共同生活2
アレクには申し訳ないけど、私には生きる意味なんて無いし、別にここで死んだって...
死を覚悟して瞼を閉じた直後、甲高い金属音が鳴り響いた。
恐る恐る目を開けると、アレクがクマの攻撃を護身用の短剣で受け止めていた。
「何やってんだ、ルミア!早く攻撃しろ!」
そうだ、私は死んだって構わないけど、アレクは違う。
アレクには受けた依頼があるし、何より死んでしまったら、悲しい。
私は攻撃を受け止められて隙を晒しているクマの全身を、風の刃で切り刻んだ。
クマは全身から血が吹き出し、その場に倒れ伏す。
「大丈夫か、ルミア」
そう言うアレクの短剣にはひびが入っており、腕の骨も少し折れていそうだ。
「ええ、私は大丈夫よ。貴方の方こそ、大丈夫なの?」
「腕の感覚が少しおかしいが、短剣にひびが入った事以外に大した被害は無い」
「その短剣以外に予備は無いの?」
「ああ、もう無い。今まで調達していた方法も使えないし」
その言葉を聞いて、家に幾らかお金が残っていたのを思い出し、アレクに折れてしまった短剣がいくらだったのか質問した。
「これは…タダだ」
「買ったんじゃないの?」
「いや、違う。これはたまに襲ってくる暗殺者らしき奴らを返り討ちにして奪った物だ」
「あ、暗殺者…」
この話には深く触れない事にして話の話題を元に戻す。
「ごめんなさい、アレク。私の油断のせいで貴方に危険を冒させてしまったわ」
「謝らなくていい。俺は一度ルミアに命を救われてる。これで貸しはチャラって事にしよう」
貸し、ねぇ。
その考え方、気に入った。
「そうね。そういう事にしましょう。アレク、私はこの大きいのを持つから、貴方は残りの3体を持ってちょうだい」
「いや、いくら浮遊魔法で重さが無くなっているとはいえ、キングホワイトベアと持つ手が足りないぞ?」
「貴方にも浮遊魔法をかけてあげるから、足で挟みなさい」
「えぇ...」
アレクは私の指示通り両手でホワイトベアを、足でそのキングホワイトベアという一回り大きい魔獣の腕を挟んで浮遊している。
笑いそうになるのを堪え、左手でなんともまあ情けない状態になったアレクの襟を掴み、飛行魔法で飛び立つ。
家までのわずかな距離を空を飛んで移動していると、アレクが私に話しかけてきた。
「なぁルミア」
「何?」
「あのクマに不意を突かれた時、何故すぐに諦めて目を閉じたのかは聞かないが、これだけは言っておく。俺は、ルミアが死んだら悲しいぞ」
「....」
どうして私は、私が死んでアレクが悲しむと思い至らなかったのかしら?
私はあの時、アレクが死んだら悲しいと言ったのに。
長い間一人で居たからなの?
他人の気持ちすら察せなくなっているのは。
心に突き刺さったアレクの言葉をどうにかして抜こうとしている私に構わず、吹雪の先に家が見えてきた。
家に入る際、私は玄関前ではなく、裏手の加工場の入口前に降り立った。
加工場はキッチンに隣接している魔獣を解体したり、魔石を加工したりするときに使う場所だ。
大きな魔獣を狩って来た時に玄関だと家に入れられないので、家を作る時に一応作っておいたのだ。
ここに住み始めてからこんな量の魔獣を狩ったのは初めてだわ。
この入口も使った事無かったけど、作っておいて良かったわね。
正面の玄関口より二回り大きい扉に触れて、ほんの少しの魔力を流し込んだ。
すると上部に取り付けられた魔石が光り、ゆっくりと扉が開く。
寒いのですぐに中へ入り扉を閉める。
それと同時に浮遊魔法を解除してクマ、ホワイトベア3体、アレクを床に下ろす。
「なあ、俺の扱いひどくないか?」
「気のせいよ」
持って帰った物の内ホワイトベア1体を作業机の上に置いた。
「ルミア、少し元気が無くなったか?」
「…誰のせいだと思ってるのよ」
「俺」
「よく分かってるじゃない」
そんな会話をして間もなく、解体の準備をしている私にアレクが棒状の干し肉を持って来た。
私にはそれがただ干し肉を細く切っただけの物に見えたので、何なのか彼に聞くと、元々あった干し肉をアレンジしたものだと言った。
「どうして今持って来たの?」
「何というか、元気が無い時は何かを食べるのが一番だからさ…」
その考えもしなかった答えに、私は思わず笑ってしまった。
「な、何がおかしいんだよ!」
「い、いえ。ただ、随分と子供っぽい発想だなと思って」
「子供っぽくて悪かったな!」
なんとなく彼が持っている干し肉を一つ取り、口に咥えてみた。
すると少し、心に突き刺さった言葉が、どうでもよく思えた。
「子供っぽくはあるけれど、悪くないと思うわ」
私がそう答えると、彼は何かに驚いたのか文字通り固まってしまった。
「どうかしたの?」
「…いや、何と言うか、そんな風に普通の笑顔が出来るんだなって思って」
「嘲笑しか出来ない程冷めきってはいないわよ」
そんな会話をしていると、解体する準備が整ったので、後ろでボーっとしていたアレクに声をかけた。
「アレク、今から解体するから手伝って」
「え、今からか?普通魔獣の解体は狩ったばかりだと魔力を帯びてるから、それが抜けるまで放置すると思うんだが」
「そんな面倒なことする訳無いでしょ?」
私がそう答えると、アレクは私の腰の辺りへ視線を落とす。
何か問題でもあったのかしら?
「解体用ナイフは使わないのか?」
「そんな物この家にあるわけないでしょ?風魔法で事足りるわ」
「すぐ解体するにしても、それだと毛皮がダメになってしまうだろ」
「毛皮?そんな物要らないわよ」
「え、服作ったりしないのか?着替えは?洗濯している時は?」
「この一着で十分よ。そもそも洗濯する必要無いし」
保存魔法が付与されているおかげでこの200年間、この服が破れたり汚れたりすることは無かった。
汚れる心配もないので、洗う必要すら無いのだ。
「え、汚っ」
「は____? 」
「ごめんなさい」
私が少し殺気を放つと、アレクは若干食い気味で謝罪の言葉を述べた。
汚いなんて、心外だわ。
でも確かに、アレクの言う通りこの服を作ってから一度も洗ってないけど、それは保存魔法で汚れないからだし。
面倒くさいからとかじゃないし。
「まぁいいわ。許してあげる」
「はぁ、助かっ_」
彼が助かったと言いかけた瞬間、私は後付けで「これ全部1人で解体したらね」と付け足した。
それを聞いたアレクは硬直という言葉が適切と言えるほど体の動きが固まった。
「せいぜい私に汚いと言った事を反省することね」
「いや、だからそれはごめんって...」
「口では何とでも言えるし。本当に反省してるなら言葉ではなく態度で示して」
おっと、怒りのあまり口調が少し戻ってしまった。
いけないいけない。
私は岩石魔法を応用して岩石をナイフ状に圧縮し、それをアレクに投げ渡した。
魔法は通常、魔法に利用する物質を生成→それを操作→攻撃魔法なら攻撃終了時、それ以外のまほうなら役割終了時に操作終了、の3段階で構成されている。
保存魔法や飛行魔法といった例外もあるけど、おおまかにはこうだ。
岩石魔法に、ナイフを生成する魔法は無い。
今私がやったのは魔法を生成段階で止めて、それらに圧縮だけの効果をもった術式を適応したのだ。
魔法で作った物だからすぐに消えてしまうけれど、解体する間は解体用ナイフの代わりとして使えるでしょう。
「それじゃあ、励むことね。ああ、そうそう、それと今日の晩御飯も楽しみにしておくから」
去り際に「頑張って~」と煽りの言葉を入れておく。
後ろを向きながら言ったわけでは無いのでアレクの表情はわからかったが、その時の彼は、きっと非常に滑稽な表情をしていたに違いない。
そしてドアを締め切る前にこっそり治癒魔法をアレクにかけ、腕を治した。
これで問題なく解体が行えるでしょう。
私は加工場の奥にあるキッチンへ続くドアを通って自分の書斎へ向かった。
結局、夕飯の香りが漂ってくるまで私は書斎で本を読んで時間を潰した。
その夕飯も、夕と言うにはかなり時間が過ぎていた。
アレク一人に解体を任せたせいだろう。
「遅いわ。お腹空いたのが一週回って少し膨れてきた所よ」
「仕方ないだろ?ルミアが俺に全て解体させるから...」
「何言ってるの?貴方が私に汚いとか言うからでしょ?」
「それはごめん」
アレクができた料理を皿に盛り、私がテーブルまで運ぶ。
今日の夕飯は塩で味付けしただけの野菜スープだ。
解体は何故かまだ終わっていないらしい。
あれだけ時間があったのに、何故?
「ねぇアレク。どうして解体が終わらなかったの?どんなに手馴れていない冒険者でも、1時間くらいで終わるはずよね?」
スープを運び終わり、スプーンを二人分、スープの入った皿の前に置いているアレクに話しかける。
「ああ、それか。食事が終わってから渡そうと思ってたんだが」
そう言うと、彼はキッチンの奥にある扉から加工場に入った。
渡す?
私に渡さなきゃいけない物なんて、あのクマたちから出てこないはずよ?
少しして、アレクが戻ってきた。
その手には加工されたかに思えるホワイトベアの毛皮が。
「それが、私に渡す物?」
「実はな、俺の服がいつまでもボロボロというのは嫌だったから、今回狩ってきた魔獣の毛皮で自分の服を作ったんだ。そのついでに、ルミアの服は1着しかないって言ってたから、余った部分と加工場に置いてあった布を使って作ったんだ。ついでにサイズ調整の刻印も刻んでみた」
アレクから手渡されたその服は、私が今着ている服とは違い、それこそ女性の近接戦闘を専門とした冒険者が着るような動きやすい服であった。
けれども寒さ対策はしっかりしており、肌の露出は控えられ、上から着る防寒着も付いていた。
「俺は今まで女性ものの服を冒険者用のものしか作ったことが無いから、それをベースにルミアに合うよう作ってみた。もちろん、いらなかったら捨ててもらって構わない」
私の意識が、手に持ったその服に釘付けになる。
私、今まで奪われるばかりだったから、贈り物なんて貰ったの初めて。
嬉しい。
「馬鹿ね。捨てるわけないじゃない。素直に感謝しておくわ、ありがとう」
「お、おう。どういたしまして」
アレクは少し驚いたような表情をした。
一体何に驚いたのかしら。
「ほら、スープが冷めてしまうからさっさと食べましょう」
「そうだな」
私はその服をそばに置いてから、アレクと食事をした。
食事は、いつも通り会話をしながら楽しんだ。
この日、何故か心がうずうずして眠れなかったのは、私だけの秘密である_




