むき出しの現実
物々しい装備を着た軍の兵士たちに囲まれながら馬車に乗り込み、それから30秒もしないうちに馬車は国境線を目指して動き始めた。
揺れる馬車の壁にもたれかかりながら窓の外を眺める。
アイゼルド王国に宣戦布告された。
私たち帝国としては、彼らが亜人地域の資源を狙っているのは明白であったため、宣戦布告の口実を与えないよう慎重に立ち回っていた。
しかし彼らアイゼルド王国は、開戦の理由を現在の帝国ではなく過去の帝国に見い出した。
”帝国は亜人地域を奴隷市場の拡張及び奴隷調達の為に統合した。”
これは、第4代皇帝ガナムンド・イル・サイルが実際に行った事実、帝国の闇だ。
もちろん、今も亜人を奴隷とするために領土にしているわけじゃない。
今には当てはまらない、過去の話だ。
だが、それは資源が欲しいアイゼルド王国にとってどうでもいいことで、実際に帝国が行った事であれば問題ないのだ。
その事は帝国の教科書にも載っていない、皇族を含めたごく一部の者しか知らない事。
アイゼルド王国側がどうやって知ったのか、詳しく調査する必要がありそうだが、私が今内側に目を向けている暇はないし、穀物の価格吊り上げを含めた調査と犯人の確保をお兄様に任せている。
宣戦布告されてから1か月で、アイゼルド王国は12万の兵を動員した。
対して私達帝国は各所から限界まで兵をかき集めてようやく10万。
元々魔女の事もあって軍はある程度活性化とも言うべき状態にあったが、他国の介入の可能性も考慮し領土を守る為兵を各所に配備した結果、動かせたのは全体で13万のいる軍の内10万となってしまったのだ。
私達帝国は戦争が始まる前から不利な状況に置かれてしまっているが、帝国民の為に絶対に勝たねばならない。
アイゼルド王国は人間至上主義の国。
亜人地域を渡せば彼らに危害が及ぶのか、想像に難くない。
この戦争において私が任されたのは、兵達と共に戦線へ赴き、彼らの旗頭となって士気を高める事。
実際に指揮を執るのは軍の参謀なので、まぁ実質的なお飾りだ。
それでも少しでも勝率を上げるために、私に出来る事は全てやる。
「ナナミラ様、大丈夫?」
すっかり考え事に耽っていると、隣に座っているアマリアに心配された。
不安が、顔に出てたのだろうか。
「大丈夫ですよ。何ともありません。それより、ごめんなさい、あなた達2人を巻き込んでしまって」
私はアマリアと向かい合って座っているジェイドに頭を下げた。
2人を私の護衛にしてしまったばっかりに、後方とはいえ2人を戦争の場に連れて行かねばらならくなった。
これは私の責任だ。
「謝らないでくださいよ、ナナミラ様。寧ろ、居場所の無い私を拾ってくれて感謝してます。今度は私がナナミラ様を助ける番ってだけですよ。バカもそう思うでしょ?」
「ああ、そこの2人称がバカのバカと俺も同意見だ」
「あーあ、バカには私の2人称がバカなんじゃなくて、ただ目の前の補欠バカを罵ってるだけだってわからないのかなぁ?知能に差があるとこうなっちゃうんだねー」
「はぁ、俺を罵る語彙が幼稚なバカという単語しかない魔法バカへの皮肉のつもりだったんだが、それが伝わらないとは…」
「う、うるさい!私まだ13歳だし、幼稚な語彙しかなくても問題ないし」
「俺は皮肉が伝わらなかった事を言っているんだ。アマリア、しれっと話題をずらすなよ。戦法も幼稚だな」
「幼稚幼稚って、私と2歳しか変わんないじゃん!」
「ああ、そうだよ。そんなに歳が離れてないからこそ、俺にはお前をバカにする権利がある」
「そんな権利無いし、てかカイ、私より模擬試験の点低くなかった?」
「確かにそうだが…試験の点が低いのとバカかバカじゃないかは関係ないだろ」
「関係あるもん。勉強用の頭とか、生活用の頭とかがある訳じゃないし、同じ頭を使ってやるものでしょ?勉強の成果が出る試験で点が低いって事は、バカって事じゃん」
「違う、それは…」
「何もち・が・わ・な・いっ」
状況はカイが劣勢、ややアマリア有利か。
いつも通り喧嘩する2人に耐えかねたのか、いつも通りジェイドが割って入って仲裁する。
その光景を見て、何故だか笑ってしまった。
心が少し、軽くなった。
もしかしたら、私はいつもと変わらない彼らを見て、少し元気を貰えたのかもしれない。
よし、これらはかなり辛いと思うけど、精一杯頑張ろう。
この時の私は、現実を少し甘く見ていた_
「何、これ」
ただただ酷く辛い光景が、私の目の前に広がっていた。
「痛ぁい、痛いぃ」
「誰か綺麗な水を持ってきて、魔法でも良い!誰か!」
「こっちは今手が離せない!他に誰かいないのか!」
敵の炎魔法で焼かれ、痛々しく皮膚が爛れた、簡易的なベッドの上で激しく悶えている兵士がいる。
野戦病院の前で力なくそばの柱にもたれかかっている、片腕が無くなってしまった兵士がいる。
下半身が無くなっている遺体を抱えて、助けてくれと叫ぶ兵士がいる。
次から次に運ばれてくる患者を診続けておかしくなってしまい、今にも逃げ出しそうな医者がいる。
「ちょっと、あなたはまだ寝ていてください!その体じゃ無理ですすぐに死んでしまいます!」
「アイツら、アイツらは、アイゼルドは!殺したんだアイクを!絶対にぶっ殺してやる、今すぐにだ!」
怒りにその傷だらけの身を任せ、今にも簡易テントを飛び出しそうな兵士と、それを制止する医者がいる。
惨い現実を見て、ただ立って鼓舞する事しかできない自分に絶望する、私がいる。
「探しましたよ」
休憩すると言って作戦本部を抜け出し、いつまで経っても戻らない私を、ジェイドが連れ戻しに来た。
「皇女様、戻りますよ」
「…」
私はただ、無言でジェイドの後に付いて、作戦本部に戻った。
ここでは、軍上層部の方々が通信魔法を使って各所の司令官に指示を飛ばしている。
戦争が始まる直前に演説をした後、居場所が無い私はここで状況分析の手伝いをしていた。
あの現実を見る前までは。
私はすっかり何も考えられなくなって、ただそこに座っているだけになった。
夢や幻想が削ぎ落された、現実を見た。
そこは負の感情ばかりが存在する焦土のように思えて、目の水分がすぐに乾いてしまいそうだから、すぐ目を閉じてしまいたいと思った。
今まで見えていなかった、現実を見た。
私は心のどこかで、自分が精一杯やれば、皇女という立場を駆使すれば大抵の事は何とかなると思っていた。
だから今回もどうにかなると、馬車の中では本気でそう思っていた。
けど、現実はそうじゃなかった。
私一人の力なんて微々たるもので、目の前の兵士一人すら救えない。
こんな私なんかよりも、救護に借り出されているアマリアとカイの方が兵士の助けになっている。
元はと言えば、彼らがこんな目に遭っているのは私達皇族のせい。
ほんと、情けない。
「なんだと?」
様々な会話が飛び交う中、一際大きな声で連絡係の一人がそう言った。
「どうかしましたか?」
ジェイドが質問すると、本人がまだそれを信じられていないのかどこか他人事のように、
「アイゼルド王国軍、帝国軍の両軍を、北の方角から突如現れた無数のホワイトベアが蹂躙している、との事です_」




