皇女と2人の嫌われ者
「加護無し…なんとなく存在は知っていますが、実際に見るのは初めてですね」
彼が加護無しだからといって、特段何か私達に悪影響がある訳じゃない。
問題なのは、彼が加護無しである故に、彼が元気になった後簡単に元の場所に帰してあげる事が難しくなった。
元より彼をずっと留めておくつもりは無かったが、彼をこのまま帰してしまうと、未だ加護無しに強く差別意識が残っているこの地域では、また同じか、それ以上の仕打ちを受ける事になる。
「彼をどうするか、ここを離れるまでに考えておく必要がありますね」
「…皇女様、私から一つ提案がございます」
「聞かせてください」
「彼に、加護無し研究の手伝いをしてもらってはどうでしょうか」
軍医の提案はこうだ。
この国では魔法神の加護の無い者、加護無しに対して、強い嫌悪感を抱く者が多くいる。
それはかなり長い間続いてきた事だが、結局加護無しという存在は何なのか、それは分かっていない。
目の前にいる彼を研究し、研究結果として、加護無しとはどういう存在なのかを公表する。
そうすれば加護無しに対する差別意識は減り、私達は加護無しの資料を得る事が出来る。
「確かに、それは良いかもしれませんね。まぁ、それを受けるかは彼次第ですが」
軍医の案を採用したいが、彼が断わった時の為に他の案も考えておくとしよう。
私、軍医、ジェイドでその後も彼の対応を話し合っていると、眠っていた加護無しの少年が目を覚ました。
「大丈夫ですか?私が見えますか?」
すぐさま軍医が彼の身体機能が正しく働いているが確認し始める。
その間、私はジェイドは一度退室し食事を取りに行った。
少年は何も問題ないようなので、ジェイドが来るまでの間、私が質問する。
少年はまだ、この状況に少し戸惑っているようだ。
「名前を、教えてくれないかな?」
「…カイ」
「そう…カイ、自分がどうして自分が倒れたか、覚えていますか?」
カイは頭を抑えながら、一つずつ思い出していく。
「多分、何も食べてなかったから倒れたんだと思う」
「自分で分かっているんですね。それじゃあ、どうしてそんな状況になったのか、覚えていますか?」
「…その前に、アンタ、何者だ?死にかけてた俺にこんな治療を施して、たまたま俺とぶつかった町娘じゃないだろ」
一瞬、私の身分を明かすか悩んだが、彼とは少なくともこの町にいる間は居る事になるので、自己紹介する事にした。
「私はサイル帝国第1皇女、ナナミラ・イル・サイルです」
「…そんな偉い人がどうしてこんな端の町に居るかは知らないが、アンタが偉い人ならなおさら話せない」
私としては、皇女である事を明かせばこちらを信用して話してくれるのではと思っていたのだが、カイは口を閉ざした。
私が上の立場にいるのが問題らしい。
彼はもしかしたら、私にバレたら裁かれかねない事をした事があるのかもしれない。
「分かりました。なら、あなたが過去に人を殺害してしまっていたり、国家転覆などに加担していたりしない限り、あなたを捕まえないと約束しましょう。どうです?これで話す気になりましたか?」
「その約束は、アンタの部下にも適応されるのか?」
「ええ、もちろん」
カイは神妙な面持ちで自らの過去を話し出す。
「俺は、アイゼルド王国の生まれ。つまりは密入国者だ」
カイは私達の顔色を窺いながら、一つ一つ順を追って話していく。
「俺はアイゼルド王国の辺境の貴族の息子として生まれた。アイゼルド王国では帝国以上に加護無しへの差別意識が強く根付いているから、俺が加護無しである事を知った両親は、薄暗い屋敷の地下室で俺を育てた。赤ん坊の時に彼が殺されなかったのは、多分両親にたまたま親としての理性が残っていたからだと思う。食事は至って普通で、両親としても、隠れて育てる以外に俺を虐げる意図はなかったと、使用人が言っていた。まぁ、虐げる意図は無いように思えたけど、普通に会いたくはなかったみたいで、両親が会いに来ることはなく、いつも食事は使用人が届けてくれてたんだ。いわゆる常識とかいうやつも、その人から教わった」
皇女として王城で育った私にとって、惨たらしい現実の話。
他人の話を聞いていて、初めて辛いと思った。
「帝国が一体何歳で成人なのかは知らないが、アイゼルド王国での成人、15歳になった瞬間、空気が変わったんだ。あの国には未成年を守る法律は有っても、成人を守る法律が無かった。両親にとって俺は、抱えなきゃいけない弱点から、いつでも切り捨てられる弱点になったんだ。そんなの、切り捨てるに決まってるだろ?俺でもそうする。せいぜい追い出されるくらいだろうと踏んでいたんだが、実際は違った。両親は俺を殺す気だったんだ。それを察知した使用人が俺を逃してくれたんだ」
「それでは、何故わざわざ捕まって送還されるリスクを冒してまで帝国に?」
話の区切りが良い所で、軍医が一つ質問した。
「元々は、王国と帝国の間にある中立地帯で良いと思ってたんだ。だが、両親はそこにまで追手を放ってきた。見つかるのは時間の問題だったし、一か八か帝国に行く事にしたんだよ」
彼の事情を一通り聞き終えた頃、丁度ジェイドが彼の食事を持って戻ってきた。
「ゆっくり食べて下さいね」
そう言うジェイドの言葉はもう彼には届いておらず、彼は目の前の物凄い勢いで食べ始めた。
それを眺めること数分後、彼は私が20分くらいかけて食べた食事を食べ終えた。
満足そうに天井を見上げているカイに話しかける。
「カイ、あなたに一つ、提案があります」
私は先程軍医から提案された案を、カイに伝えた。
それを聞いた彼は間髪入れず「良いぜ」と言った。
「本当に、良いのですか?」
「ああ、俺に取れる選択肢はそれの他に野垂れ死ぬしかないからな。衣食住付きなんだろ?だったら、俺に断る理由はない」
説得には少し時間がかかるだろうと思っていたが、カイはすんなりと受け入れた。
その後、私、ジェイド、軍医にカイを交え、彼の今後について話し合った。
カイは希少な加護無し。
彼を大々的に研究所で預かる事はできない。
ので、研究の準備が整うまでは比較的情報の機密性が高い私の元で預かる事になった。
カイの体調を鑑み、これ以上の話し合いは明日以降にする事にし、この日は部屋に戻って就寝した。
翌朝、珍しくぐっすりと眠った私は、簡単に身支度を整えて目を擦りながら部屋を出る。
そして、宿の食堂で朝食を取ってから、宿にカイと軍医、そして数名の騎士を残して出発した。
本日の公務は一つだけ。
国境警備隊の責任者と、アイゼルド王国の動きに対応した軍備の増強についての話し合い。
その話し合いでは、ジェイドに用意させた資料を見ながら、警備隊の要求と帝国軍の余力を擦り合わせて、どの程度増強するかを取り決めた。
丁度正午になった頃にそれは終了し、宿に戻って昼食を取った後、こちらで予定されていた公務が全て終了したので、帰路に着く事となった。
そうして2日程かけて帝都に戻ると、お兄様が戻ってきていた。
どうやら、あちらも戻ってきたばかりのようだ。
「お兄様!」
手を振って駆け寄る。
その際、お兄様の周りに乗り物が無い事と、騎士がハイルさんしかいない事に違和感を覚えた。
「ナナミラも戻ってきていたのか」
「はい…それで、騎士の方々はどこに?」
「2名が重症、それ以外は全員死んだよ」
それを聞いて、何とも言えない気持ちになった。
「2体いた傀儡の内の1体、エファリア・フランローズが暴走してな、そいつが放った魔法に巻き込まれてしまったんだ」
「そう、ですか…」
「まぁ、それは後で話すとしよう。とりあえず、お前に見てほしい子が居るんだ」
お兄様が後ろにいるハイルさんの腰の辺りに目線を移すと、丁度その辺りからからハイルさんの陰に隠れていた少女が1人、顔を覗かせ、ゆっくりと歩いて出てきた。
その子を見た瞬間、私のトラウマが鮮明に蘇る。
若苗色の瞳に白銀の髪のエルフ。
瞳の色は違う、けれどもその髪色は確かに、魔女__




