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他人に害をなすのだから、せめて悪人であろう  作者: りょっぴー ぴあ
終章

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皇女の苦悩

皇太子オブシディ・イル・サイルがルミアを襲撃する前日、皇女ナナミラ・イル・サイルはアイゼルド王国との国境線で警備強化及び産出物の視察の任に当たっていた。


「今日の公務はこれで以上となります。お疲れ様でした、皇女様」


ジェイドが馬車の中でぐったりとしている私に労いの言葉をかける。

今日の朝、この国境近くの町に到着し、その後すぐに国境警備隊の方々にアイゼルド王国について聞き込みを行った。

次に、昼食を取る間もなく産出物の価格やこの地域での平均賃金の調査、及び責任者と戦争が起きた際の対応についての協議。

それが終わった頃には夜になり、今ようやく宿に戻ろうと馬車に乗っているところだ。


「仕事量的にはいつもと変わらないはずなんですけど、何故かいつもより疲れてしまいした…ジェイド、明日もこのくらい仕事があるのですか?」

「そうですね…今日ほど忙しくはないはずです」


戦争になるかもしれないという重圧がのしかかっているせいか、いつもより疲れやすい。

夕食を食べ終わったら、すぐに眠れるといいな。

馬車は動きを止め、町で一番の大きな宿屋に到着した。

ここは帝国の端の方にある町なのでそれほど栄えている訳では無い。

この宿も決して豪華で綺麗とは言えないが、その代わり確かなおもてなしがあるので、私は気に入っている。


「すみません皇女様、本日食材の搬入が遅れまして、夕食まではもう少しお時間をいただきたく…」


夕食はまだ食べられないと言われた。

こっちはもうお腹と背中がくっつきそうだというのに。

まだ出来ていないものは仕方ないと割り切って、私は部屋に戻った。

つい30分程前まではあんなにも忙しかったのに、今はベッドに寝転がって壁や天井の模様をなんとなく眺めるしかやる事が無い。

ベッドに寝転がったからといって眠たくなる訳でもなく、変化と言えば空腹が行き過ぎて徐々に痛くなってきた位だ。

ふと部屋の時計に目をやる。

夕食まではまだ少し時間がある。

気分転換に、ちょっと歩こうかな。

部屋から出て、宿を出ようとした時、ジェイドに呼び止められた。


「もうすぐ夕食ですよ?どこかに行かれるのですか?」

「少し散歩でもしようかと思いまして」

「では私も…」

「大丈夫です。付いてこないでください」


私はそう言って、少し速足で宿を出た。

少し冷たい言い方になってしまった。

ジェイドに、嫌われたりしないだろうか。

外回り用の服に付いているフードを被り、街並みを見ながらゆっくり歩く。

私の周りにはいつも護衛が居て、部下が居て、一人になる時間があまりなかった。

こういう時間が欲しかったのだ。

私の能力で魔女を見てから、誰かを見る度それが本当に正しいのか、私の能力は本当に人の善悪を見分けるモノなのか、訝しむようになった。

この町の大通りを歩いている人々の魂は皆白く、裏路地の方を見るとかなり濁った人が数人居る。

仮に道行く他人の魂が黒色だったとしても、今の私には悪人だと決めつけて捕まえる事は出来ない。

それだけ今の私は私だけが見えるものを信じられなくなっている。

…魔女の魂は白かった。

なのに彼女は10万の命を奪おうとしている。

白いのに、悪い事をしようとしていた。

もしそれが、誰にでも起こりえる現象で、その逆もあり得るのだとしたら。

私は今までに、何人の善人の人生を壊したのだろう_?

それを考える度、胸が苦しくなって吐きそうになる。

フードを強く引っ張って、下しか見えないくらい深く被った。

もう誰かを見たくない。

誰かの魂を見たくない。

初めて会った他人の第一印象は、この能力のせいで絶対に善か悪かになってしまう。

私だって普通の人と同じように、この人優しそうだなとか、この人ちょっと怖いかもとか、そんなちょっとした事を第一印象にして、ちゃんと人間関係というものをしてみたい。

相手が善人か悪人かなんて関係なしに友達になってみたい。

それで友達と一緒に善い行動をしたり、してあげたり、友達の悪い行動に怒ったり、喧嘩したり、仲違いしたり。

普通の人が経験するそういうので良かったのに、どうして私にはこんな能力が与えられたの?

この能力が無ければ、こんな風に思い悩む事も無かったのに。

もういっその事__

フードを深く被っていたせいで前から歩いていた誰かとぶつかった。

相手も前を見ていなかったようで、互いに尻餅をついた。


「ご、ごめんなさい。大丈夫ですか?」


ぶつかったのは、私よりも少し幼そうな少年だった。

少年はみすぼらしい破けた服を着ていて、とてもやせ細っている。


「…俺がこの程度でキレるようなクソ野郎じゃなくてよかったな」


少年はそう言うと、少しふらふらしながら裏路地の方へ歩いて行った。

あの子、大丈夫かな?

少年の事が心配になったので、少しだけ追いかけてみることにした。

私は彼に気付かれないよう一定の距離を保ちながら、彼の様子を観察する。

10分程後を付けて分かった事がある。

少年は、ずっと同じ場所をぐるぐると回っている。

目的も無く、ただ歩いているだけなのだろうか。

彼の様子も特に変わりなかったので、そろそろ宿に戻ろうとした時、突然少年が倒れた。

何かに躓いたとかそういう倒れ方ではなく、明らかに突然体から力が抜けてしまったような感じだった。


「大丈夫ですか⁉」


私はすぐさま少年に駆け寄り、容態を確認する。

目立った外傷などは無い。

体の状態から見て、極度の飢餓状態だろう。

これは治癒魔法じゃ治せない。

寧ろ体力を奪ってしまうので逆効果だ。

私は自らに強化魔法を施し、少年を抱え、走って宿に戻り、今回の私の公務に付いてきていた軍医を呼び出した。


「何も口にしていない事による極度の栄養失調ですね。とりあえず水分と、点滴で動けるだけの栄養を補給させます。その後は魔法で栄養を付加した消化のよい食べ物を食べさせておけば元に戻るでしょう」

「そうですか、ありがとうございます」


とりあえず助かるようで安心した。

白い魂の人間が飢えて死ぬなんて、皇族として_

白い魂、か…


「皇女様?どうしていきなり彼を連れ帰ったのですか?」


忙しなく帰ってきた私は、ジェイドにそう質問されたので、事の詳細を彼に説明した。

それを聞いたジェイドは少し嬉しそうに、


「分かりました。ではとりあえず彼は任せて、我々は夕食に致しましょう」

「ええ、そうしましょう」


夕食には皇女わたしが泊っているから宿の料理人が張り切っているようで、ハッキリ言って宿の規模に見合っていないくらいの豪華な食事が提供された。

正直、庶民の食べているご飯も少し食べてみたかった。

そんな事を考えながら普段一緒に食べる事の無い騎士達との食事を楽しんでいると、軍医が走って私の元へやって来た。

軍医は少し行きを切らしながら、


「皇女様、至急お伝えしたい事が!」

「どうかしましたか?」

「こちらへ来ていただけますか?一応ジェイドさんにも…」


軍医がそう言うので、よっぽどのことだろうと思い、私とジェイドは食堂に隣接している小部屋に移動した。

ジェイドが扉の鍵を閉めたのを皮切りに、軍医の話が始まる。


「皇女様、まずはこれを見ていただきたい」


軍医はそう言って寝かせている少年の袖を捲り、右腕を見せた。

一瞬、軍医が何を言いたいのか分からなかった。

ただ、何も口にしていなかったせいで痩せ細っているわりに、目立った傷もあざも無いな、としか思わなかった。

違和感が仕事をしたのは数秒後。

これは右腕だ。

無い。

私達人類種にあるはずの、魔法神の加護が_!


「つまり、この子は…」

「ええ、この少年は加護を持たずに生まれた、加護無しです_」



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