定から入り、言葉を続ける。
「俺でもカビの生えた食事なんて食べた事無いからさ、びっくりしたというか驚いたというか…」
「ちょっと意外。貴方ならそういう経験一度位あるかと思ってたわ」
「失礼な。俺が食った事あるのは裏路地に居るドブネズミくらいだ」
「私からすればそっちの方が…まぁいいわ」
そんな会話をした後、アレクはひねり出すように言葉を発した。
「なんというか、その髪の事で結構苦労したんだな」
「そのせいで、私は今でもこの髪があまり好きじゃないわ」
「そうか?俺は綺麗だと思うぞ、その髪色」
「あ、貴方ねぇ…」
アレクはいつも、私が言われた事のないような言葉を平然と言ってくる。
ホントに、そういうところが私は、私は…
私との会話を終えて彼がテーブルから離れようとしたので、私は呼び止めた。
「まさか、私に過去を話させておいて、自分は何も話さないつもり?」
「何か聞きたい事でもあるのか?」
「…帝国における加護無しの扱い?」
「疑問形って事は特にないんだな」
彼は大きくため息を吐いて、テーブル越しに私と向かい合う。
「じゃあ子供の頃の話でもするとしますか_」




